伝説の経営者、初の著書『ぜんぶ、すてれば』の制作秘話を編集者が語ります。

#編集者  #経営者  #企画

2020年8月3日 13時08分 株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン


中野善壽(なかの・よしひさ)、75歳。

隈研吾⽒が「⽇本の経営者のなかでも破格の存在」と称し、

寺⽥倉庫の経営改⾰をはじめ異例の実績を重ねながらも、

メディアにほとんど姿を現さず、実在すら疑われていた伝説の経営者。

その初の著書『ぜんぶ、すてれば』が発売直後から話題を呼んでいます。


本書の制作秘話を担当編集者・林に聞きました。



自分の焦りや不安から、企画は始まった。


――― 『ぜんぶ、すてれば』は中野さんにとって初の著書ですよね。

この本の企画のきっかけはなんですか?


ビジネス雑誌で たまたま、中野さんが出ている記事を読んだのが始まりです。

いろいろな経営者やビジネスパーソンたちが「これからどうやって知識を身に付けていくべきか」について語るのを特集した記事で、中野さんも経営者のひとりとして出ていて。

おもしろいなと思ったのが、勉強法についての特集記事なのに「そもそも勉強なんかしなくていい」「余計な知識が決断を妨げることもある」みたいなことを書いていたんですね。

それがすごい衝撃で。


――― ほかの経営者たちが勉強法を書いている中にその言葉があったら、気になりますね。


そこから興味がわいて、中野さんのことを調べてみたんです。

WEB記事でインタビューや対談を読めば読むほど、魅力的な方だなと。

何も持たないことをモットーにして、家や車はいらないと公言したり、

自分の生活に必要なお金以外はすべて寄付をしていたり。


――― その考え方に共感を?


共感というより、自分自身が持っていた課題意識に、中野さんの哲学がぴったりはまったという感じですね。


――― どんな課題意識があったんでしょうか。


「AIによって仕事が大きく変わる」とか、「人生100年時代に備えよう」とか、いろいろ言われているじゃないですか。

つまり、将来がはっきり見えないのに、先のことを考えないといけない。

でも自分の中に軸というか、どこに足をつけて考えたらいいのか定まっていなくて。

どことなく不安とか、焦りを感じながら働いていたんですよ。


――― よくわかります。将来のために何かしなきゃいけないという、謎の焦燥感……。


でも中野さんのインタビュー記事をいくつか読んでいるうちに、心が軽くなったんです。

中野さんは、将来や過去のことを考えることよりも、今が一番大事なんだ、ということをおっしゃっていて。

「刹那に生きる」という表現をされていたんですけど、今この瞬間を大事に生きましょうってことなんですよね。


――― 中野さんの考え方が将来への不安をやわらげてくれたんですね。


そうですね。

そして僕が抱いているような不安や焦りについて、中野さんならどう答えてくれるんだろう、そう思ったことが企画の出発点でした。


タイトルが、決め手だった。


――― そこから企画が実際に始動するまでは、スムーズでしたか?


動き出してからは早かったです。

まったくツテがなかったので、まず寺田倉庫の HPにあるお問い合わせフォームからご連絡をしました。


――― お問い合わせフォームから!?そこで目に留めてもらえたということですか?


どうやら仮の企画タイトルとして載せた「ぜんぶ、捨てれば」が目立ったみたいで。

詳しくは本の中にも書いてあるんですけど、広報担当の脇山さん が、中野さんにプッシュしてくださったんです。

そしたら、タイトルを中野さんが気に入ってくださったんですよね。

しかも、「中野さんの人としてのありかたを書いてほしい」という企画は初めてだったらしくて。いままでは、書籍の企画を全てお断りされていた方なので、運がよかったです。


――― 「ぜんぶ、捨てれば」というタイトルと企画内容が目に留まり、中野さんや広報の脇山さんに気に入っていただけたんですね。ドラマティック……!


脇山さんのプッシュのおかげです。それがなければ実現しなかった企画でした。

8月23日にお問い合わせフォームからご連絡をして、26日にご返信をいただいて、28日には中野さんのご了承をいただいて。

すごいスピード感でした 。


いろいろな人の手を借りながら、「自分が読みたいものを」という思いで編集。


――― 編集過程で工夫をしたことはありますか?


