本稿は、青柳真紗美氏による寄稿です。
広報PR活動をする中で、「AI活用できていないけど、今さら聞けない……」「AIで作った文章はメディア関係者の目に留まるのか」「自社らしさはAIで表現できると思えない」と悩む方も多いのではないでしょうか。本記事では、株式会社ハッシン会議で広報コンサルタントを務める青柳真紗美氏に、広報PRの現場でのAI活用について執筆いただきました。

株式会社ハッシン会議 広報戦略コンサルタント / 広報実務サポーター (メディアアドバイザー)/ Learneyサポートチーム
元書籍・雑誌記事の編集者。企業出版・経営者の書籍を多く手掛ける中で中小企業における広報活動の重要性に気付き、企業広報・PRにキャリアチェンジ。AI系スタートアップ・不動産テックベンチャーで広報担当者として経験を積み、フリーランス広報として複数社の支援を実施しつつ、2022年ハッシン会議に参画。企業の広報部門立ち上げ支援のほか、伴走型eラーニングサービス「Learney」の開発責任者も務める。中小規模の企業ブランディング、情報発信戦略策定と実行支援、社内報の企画制作に至るまで、企業コミュニケーション全般の支援と最適化を強みとする。現在1児の母として子育てにも奮闘中。コーポレートコミュニケーション株式会社 代表取締役。
広報PRにおけるAI黎明期
2023年3月にChatGPTからGPT-4が登場して以降、「生成AIの活用」という言葉を広報PRの領域でも頻繁に耳にするようになりました。この半年でその勢いはますます加速し、「AIを広報PRに使わない理由はない」という空気が主流になっていると感じています。私自身も毎日複数のAIを使い分け、手順やプロンプトを試行錯誤しながら確かな手応えを感じており、また当社代表の井上も以前からAI活用には積極的で、社内外の研修にも力を入れています。もはやこの流れは止まらず、広報PR担当者にとってAIスキルは必須になりつつあると言えるでしょう。
ただ、コミュニティや伴走先の支援企業を見渡すと、AIを単なる流行として捉える経営層もまだ多いようで、業務で使うことに罪悪感を持っているような担当者の声も聞きます。一方で、過度なAI信仰から「AIがあれば何でもできる」と現実離れした期待を背負わされ、困っている人も。
今はまさに広報PR領域における「AI黎明期」。広報PRの本質を踏まえたうえでAIの活用法を見直す必要があります。
広報PR業務の本質。変わらない3つの価値とは?
まず確認しておきたいのは、AIがどれだけ進化しても変わらない広報PRの本質的な価値です。これまでの現場支援を通じて、広報PR業務の根幹となる3つの価値を再認識しています。
1. ステークホルダーとの信頼関係構築
メディア、投資家、顧客、社員──広報PRが担うのは、これらのステークホルダーとの長期的な信頼関係です。一朝一夕には築けない、人と人との関係性こそが広報PRの土台となります。
2. 企業価値の翻訳と伝達
企業の複雑な事業内容や経営戦略を、それぞれのステークホルダーが理解できる言葉に「翻訳」する役割。これは単なる情報伝達ではなく、企業の存在意義を社会に伝える重要な機能です。
3. 危機管理とレピュテーション保護
予期せぬ事態が発生した際の迅速な対応や、日常的なレピュテーション管理。これらは高度な判断力と経験に基づく対応が求められる領域です。
これらの本質的価値は、AIが登場しても変わることはありません。では、何が変わるのでしょうか。
AI登場で、広報PRの現場で何が起きているのか
AIによって変化するのは、これらの本質的価値を実現するための「手段」です。ここで考えてみてほしいのですが、これまで広報PRの現場で行われてきた業務には、地道で忍耐力が求められる、非常に「泥臭い」作業が多かったと思います。
10年ほど前は「キラキラ広報」という言葉が使われることもあり、広報PR担当者の役割や位置付けが揶揄されることもありました。その背景には、広報担当者の見た目や立ち居振る舞いが重視されがちという皮肉が込められていたとされています。しかし、広報PRの業務の実態はかけ離れたもの。執筆などをはじめとする頭脳労働と、イベントや新商品発表、それに伴う報道発表や記者対応を継続的にこなす体力が求められます。さらに、空気を読みながら社内調整を実施し続けるコミュニケーション能力や、何度断られても諦めず自社を売り込み続ける(そして自社の価値を信じ続ける)メンタルの強さも必要です。広報PRは、多様な能力と持続力が求められる非常に負担の大きな仕事といえるでしょう。しかし、こうした広報PRの業務の中で、人力でやるしかなかったさまざまな業務が、AIによって爆発的に効率化されようとしているのです。
