スポーツ庁が令和2（2020）年11月に実施した「スポーツの実施状況等に関する世論調査」では、成人の週1日以上のスポーツ実施率は59.9%（前年度53.6%、6.3ポイント増）となっており、すべての年代層で前年度を上回る結果となりました。一方で、女性のスポーツ実施率、スポーツ観戦率などスポーツに関わる行動指数が、男性に比べて低い状況となっています。

スポーツ庁報道発表：令和2年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」について

※スポーツ庁「令和2年度スポーツの実施状況等に関する世論調査」をもとにJSPO作成

※女性の方が男性よりも全体で2.7ポイント低く、特に20～30代の差が顕著になっている。

その背景として挙げられるのが、激しいスポーツのやりすぎなどで起こる女性競技者の月経の周期異常や、家事や育児によってスポーツに関わる時間が少ないという問題。また、小中学生の女子におけるスポーツへのネガティブなイメージといった問題です。

これまでJSPO（日本スポーツ協会）では事業ごとに女性スポーツの環境改善に取り組んできましたが、事業を横断してこの課題に取り組むため、2017年に女性スポーツに関する取り組みを総合的に検討・実施する「女性スポーツ委員会」を立ち上げました。

「いろんな女性に気軽にスポーツを楽しんでほしい」という想いのもと取り組みを進める松尾さん、関谷さんが、プロジェクトの裏側をご紹介します。

（左から）JSPOスポーツプロモーション部 関谷 卓也、松尾 亜紀子

低い女性のスポーツ実施率

JSPOスポーツプロモーション部 松尾 亜紀子

松尾：「女性スポーツ委員会」ではアクションプランを策定し、スポーツ指導者向けのハンドブックの製作や、女性の身体的な特徴を理解するための研修会など、女性がもっとスポーツを楽しめる社会に向けた活動を行っています。

実は、私の周りにはスポーツをしている女性が多く、これまでの経験の中で「スポーツへの参加機会が何かしらの要因で阻害されている女性がいること」を感じる機会は多くありませんでした。しかし、業務に取り組む中で女性のスポーツ実施率が低い、という現状に触れ、「このような問題があるのか」と驚きました。

「どう指導していいか分からない」直接共有できないからこそ、知識の面から理解が必要

松尾：特に問題を実感したのは、スポーツ指導者向けの研修会を開催した時でした。指導者たちから意見を聞いて感じたのは、月経や貧血に対する悩みを抱える競技者が多いという現状です。女性特有の健康問題は、どうしても男性にとって直接実感できる部分ではなく、理解がまだ足りていないように感じます。これについては男性指導者からも、「女性を指導するにあたり、女性特有の健康問題にどう配慮して指導するべきかわからない」という悩みをよく聞きます。男性が女性の健康問題や身体的な特徴について学ぶ機会がそもそも少なく、知識と理解の少なさゆえに適切な指導が行き届いていないという問題があると感じました。

JSPOスポーツプロモーション部 関谷 卓也

関谷：男性が女性の健康問題や身体的な特徴について、学ぶ機会が限られていたと感じています。もし知識があれば、話せることが増え、適切な指導ができる場面が増えるかもしれません。「女性スポーツ」の促進にあたって、女性自身が知識を得ることももちろんですが、男性こそ知識を身に着けることが、根本的な問題解消のために大切だと考えています。

自分自身も関わる中で、まだまだ勉強不足だと感じる部分が多いのですが、「みんなに知ってもらいたいな」と思いながら活動しています。

性別に対する「思い込み」から脱却することが大切

松尾：からだに関する知識と同様に重きを置いているのが、これは女性のみの問題でありませんが、ハラスメントに対する知識です。昨今、スポーツ界では指導者によるハラスメントの問題が大きく取り沙汰されており、その解決が叫ばれていますが、その背景には、指導者側で「どこからがハラスメントになるのか」という境目があいまいになっているという問題が存在します。特に、身体接触を伴う指導において悩んでいる指導者も少なくありません。

関谷：ハラスメント問題の背景には、例えば、「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」という固定観念や無意識の思い込みといった、いわゆる「アンコンシャス・バイアス」から生まれる言動があることも考えられます。男女ともに共通した正しい知識を得て、身近な環境から変えていくためにも、指導者、競技者のみなさんにはぜひハンドブックや研修の場を活用していただきたいです。

からだに関する正しい知識を

松尾：スポーツ指導者向けのハンドブックは、女性スポーツ指導の留意点及び女性スポーツ啓発の留意点の大きく2つで構成されています。指導の留意点では、月経や貧血に関する基礎知識から、からだ作りに関わる栄養面、ハラスメントの問題などについて理解を深めることができる内容になっています。

