楯の川酒造株式会社は、TATENOKAWA 100年ビジョンを掲げ、平成22酒造年度から吟醸王国・山形では初めて、全量純米大吟醸の蔵元となりました。

2017年には、精米歩合1%の「純米大吟醸 光明（こうみょう）」を発売したことで、日本酒界に新しい風を吹かせられたのではないかと考えています。また、今後も新たなチャレンジに取り組んでいきたいと思っております。

今回は、さまざまな挑戦を続けている理由や全量純米大吟醸へと切り替えた背景など、ここへたどり着くまでにどのようなストーリーがあったのかを、六代目蔵元の佐藤淳平がお話しします。

■売り上げの10倍の借金を抱えてのスタート

私が六代目に就任した当時は、売り上げが3000万円に対して借り入れがおよそ3億。約10倍の借金を抱えてスタートすることになりました。

正直、何から手をつけたらいいかわからない状況ではありましたが、思ったことをすべて形にしていこうと取り組みを続けてきました。

お酒づくりと並行して初めに取り掛かったのは、新ブランドの立ち上げ。ラベルなどを一新し、純米や純米吟醸を中心に、新しい酵母を使うなどして商品開発を行いました。

それに加え、元々お酒のほとんどを地元の問屋さんでしか取り扱っていなかったので、新しい販路を関東方面に求めたことをきっかけに、流通経路の開拓にも着手しました。

県外に関してはゼロからのスタートだったので大変でしたが、六代目就任以前に、半年間神奈川の問屋さんで働かせてもらっていたので、その繋がりのおかげで流通経路の拡大を実現できたと思っています。

借金を返済しつつ、設備投資をしながら、なおかつ製造量もアップしなければならないのは、資金的にかなり苦労した部分でした。

（現在の楯の川酒造の仕込み蔵。毎年設備投資を行い、高品質のお酒を安定して造ることができる環境となりつつある。）

■吟醸王国 山形県で初めての全量純米大吟醸の蔵へ

六代目に就任してから5〜6年は集中して日本酒を作っていたのですが、その後、梅酒やヨーグルト酒などを手掛け始めると、リキュールブームの後押しもあり、売り上げが日本酒のおよそ倍になりました。

嬉しいことではありましたが、とはいえ弊社は日本酒がメイン。「これではいけない」と思い、平成22酒造年度からは全量純米大吟醸に切り替えることに決めました。お酒の中でも最も高価なカテゴリーである純米大吟醸に特化することで、背水の陣を敷いた形ですね。

もちろん反対の声もあがりました。しかし、値上げを最小限に抑えることで、お客様のお財布へのダメージは最小限に留められたのではないかと思っています。

（日本酒「楯野川」で最もベーシックな『純米大吟醸 清流』。以前は、本醸造のスペックで造られていた。）

■衝撃的な事件を経て体制の再構築へ

しかし、純米大吟醸に特化した新体制2年目に入ったところで大事件が起きました。

8名いた製造スタッフのうち、杜氏を含む5名が一気に辞めてしまったのです。残ったのはアルバイト3名。その年は私も現場に入るなど、残ったメンバーで何とか切り抜けましたが、この事件をきっかけに考え方が180度変わり、体制を再構築することにしました。

正直なところ、それまでは「仕事ができる人間だけが頑張ればいい」と思っていたのです。しかし、そうではなく人間性がとても重要であることに気がつきました。

技術は後からついてくると考え、人間性を重視して体制を整えてからは、社内の風通しもよくなり、理想的な組織体系になったと感じています。

（現在は、20代～40代の社員が中心となって活躍している）

また、2010年には私主導で「TATENOKAWA 100年ビジョン」を策定しました。

「日本酒の美味しさやお酒の素晴らしさを、輸出を通じて世界に届けたい」という思いを言語化できたことは、最終ゴールのイメージを社内外へ共有するのに役立っているのではないかと感じています。

■精米歩合1%「光明」への挑戦

さらに2017年には、精米歩合1%の「光明」の発売という、新しいチャレンジに取り組みました。

実はこの商品化は、飲食店さんで生まれたアイデアだったんです。近所の酒屋さんに「少しずつ刻んでいくのではなく、一気に1%のものを作ったらどうか」と言われたことがきっかけでした。完成後にきっかけを作った張本人のところへ商品を持っていくと、言ったことを全く覚えていませんでしたけどね（笑）。

発売後は、ありがたいことに国内外から数多く受注をいただきました。それと同時に、精米歩合の競争に終止符を打てたのではないかと自負しています。

本音を言うと、これまでは市場に10万円超のお酒は少なく、勝手に需要がないものと思い込んでいました。

しかし蓋を開けてみると、大々的にPRをしていなかったのにも関わらず、お酒好きな皆さんの間で情報が広がり、想像以上の反応を得られました。「高級酒の需要は思ったよりもあるのではないか」ということに気づけたことが大きかったです。

このチャレンジをきっかけに、今後、日本酒業界全体で高価格帯のマーケットを作るべきだとより強く感じました。

そして現在、弊社は高級酒専門の仕込み蔵の建設を予定しています。

今後、精米歩合を削った日本酒の需要が高まることを見越して、高級酒を仕込める小さなタンクのみを置き、温度管理ができる蔵を作ります。5月から建設をスタートし9月に完成を予定しているので、来期販売分からは新しい仕込み蔵で作ったお酒をお届けできるはずです。

（高級酒専門仕込み蔵のイメージ画像。シックで高級感溢れる内装は、まさに『プレミアム日本酒』が生まれる場所に相応しい空間となる予定。）

■楯の川酒造が見据える未来

全量純米大吟醸への切り替えや、精米歩合1%の「光明」の発売など、これまでさまざまなチャレンジを実行してきました。

本来であれば、徐々に移行していけるのが一番いいのだと思いますが、何せ私自身がチャレンジ好きであり、同じことをしていると飽きてしまう性格なもので、変えるときは一気に変えるべきという信念のもと取り組んでいます。

今後は、高級酒へより注力していくと共に、輸出をどんどん伸ばしていけたらと考えています。

また、2月に販売した米国を代表するロックバンド・Foo Fightersとのコラボ事例のように、世界的に有名なバンドを庄内・酒田に呼び、楯の川酒造主催でフェスを開催できたらとも思っています。

日本酒はさまざまな分野とシナジーを生みやすい商品であると感じているので、違う方面からのアプローチにも取り組み、日本酒を楽しむ方をより増やしていきたいです。

（監修：楯の川酒造株式会社、取材・文：ameri）