具体的には、以下のような変化が現場で起きています。
情報収集・分析が数分で完了
従来は人手で行っていた業界動向の収集、競合分析、メディア露出の効果測定などが、AIによって格段に効率化されています。かつては調査会社に数十万円を支払って行うしかなかった業界分析や論文などの調査が、毎月のサブスクリプション費用のみで、数分で完了する時代になっています。特に中小企業では、限られたリソースでも充実した情報分析が可能になりつつあります。
コンテンツ制作が早く、大量に、高品質に
プレスリリースの初稿作成、FAQの整備、社内報の記事化など、これまで時間のかかっていた作業の大幅な効率化が実現しています。重要なのは、単なる「時短」や「書かなくてよくなった」ということではなく、広報PR担当者自身がより戦略的な思考に時間を振り向けられるようになった点です。執筆などのコンテンツ制作プロセスだけでなく、企画の段階からAIを活用することで、スタート時点からSEOやトレンドを意識した形でのコンテンツ開発を実施することも可能になりつつあります。
パーソナライゼーションのハードルが下がる
同じメッセージでも、メディア、投資家、顧客といった対象ごとに最適化された表現での発信のためのテキスト生成が格段に高精度でできるように。より戦略的かつ、精度の高いコミュニケーションが可能になり、広報PRを起点とした全方位型の情報発信が身近なものになりつつあります。
効率化だけじゃない。「兼務広報」「ひとり広報」に起きている変化
特に印象的なのは、限られたリソースで広報PR業務を担う「兼務広報」「ひとり広報」の現場での変化です。
当社クライアントの地方中小企業では、これまでオウンドメディアやブログサイトはおろか、ソーシャルメディアさえ触ったことがなかったといった人が、AIの力を借りて毎月2〜3本の記事を執筆することができるようになりました。自信をつけた彼女は「もっと書くスキルを身につけたい!」と、自身でも発信を開始。今ではなんと、ノーコードのWebサイト制作システムを使いこなして自拠点のホームページを刷新するなど、メキメキと発信スキルを伸ばしています。
また、これまで1ヵ月に1回程度だったプレスリリース配信を、AI活用により月3〜4回に増加させようとしている上場企業もあります。この企業は適時開示や企業のお知らせ情報をうまくPRの現場で活用できず、大量の情報を捌ききれずに多くのニュースにおいて時期を逸していましたが、取り組み開始から1ヵ月で大きな改善の兆しがみられています。このプロジェクトでは、私はIRからの情報を適切なタイミングでキャッチし、PR文脈に置き換えて戦略的な発信を行うためのプロンプトを共に開発しています。
他にも、海外事例を見ると、業界・トレンド分析やメディアへのレター作成、戦略構築に至るまで、あらゆる領域でAIが活用されています。
ただし、重要なことは、あくまでもAIは担当者のサポートとして活用されているということ。繰り返しになりますが「AIに下地を作ってもらうことで、より戦略的な視点で広報PR活動を考える時間を生み出す」という点がポイントです。これは裏を返すと、発信スキルがない人でも、組織や企業が向かうべき方向をしっかりとらえることができていれば、AIのサポートによって広報PR活動を実施できるようになることでもあります。
これらの事例から見えるのは、AIが単なる作業の効率化ではなく、「広報PR機能の拡張」あるいは「広報PR人材の裾野の拡張」といった変化をもたらしているということです。ひとり広報の業務を効率化するだけでなく、広報のプロフェッショナルでなくても、例えば人事担当者や開発責任者など「メッセージや想いを持つ人」が情報発信をAIと共に考え、広報戦略の策定から実施のプロセスまでダイレクトに担うことが可能になっているのです。
広報PRの現場で見えてきた課題
一方で、AI活用における課題も見えてきています。
プロンプト設計に広報PRと経営の文脈をどう取り込むか
