スタートアップが牽引するアニマルフリー食品の最新事例と展望 ~データから読み解く食品分野の研究・技術動向~
アニマルフリー食品は環境にやさしい?
最近、代替肉や植物肉ということばをよく耳にするようになりました。スーパーでは、肉のような食感をした大豆ミートなどの植物由来の食材が販売されています。これらは動物性の素材を使わずにつくられた「アニマルフリー食品」とよばれるものです。このアニマルフリー食品は、最近の食品トレンドのひとつとして、インターネットやテレビなどのメディアでもよくとりあげられています。
動物を殺さない、食べない選択をする人々が世界中でふえています。その理由は、宗教、健康、動物福祉、環境、食糧の持続可能性などさまざまです。とくに、SDGs(持続可能な開発目標)が発表されて以来、環境と食糧の持続可能性が注目されることがふえています。
畜産業が環境にあたえる影響として、牧場のための森林伐採や牛のげっぷが温室効果ガス(メタン)の発生源となっていることがあげられます。また、肉の生産には大量の穀物と水が必要であり、肉を食べずに直接穀物などの植物性食品を摂取することで、食料の不足を回避することができます。オックスフォード大学のSpringmann氏らによると、植物ベースの食事にきりかえることで、食品関連の温室効果ガス排出量が29~70%削減されるとの報告があります。さらに、他の研究でも植物食が環境にやさしいことをしめす論文が複数提出されています。
アニマルフリー食品の技術は最近はじまったものではありません。古くから、エクストルーダーとよばれる押し出し機をつかって大豆蛋白質を肉のような組織に加工する技術がしられており、1970年ごろには国内でも製造販売されていました(当時はおもにコストダウンが目的でしたが)。また、アレルギー対応食としての乳や卵の代替製品も古くから存在していました。
このレポートでは、近年の動物代替技術(培養細胞など)だけでなく、以前からある代替食やベジタリアン食などをまとめてアニマルフリー食品として定義し、技術動向の分析から今後の方向性を予測します。
アニマルフリー食品の話題はスタートアップが先行
図1はアニマルフリー食品に関連する技術動向を、食品分野全体と比較したものです。グラント(公的研究予算)の配分額、特許件数、スタートアップの資金調達額、論文の件数の4つのデータソースについて、2011年を100として年ごとの推移を示しています。グラントはこれからの研究によって生まれる技術を、特許とスタートアップは現在の技術とビジネスの状況を、論文はこうした技術のベースとなる科学的知見の状況をしめすものと考えられます。これらの指標をみることで、今後の予測に役立てることができます。
図1の4つのグラフをみると、アニマルフリー食品関連技術は2010年代後半からのびている傾向があることがわかります。とくにスタートアップの資金調達額が顕著に増加しています。図2は、アニマルフリー食品が食品全体のなかで占める割合を年ごとにまとめたものです。こちらでも、スタートアップの資金調達額は2010年代初めから増加傾向にあり、2016-2018年に一時的に落ちこみましたが、その後は急激にのびています。2015年と2020年には、食品全体の5%をこえる割合にたっし、アニマルフリー食品がひとつのジャンルとして確立されつつあることがわかります。
図2の食品全体との比較からみると、グラントや特許は2020年以降になってようやくスタートアップに牽引された変化がみられるようになってきました。一方で論文の件数はふえていますが、食品全体としてもふえているため、割合としては多くなっていないことがわかります。
資金調達額上位のスタートアップから見た技術分野
アニマルフリー食品を先導しているスタートアップは、どのような事業や技術開発をおこなっているのでしょうか。
図3に、2011年以降に資金調達を行った上位10社のスタートアップです。これらの企業は、植物ベースの代替肉や遺伝子工学をベースとした精密発酵、動物細胞培養による培養肉、キノコなどの菌糸を利用した代替肉などの技術を有しています。
まず、注目すべきは植物ベースの代替食品をあつかう企業です。これは代替蛋白としてもっとも歴史があり、コスト、健康効果、環境にやさしいなど多くの点でほかの代替食品よりも有利です。ベジタリアンの一部に受け入れられる一方、美味しさや加工食品であるため添加物が多くなることなどの課題もあります。
資金調達額1位のImpossible Foods社は、ビル・ゲイツ氏が投資したことで有名な企業です。彼らは肉のような食感の植物蛋白質をエクストルーダーで製造し、肉らしい血の味を再現するために植物性のヘモグロビン(レグヘモグロビン)を利用しています。一部の消費者からはGMO(遺伝子改変生物)として批判の対象にもなっています。
ほかに植物肉ではLIVEKINDRY社が3位にはいっています。6位のNotCoや7位のRipple Foodsは植物ベースのミルクなどを開発しています。NotCoは、人工知能を使って成分と官能評価のデータベースを作成し、ユニークなくみあわせのレシピを開発するフードコンピューティングの先駆的存在として注目されています。筆者の想像ですが、プリンと醤油をあわせたらウニの味になる、というくみあわせを人工知能でみつけるイメージでしょうか。似た味をことなる原料からつくるための有効なアプローチかもしれません。
遺伝子工学をベースとした精密発酵と動物細胞培養による培養肉は、「細胞農業」ともよばれ、注目のトレンドとなっています。2位のPerfect Day社は、遺伝子工学をもちいて微生物に導入した乳蛋白質を利用しています。これにより動物を必要とせずに乳蛋白質そのものを生産します。GMOということで評価がわかれていますが、現状ではこのようなわかりやすいテクノロジー企業が多くの資金を獲得しやすいようです。
4位のEat Just社や5位のFuture Meat Technologies社は、培養肉を開発しています。これは動物を殺さずに生産できますが、モノとしては肉とおなじものです。原料としてアミノ酸をあたえる必要があるため食料としての変換効率には畜産と同等の問題があること、培養には成長因子(ホルモン)が必要であり、コストと安全性に関連する課題がありますが、成長因子については代替材料がみつかりつつあります。
また、マイコプロテインとよばれる、キノコの菌糸を利用した肉代替製品も注目される技術分野です。植物肉や培養肉は人工的な食材ですが、キノコは自然な食材としてうけいれられやすい傾向があります。8位のMeati Foods社がこれに相当します。マイコプロテインを革製品やバイオプラスチックに加工する企業もあり、食品以外でも注目される分野です。
最近の技術事例と今後の展開
近年、スタートアップの話題にひっぱられるように、特許やグラント、論文の数も増加しています。AIR PROTEIN社は、水素菌を用いて空気中の二酸化炭素から蛋白質を生産する技術を開発しています。さらに、ノンGMOをうたうことができるヘモグロビン様蛋白質も開発しています(公報番号CO2022015198A2)。これにより、Impossible Foods社の植物性ヘモグロビンがGMOであることに対して、より多くの消費者にうけいれられやすくなると期待されます。
また、東京女子医科大学では、クロレラの抽出物を使って成長因子を必要としない培養肉の製造方法に関する報告があります(Okamoto, Yuta, et al., Biotechnology Progress 38.3 (2022): e3239.)。これにより、培養肉の生産において必要だった成長因子に関連するコストと安全性の課題が解決にむけて進む可能性があります。
アニマルフリー食品は、植物ベースも培養肉も、ここ10年間はテック企業によってテクノロジーが中心となって進展してきたように感じられます。しかし、菜食主義者は本来、健康や自然などを重視する傾向があります。そのため、今後はより自然で安全な食材を提供する方向での技術開発が進んでいくのではないでしょうか。
著者:アスタミューゼ株式会社 シニアテクノロジスト 金森二朗
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