東京の特産品と言えば、なんだろう？

江戸ガラス、東京銀器、組みひもなどなど、東京にはたくさんの伝統工芸品がある。

そのひとつがバッグや革小物だ。

実は東京が江戸時代から革小物の生産地であることを、ご存じだろうか？　

そして今、東京のバッグや革小物の文化が危機に瀕している……。

熟練の技をもった職人が、急減している

「東京産のバッグ文化の灯を消してはいけない」と立ち上がったのが、袋物メーカーが集まる業界団体「東日本バッグ工業組合」だ。理事長の松村由美（よしみ）さんは、「昔からバッグ業界には、メーカーに勤める職人だけでなく、外注を請け負う職人もいて、たくさんの職人さんに支えられてきました」と振り返る。

　松村さんが有限会社清川商店の二代目として、この業界に参入したのは1989年。

前職は、宅配便の営業という松村さん。奥さんの実家の家業だった清川商店を継ぐことになった当時は、まだ20代だったため、「職人との付き合いに戸惑うことも多かった」と言う。

　「戦後、職人は小さなメーカーに入って修行して独立した、この道一筋という人がほとんど。ご夫婦でやっている家も多かったですね。メーカーが自宅まで材料をもっていき、バッグに仕上げてもらうんです。昔かたぎで無骨な人が多いから、仕事を発注しに行ったのに、怒られる。最初のころは、なんで、仕事をもっていくのに怒られなきゃならないんだ……と思いました」と、松村さんは笑う。「仲良くなっていけば、話もしてくれるし、人間くさいんですけどね」。　　

　江戸時代から墨田周辺は豚革の産地であり、革小物は東京の特産品。当時は墨田区、台東区、江東区、足立区、葛飾区などを中心に、たくさんの職人が暮らしていた。

　バッグをつくるためには、皮をなめす、染色や塗装、デザイン、型紙を起こす、仕上げなどたくさんの工程があり、それぞれに専門の知識や経験が求められる。ひとつの商品には、たくさんの職人たちの誇りと思いがこめられているのだ。

指先が物語る、ベテラン職人の匠の技

　松村さんが清川商店に入社した時から働き続けているのが、荒木圧史さん（74歳）。18歳の時からバッグ業界一筋というベテランの職人だ。

バッグの持ち手をつくる作業をする荒木さん。丁寧になめされた革で芯を挟み、指先で革の微妙な厚さや風合いを確かめながら、力強く革をのして接着する。絶妙な感覚が大事な作業だが、熟練の勘と技でリズミカルにこなしていく。

　「押さえなきゃいけないので、力がいる仕事。革の漉（す）き具合で丸みも違ってくるので、微妙に調整しなければダメ。50年やっていると、こんなに曲がっちゃった」と見せてくれた指は、まぎれもない職人の指。白樺の小枝のように凛とした、美しいシルエットを描いている。

　50年以上も革とつきあってきた荒木さんだが、革は天然素材であるが故、「一枚一枚、厚みや柔らかさが違うため扱いにくく、満足いく仕事はなかなかできない」と謙虚だ。

　「頭で思っているよりは、出来が悪く、良い形ができないことの方が多い。毎日、苦労しています」と、荒木さんは微笑む。

「荒木さんのような熟練の職人は、数少なくなっている」と、松村さんが教えてくれた。

　実は、ひとつのバッグをつくりあげる作業の中で、ミシンでの縫製は１～２割。経験に基づくきめ細やかな技術を要する手仕事が多く、手間暇がかかり根気のいる作業だ。

「独学でクラフトの技術を身につけオンラインで販売する人はいても、百貨店に並ぶようなクオリティの高い製品をつくる職人になるのは、簡単なことではないんです」と、松村さんが言うとおり、職人の高齢化が進んでいる。

業界全体のボトムアップが必要

東京のバッグ業界を危機に追い詰めているのは、職人の高齢化だけではない。海外ブランドの台頭、百貨店の衰退、問屋など取引先の倒産、跡継ぎがいないことでの廃業……。松村さんは業界に参入して以来、衰退の一途をたどる状況をみてきた。

「自分たちだけが儲かれば良いというわけではありません。この業界全体のボトムアップをしていかなければならないんです」と危機感を覚えている。

ニュー・ジェネレーションが業界復活のカギを握る?!

かといって、暗いニュースばかりではない。希望の光となっているのが新しい世代の参入だ。

　松村さんの長女、松村美咲さんはイタリアに留学後、清川商店でデザイナー・職人として活躍している。和モダンの魅力を最大限に引き出す洗練されたデザインには定評があり、美咲さんがデザインしたバッグは、一般社団法人日本皮革産業連合会が主催するジャパンレザーアワードで、２年連続バッグ部門のベストプロダクト賞を受賞した。

台東区の蔵前周辺には、工房＆店舗をかまえる若手職人も増えている。オンラインで自作の革製品などを販売するクリエイターも目立ってきた。けれども、その多くが東日本バッグ工業組合をはじめとする業界団体には入っていない。

「新しい世代を呼び込むためにも、若手のクリエイターにとって魅力的な組合にしていきたい」と松村さんは考えている。

メーカーの誇りをかけ、「BAG MAKERS TOKYO」始動

そのためにも、東京産のバッグのクオリティの高さを発信していきたい。まずは、知ってもらい、応援してほしい……。そんな思いからスタートしたのが、「BAG MAKERS TOKYO」だ。東京の袋物職人の高い技術力と高品質な製品を強くアピールし、新しい連携を生み出すプラットフォームを創出、バッグや革小物づくりの未来を切り拓いていくプロジェクトだ。

（https://www.bagmakers.tokyo/）

2023年1月27日（金）・28日（土）「TOKYO嚢物展」を開催

　プロジェクトの集大成として、「TOKYO嚢（ふくろ）物展」（2023年1月27日（金）・28日（土）＠銀座伊東屋B1 Inspiration Hall）が、開催される。

（https://www.bagmakers.tokyo/exhibition/）

江戸時代から続いてきた袋物づくりのルーツをみつめなおすため、東日本バッグ工業組合が保有している貴重な所蔵品を展示するほか、江戸の嚢物にインスパイアされた寺内ユミ氏（クリエイティブディレクター・デザイナー）がデザインし、技術力の高い職人たちがつくりあげた唯一無二のバッグをお披露目。そのテーマは「月」。満月・半月・三日月など５つの月を、バッグで表現する。月の曲線を革であらわすのは、難易度の高いチャレンジだ。伝統と革新のコラボレーションが、どんな作品を生み出すのか……。

ぜひ、会場に足を運び、東京ならではの「ものづくり」の粋を体感して欲しい。