「ものづくりの良心が詰まったお酒」かつて陸前高田にあった磐井酒造の代表銘柄「多賀多（たかた）」復活の経緯とこめられた想い

日本酒

2023年3月11日 11時00分酔仙酒造株式会社

岩手県三陸海岸の最南端に位置する気仙地方の酒蔵、酔仙酒造。

1944年、国の戦時企業整備令に基づき、同地域の伝統を誇る八軒の造り酒屋が1つになった。この八軒がひとつにまとまり、『気仙酒造』が設立される。これが『酔仙酒造』の前身である。

この八軒のうち、陸前高田市高田町にあった酒蔵が磐井酒造店である。現在、酔仙酒造が造る「多賀多（たかた）」は、かつて全国の品評会でも優等賞を受賞した磐井酒造店の代表銘柄であった。なお、当時は「たがた」と発音していた。「多賀多」は、2005年に酔仙酒造から発売された。東日本大震災により、一度発売を中止したが、現在も販売されている。

今回は、1944年の統合から約60年を経て、「多賀多」を復活させた経緯と、「多賀多」に込められた想いについて、かつて磐井酒造店を営んでいた株式会社いわ井の代表取締役であり、酔仙酒造の監査役を務める磐井正篤さんにお話を伺った。

現在12代目。1747年に飾り職人として創業した”いわ井”

現在、株式会社いわ井は、岩手県陸前高田市にて、器・和雑貨・地酒の販売と、飲食店向けの酒販店を営んでいる。代表の磐井正篤（以下、磐井）は、創業から12代目となる。

株式会社いわ井の創業は、徳川幕府の時代であった延享4年（1747年）。当時、職人の町であった陸前高田市の大町で、飾り職人としてスタートした。明治時代に入ってからは、造り酒屋としての事業を始めた。そして、昭和19年（1944年）に、国の戦時企業整備令に基づき、「気仙酒造」として、同地域にあった他7つの造り酒屋と統合された。そのとき、磐井酒造店は個店としての日本酒の製造はやめ、販売のみを行なう酒屋となった。

（東日本大震災前のいわ井）

「地元の米だけを使った日本酒を飲んでみたい。」好奇心から始まった仲間たちとの酒造り

「多賀多」は、2005年に酔仙酒造で販売を始めた。陸前高田市の市制50周年のタイミングであった。「陸前高田で生産された米だけを使って日本酒を造ろう」とプロジェクトは始まった。

地元の酒販店として、磐井は誘われた。話を聞いた時、自身が40歳の時に経験した出来事を思い出し、すぐにやろうと返事をした。それは、「多賀多」が発売される約10年前の出来事であった。

「1996年、私は陸前高田の青年会議所に参加をしていました。ちょうど40歳になる時であり、団体の卒業のタイミングでした。卒業前に同級生の仲間と何か面白いことをやろうという話になったんです。まちづくりのヒントになり、思い出に残ることをやろうと。このとき、色々な企画案が出ました。最終的には、同級生に農家出身の仲間が持っていた空いていた田んぼを使い、米を作ってお酒を作ろうっていう話になりました。」

純粋な好奇心からスタートした企画。完成した日本酒を販売する気は一切なかった。すぐに、米を作り、酔仙酒造の杜氏に相談をした。酔仙酒造にあった一番小さい樽を使わせてもらえることになった。そして、陸前高田で生産された米を使った日本酒が完成した。完成したお酒は、黄金色のお酒であった。磐井は、当時の杜氏とのやりとりを語った。

「酒が完成しそうな頃、杜氏から『販売用か？お化粧をするか？』と聞かれました。通常、日本酒は、時間が経ったお酒と間違われないように、色を抜くらしい。味は変わらないが工程を加えるだけで、透明になるのだと言う。私たちは、あくまでも自分たちが飲むためのお酒であるし、味が変わらないのであれば、そのままの色で良いと伝えました。」

そして、いよいよ卒業する同級生のメンバーとともに、完成した黄金色の日本酒を飲むことになる。

「青年会議所のメンバーにお披露目することになり、農協のホールを借りて、斗瓶に入ったお酒を持ち込み、ビニールのチューブを入れ、回し飲みをしました。そしたら、『これ本当に陸前高田の米で作ったの？』って、みんながびっくりするほど、美味しかった。酒米ではなく、無名の飯米を使っていたこともあり、驚きがありました。でも、自分たちと地元に対する自信を深めた体験でした。」

(色抜き前の黄金色の日本酒)

「地元の米と地元の水で地元の人が造る」

それから、10年後、「多賀多」の復活プロジェクトが始まった。せっかく陸前高田の米を使うなら、陸前高田の酒蔵の磐井酒造の代表銘柄であった「多賀多」を使おうということで、名前がつけられた。メンバーとして、陸前高田市で米を造る農家、酒を造る酔仙酒造、酒を販売する立場から磐井が集まった。コンセプトは、「地元の米と水を使って、地元の人が造る日本酒」であった。

「このプロジェクトメンバーの気持ちの中には、陸前高田の美味しいものを自分達が地元で食べたい、飲みたいという気持ちがありました。」

背景には、上の世代に対する悔しい想いがあったと磐井は語った。

「昔から我々の世代は、上の世代から『陸前高田には美味しいものがたくさんあるんだよ。昔はいっぱい食べられたんだけどね。』と聞かされていたんです。でも、自分たちはあんまり食べられなかった。なぜかというと、海産物にしても農作物にしても、その多くは築地市場の方に送られていたからなんだよね。品質の良い食材は、高い価格で取引される。地元のスーパーで価格の高い食材を買う人も少なかったから、生産者が家族、親戚で食べる分以外は、地域から出てしまっていた。近所や親戚でお互いに食材をよく分け合っていた上の世代は『陸前高田の旨いものを食べてた』っていう。ちょっと妬ましく悔しいなという想いがあった。」

ものづくりの良心が詰まった「多賀多」。世代をつなぐ存在として販売し続けたい

「陸前高田の美味しいものを自分達が地元で食べたい、飲みたい」と始まったプロジェクトであったが、酒を販売する役割として、値段設定には、頭を悩ませた。

「地元の人が買えるような値段に設定したかったんです。毎日飲みたいほど美味しいけれど、値段が高いから毎日は飲めないっていうお酒を地元の人に提供したって意味がない。地元の人が毎日飲める最高に美味しいやつが作りたかった。」

高品質な米を使い、手間をかけて造った「多賀多」は、原価率が高く、酔仙としても酒販店としても、利益が少ない。しかし、最終的には、品質を落とさず、地元の人ができるだけ毎日飲める価格設定にした。

「『多賀多』をご紹介する時には、お値段以上のお酒ですとご紹介しています。このお酒には、ものづくりの良心が詰まっています。農家と蔵人の、本当に良いものを作り、お客さんに喜んでもらいたいという良心が詰まった象徴的なお酒です。」

さらに、「多賀多」を販売し続ける意義について、故郷への想いを踏まえ、磐井は語った。

「このお酒は陸前高田の世代をつなぐお酒だと思っています。『多賀多』で使われる米を作る農家さんでは、毎年地元の小学生が田植え体験を行っています。この子たちが大人になった時に、地元にいてもいなくても、『多賀多』を飲んで、あの時の田植えの体験を思い出してくれたら、嬉しい。今、大人になっている人たちも、このお酒を飲んで、陸前高田での幼少期の体験や風景を思い出して欲しい。」