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WEB音痴だけど造り手さんとの絆は日本一!老舗ワイン輸入商社が動画の力でワイン産業を救おうとした訳

#コロナ  #ワイン  #インスタライブ

2020年6月4日 09時30分 ヘレンベルガー・ホーフ株式会社

ヘレンベルガー・ホーフ株式会社の山野高弘です。

弊社はドイツ、オーストリアワインの卸業を営んでおります。


新型コロナウイルスの影響により、お取引先様をはじめとした多くのステークホルダーの皆様が苦境に立たされていました。そこで、不慣れながらもWEBや動画を活用した施策を通じて、少しでも生産者や消費者を手助けできないかと考え、実行してきました。


きっかけは若手社員からの「こういうときこそヘレンベルガー・ホーフらしいことをしましょう!」という力強い提案でした。


新型コロナウイルスの問題が起こるまでの営業方針は「より深く、より濃く、末永く」直接生産者やお客様を訪問して感動をダイレクトにお伝えすることでした。WEBでの活動は完全に軽視していた会社で、まさにWEB音痴を地で行く昭和型の会社でした。


新型コロナウイルスによるワイン産業への影

2月以降の新型コロナウイルスの影響は徐々にワイン業界に広がってきました。弊社も例外ではありません。お客様である飲食店様、酒販店様、百貨店様の相次ぐ休業は当然ワインの流通を滞らせる原因となりました。特に名指しで自粛を求められた飲食店での影響は大変深刻なものでした。緊急事態宣言以降、一部テイクアウトでの開業や臨時酒販免許を取得しての営業を行うお店もありましたが、街に人が出掛けていない状況の中では焼け石に水の状態となり、休業が相次ぎました。


このタイミングに自分たちだからできること

いよいよ事態が深刻味を帯びた2月28日、弊社にて緊急会議を行いました。今後どうしていくのかを決める重苦しい空気の中、ある若手社員が「こんな時こそヘレンベルガー・ホーフらしいことをしましょう」と声を上げてくれました。

具体的には私たちが日ごろから大事にしている生産者さんの情報を動画にて配信することから始めました。最初は1つのワインにフォーカスして1週間に一度、情報をYoutubeで配信することから。その後Youtube放送を始めたり、ワインのバックラベルに生産者さんの動画QRコードを貼りつけたりと徐々に情報は増えていきました。さらにはZoomを使用した生産者さんも交えたワイン会、週に一度のインスタライブへと発展していきます。


手探りで始めた動画施策

正直なところITに関してはちんぷんかんぷんな昭和な会社でしたので、動画の編集にいたっては一人もやったことがない状態でした。まずは社長の山野自らYoutubeのアカウントを取得、1分間の生産者動画をスマホで字幕や音楽をつけて制作したのが始まりです。今では笑い話ですが、たった1分の動画作成に丸一日を要しました。インスタグラムについても精通している社員は一人もおらず毎日が手探り、挑戦の日々でしたが、温かいお客様からの応援にも支えられました。


もう一つ、この活動の原動力となったのは現地ドイツの生産者の窮状です。ドイツやオーストリアではレストランは完全休業。日本以上にレストランにて日常楽しまれている彼らの消費の落ち込みはこちらの比ではありません。昨年比7割や8割減というのが当たり前となっていました。何とか家族ぐるみでお付き合いをしている彼らの状況も救いたいとの思いが、このWEBでの活動を支えてきました。

こうした活発な活動が自粛ムード漂うワイン業界で注目を浴び、今までにない範囲で私たちのワインが楽しまれるようになってきました。さらにワイン業界を活性化したいという思いから、毎週土曜日に開催しているインスタライブに関しては弊社のワインを購入してもしなくても気楽にワインを楽しんでいただくよう呼びかけ、「#1万人でツンボール(ドイツ語で乾杯の意)」のハッシュタグにてキャンペーンを開催。さらには毎年2回、大阪の定温倉庫を開放して開催している弊社の名物試飲会「ハウスメッセ」も動画で再現。「バーチャルハウスメッセ」としてお客様に配信しました。

まだまだ活動の幅を広げていっています。

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ヘレンベルガー・ホーフ株式会社について

弊社創業は1982年。港町である神戸でドイツワインの専門輸入卸商社として誕生しました。当時はワンルーム、2名の社員、甘口ワインを2種類のみ扱う本当に小さな商社でした。創業当時はドイツの甘口ワインはまだまだ需要があり、問屋さんを通じて日本全国に甘口ワインをお届けしていました。

1990年代以降はそんなドイツの甘口ワイン人気も陰りを見せます。フランスワインがより認知も人気も高まり、それに合わせてドイツワインの人気は下降線をたどります。


ヘレンベルガー・ホーフとしての転機は1995年、神戸の震災でした。当時神戸の中心地、三宮に事務所を構えていましたが、ビル自体が半壊し、退去命令が出されました。当時の社長であった山野 寿(現会長)は自宅の大阪からバイクで現場へ急行。その行程で実際にたくさんの家屋が倒壊し、大勢の方が亡くなっているのを目の当たりにしました。


「もうワインどころではない」廃業を決意せざるを得ない状況でしたが、当時まだ30代で家族をかかえる社員が複数おり、彼らが全くあきらめることなく、何とかしたいという思いを汲み、本社を社長宅のリビングに仮設で移すこととなりました。


仮設事務所からの復興を目指す過程で、ワインの取り扱いも大きな転機を迎えます。当時はまだ甘口ワインを主体にしていたのですが、ドイツ国内でも人気となっていた新生代が生み出す辛口ワインに着目していきます。 


その中でも最も注目したのがドイツ最南端バーデンの若手生産者ベルンハルト フーバーさんでした。白ワインで有名なドイツですが、赤ワインに注力している造り手で、今では世界的な知名度を誇っています。

当時その品質に魅せられた山野寿(現会長)は社長職を投げうって1年間、フーバー醸造所で研修を行いました。現地で醸造家と深い信頼関係を築き上げ、その後弊社が現在掲げる「ワインを造り手の背景とともにお届けする」活動が始まりました。


その後現社長である山野高弘も3年間に渡ってドイツの醸造所にて研修。さらに太くなった造り手さんとのつながりの元、年に数回のドイツ産地巡りツアーや日本での生産者来日イベントを数多く行ってきました。特にドイツツアーでは通常であれば1日に3社ぐらいの醸造所を訪問するものですが、私たちは1生産者のみを訪問するようにしています。


ワインのことだけでなく、その村、畑、家族を含む人間関係をより知ってもらうためです。


深く意識してきたのは常にワインの表面的な味わいや外観を伝えることではなく「いつ、どこで、だれが、どのような思いをもって」造った作品であるかをお客様に伝えることでした。現地で味わった感動の波動はお客様に確実に伝わり、彼らが帰国した際には、決して有名ではないワインであっても情熱を持ってそれぞれのお店にてお勧めいただけるようになっていきました。


数多くの生産者との交流により、今では会長社長だけでなく社員にいたるまで生産者とファーストネームで呼び合い、家族ぐるみの交友関係を築いています。




ワインの大きな魅力は何世代にも渡って同じ畑、同じぶどう樹を扱うところ。そんな彼らの想いをより身近に感じていただけるよう、コロナと共にでもコロナ後でも、動画による発信を継続していこうと思います。これから広がる世界がとても楽しみになってきました。

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