AIの活用成果は、「何を、どう聞くか」というプロンプト設計の巧拙に大きく左右されます。広報PRの文脈を踏まえた問いかけができるか、経営視点での判断を盛り込めるかが、戦略的な広報PR活動の成否を分けるポイントです。
筆者は特に、一度生成した結果をブラッシュアップしていく過程こそ、広報PR領域におけるAI活用の醍醐味だと感じています。AIは常に「それらしい」文章を提示してくれますが、そのままでは表面的な羅列にとどまり、味気ないものになりがちです。
生成結果に対する違和感や「もっとこうしたい」という方向性を持ち続け、それをぶらさず磨き上げていくこと──これもまた、広報PR担当者に求められるプロンプト設計スキルのひとつと言えるでしょう。
ファクト(正確性)チェック・編集スキルの重要性が増している
AIが生成する情報のファクトチェックは、これまで以上に重要になっています。情報の正確さは企業の信頼性に直結するため、人による最終確認プロセスの設計は欠かせません。また、生成されたテキストをそのまま使うだけでは、その組織らしさや強みを十分に表現できないことも多くあります。
一文ごとに疑いを持ち、場合によっては全文を書き直すくらいの編集力が求められます。
さらに、メディア分析や傾向調査なども、AIの一次回答を鵜呑みにせず、一つひとつファクトチェックする姿勢が必要です。AIはオンライン上の情報収集と要約は得意ですが、参照元が古かったり、二次情報に依存していることも少なくありません。提案された手法が自社のスタイルや情報ポリシーに適合しない場合もあります。AIはあくまで「アイデアの壁打ち相手」として活用し、最終的な判断と品質保証は人が担うことが重要です。
企業ごとのAI活用ポリシーの確立が必要に
行政や大企業を中心に、多くの団体・企業が独自のAIポリシーを策定しています。AIは利便性が高い一方、著作権侵害や誤情報が生成される可能性、プライバシー侵害などのリスクも孕んでいます。万が一の場合、企業ブランドの毀損や法的トラブルにつながりかねません。そこで多くの組織が「どのようにAIを利用し、どこにリスクがあるのか」を明文化し、従業員やステークホルダーに共有する動きが生まれています。たとえば国内の大手メーカーは「生成AIを用いた資料作成は可能だが、社外秘情報は入力しない」とルール化。金融業界では「顧客情報をAIに学習させない」「AI出力は必ず人間が検証する」といった条項が盛り込まれるケースが多いです。
中小企業やスタートアップでも、今後はAI活用が加速するにつれ、同様のポリシー策定が求められるでしょう。形式的なルールにとどまらず、自社の事業内容や文化に即した実践的な指針をつくれるかどうかがカギとなります。
創造性とのバランスをどう考えるか
AIによる効率化を追求しすぎると、広報PR活動における人間らしさや創造性が失われるリスクがあります。極端な例ですが、もし全ての広報PR担当者がAIを使うようになれば、プレスリリースや企業発信の内容が似たり寄ったりになる可能性も否めません。
だからこそ、AIを活用しつつも、自社ならではの「らしさ」をどう表現するかが、これからの広報PRにおける重要な課題のひとつとなるでしょう。
まとめ:広報PRの役割・価値を理解してAIを活用しよう
5回にわたり、広報PRの現場での実体験を基に、「広報×AI」の具体的な活用シーンに沿って詳しく解説していきます。
次回は実践的なAIの活用シーンを紹介。AIが「ひとり広報の強化アシスタント」として、どのような場面で威力を発揮するのか。広報PR業務の本質を踏まえ、AIという新たな「手段」をどう活用していくか。メディア調査からプレスリリースの文案作成まで、明日からすぐに使える内容をお届けする予定です。
PR TIMESのご利用を希望される方は、以下より企業登録申請をお願いいたします。登録申請方法と料金プランをあわせてご確認ください。
PR TIMESの企業登録申請をするPR TIMESをご利用希望の方はこちら企業登録申請をするこのシリーズの記事
- あわせて読みたい記事学校ブランディングとは?教育機関が選ばれるために必要な基礎知識と7つのポイントを解説【事例あり】
- まだ読んでいない方は、こちらから【2020年2月版】広報PRトレンドウォッチ!コロナウイルスの時事情報はどう扱う?
- このシリーズの記事一覧へ