「指導者向け」というタイトルではありますが、競技者にとっても有効な内容となっており、自分自身のからだに対してどのような点に気をつけていかなければならないかという知識を学べる内容となっています。

女性スポーツ促進に向けたスポーツ指導者ハンドブック

※全ページのPDFデータをダウンロードいただくことが可能です。

松尾：貧血の問題は、栄養面をきちんと考慮することで予防・改善できるといわれています。食事そのものはすべての人々が毎日摂るものですが、とくに成長期であり、初潮を迎える年齢でもある10代においては重要な要素です。ただ単に食事をとるのではなく、具体的にどのような食事を摂るべきか、どのような栄養が不足しがちなのかという知識を得ることが大事です。

スポーツの専門家が「スポーツ現場で活きる」知識を共有

松尾： 研修会では、講師が活きた言葉によって正しい知識を直接伝えることにより、ハンドブックの情報をベースとしながら、文字を読むだけでは伝わりにくいような細かな部分を参加者の方に実感を持って吸収していただき、スポーツの現場でしっかりと活用できる知識の共有を図っています。

また、ハラスメント防止に向けた取り組みとして、啓発動画を作成し、JSPOのウェブサイトに公開しています。動画では、実際のケースに基づいて、具体的にハラスメントとされる行為や、それによって競技者やスポーツ環境にどのような悪影響を与えるのかを理解できる内容となっています。

その他の動画は、以下のリンクからご覧ください。

スポーツ現場におけるハラスメント防止動画

スポーツや健康に関する知識は、日々新しくなっています。かつてはNGとされてきた運動中の水分補給が今では必要なこととされているように、これまで当たり前とされてきたようなことも、現在においてはふさわしくないとされることも少なくありません。私たちも含め、スポーツに関わる人々が踏まえなければならないのは、「知識は一回学んで終わりではない」ということです。スポーツや健康における最新の情報にアンテナを張り、研修会にも毎年これらを取り入れ、アップデートを続けています。

すべての人がスポーツを楽しめる社会を作りたい

松尾：毎回の研修会アンケートでは、「とても有意義な時間だった」という声や、「学んだことを指導現場に生かしていきたい」という声をいただきます。一方で、女性に対する指導において「このようなケースにおいて、どのように指導すればよいのか悩んでいる」という声をいただくこともあります。こうした回答を見るたび、日々知識のアップデートを続けていき、研修会を続けていくことの重要性を強く感じています。

スポーツは、健康問題の解決に繋がる有効な手段です。JSPOは、性別や障がいの有無に関係なく、すべての方がスポーツに関わり、健康的な毎日を送ることのできる社会づくりを目指しています。ひとりでも多くの方にスポーツの素晴らしさを伝え、まだスポーツに関われてない方々にも「スポーツって、いいな」と思っていただくためにも、取り組みを続けていきたいと思います。

◆JSPO（公益財団法人日本スポーツ協会）について

JSPOは、1911年7月に「国民スポーツの振興」と「国際競技力の向上」を目的に、大日本体育協会として創立。日本体育協会を経て、2018年4月1日、現在の名称となりました。

JSPOでは、国民体育大会や日本スポーツマスターズなど各世代を網羅したスポーツ大会の開催、スポーツ少年団や総合型地域スポーツクラブなどスポーツをする場の創出、スポーツの楽しみをサポートするスポーツ指導者の育成、最新の医･科学に根差したスポーツの推進など、誰もが自発的にスポーツを「する」「みる」「ささえる」ための幅広い事業を展開しています。また、わが国スポーツの統一組織として、国や60を超える競技団体、47都道府県スポーツ･体育協会など、様々なスポーツ関連団体・組織や個人と連携しています。

◆松尾プロフィール

JSPOスポーツプロモーション部国内課。高校まではバレーボール、大学時代はアルティメットに取り組む。小学生の時にスポーツ少年団で活動し、高校生で国民体育大会に出場したことでJSPOの事業に興味を持ち、業務を行う中で改めてスポーツの楽しさ、大切さを感じている。

◆関谷プロフィール

JSPOスポーツプロモーション部国内課。学生時代から陸上競技・中長距離種目に取り組み、現在もフルマラソンに出場。ご縁もあって、東京マラソンのペースセッターを務めている。一人でも多くの方々の目標達成をサポートしようとする中で、改めてスポーツのすばらしさを感じている。