とくに工夫をしたな、かなり力を入れたな、ということは3つあります。

まず構成ですね。

今回は聞き書きのスタイルなので、ライティングを宮本恵理子さんにお願いしました。宮本さんの提案で「見開きで、テンポよく読める文章」として執筆いただきました。

宮本さんにいただいた原稿は非常にすばらしかったです。

それを何度も読むうちに、見開きの順番を変えるのはどうか、と思いました。


――― どうやって変えていったんでしょうか。


第一の読者を自分に設定して、自分がおもしろいと思うものを頭にもってきたり、自分が刺さると思った順番に並べ替えたりしました。論理的に決めるんじゃなくて、自分がいいと思うかどうか、感覚で判断したんです。そうやって見開きごとに分けていったら、結果的に「捨てる」「働く」といった塊ごとのテーマが見えてきました。


――― 普通の構成のつくり方とは違いますよね?


通常だと、最初に構成案があって、仕事について10項目の話をしてください、生き方について10項目の話をしてください、というふうに進めますね 。

実は、同時期に編集していた写真集の『ジブリ美術館ものがたり』の構成に影響を受けています。

スタジオジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんが、教えてくださったんです。

「初めから理屈で構成を考えるのではなく、自分たちがいいと思った順番に並べたほうがいいものができる、しかもそれが結果的に理屈の通った構成にもなる」と。


――― 自分自身が読みたい本だからこそできた、構成の変え方ですね。


次に、見出しのつけかたですね。

もとの見出しをベースにしつつも、原稿を読んで僕自身が刺さった言葉を、新しく見出しにしてもらいました。

内容についての説明的な見出しではなく、よりメッセージ性の高い見出しにしたいと思ったのです。

読んだ人の行動や考え方に、強く響くような見出しを目指しました。


――― 確かに、見出しを読むだけでも心に刺さってきます。


パラパラ読むだけで、考え方が刺激される感じがあります。

最後は、カバーデザインです。

デザインは、ぜひ一緒に仕事をしたいと思っていた井上新八さんに依頼をしました 。


――― このカバーデザイン、シンプルなのにインパクトがあってかっこいいです。いろいろなパターンのデザインを見て、編集部で悩んでいましたよね?


そうなんです。「ぜんぶ、捨てれば」というタイトルから、ゴミ箱のイラストをうまく使ったデザイン、シンプルに控えめにタイトルを配置したデザイン、大きくタイトルを目立たせたデザインなどデザイン案がいくつもありました。それぞれフォントもどうするか、で合計10パターン以上は 考えましたね。

社内会議でもいろいろな意見が出て。

最終的に、店頭やWEBでも目立ちやすく、書籍のメッセージ性を表現した現在のデザインに決定しました。



――― 「すて」が真っ先に目に入るので、なんだろう?とついつい気になってしまいますね。


仮タイトルのときは漢字の「捨て」だったのを、ひらがなの「すて」に変えたんですよ。

「捨て」だとパッと見たときに断捨離本、実用本だと思われる可能性があるかもしれないと。

「捨」という字そのものに、マイナスなイメージがあるという人もいましたし。


――― 本当だ、ひらがなに変わっていますね!


たくさんの検討を経て、いまの素敵なデザインに仕上がったんですね。

また、カバーやオビに使っている紙も中野さんの「組み合わせ」を大事にするスタイルを意識し、井上さんと共にこだわって選びました。


メッセージを味わうビジネス書。


――― 最後に、この本のおすすめポイントを教えてください!


まずは、中野さんという人生経験が豊富で、ビジネスの実績もたくさんある方の言葉が読めるということ。

先ほども話しましたが、力強く言い切っていてインパクトのある言葉が見出しに使われているので、パラパラと立ち読みだけでもしてほしいです。

ビジネス書ではあるんですが、

読むというよりもメッセージをじっくり味わい、感じてほしいな、と思っています。


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◆『ぜんぶ、すてれば』(中野善壽・著)

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