株式会社アダル（以下、アダル）は、『家具を通して人の営みを支え、より豊かで快適に過ごせる空間を提供する』というミッションを掲げ、レストラン・ホテル・オフィスなどの空間に家具を製造・販売する、今年で創業70年を迎えた老舗業務用家具メーカーです。

当社は、製材所を母体とする株式会社井上企画（以下、井上企画）と共同で、広葉樹の廃材を活用した新素材を大型3Dプリンターで造形するプロジェクトを開始しました。このプロジェクトは、従来の方法である大型金型投資・電力を大量消費する高周波プレス・大量生産を前提としたものづくりからの転換を目指し、木材の廃材と3Dデータのみで１台から生産可能なものづくりに挑戦するものです。今回は、そのプロジェクトの背景について説明します。

（本プロジェクトで製作した「LINK LOUNGE 2.0」）

きっかけは「ウッドショック」。木廃材の再資源化を目指すプロジェクトがスタート

（プロジェクト推進を担当した、アダル 経営企画室 室長 葉玉研治）

2021年から始まった世界的な「ウッドショック」。木材の供給不足と価格高騰により当社も原価高騰率が130%上昇するなど、経営にも大きな影響を与えました。この状況から、私たちは木材資源の貴重さと有効活用の重要性を改めて認識することとなりました。

当社では、以前から自社工場で排出される木の廃材を有効活用し、廃材を粉砕して堆肥として農業に活用したり、アップサイクルしてインテリア雑貨にする取り組みを行って参りました。また、廃材を再資源化して家具自体にも活用したいという考えもありました。しかし、工場で排出される木質系廃材の種類は多岐に渡り、形状や大きさが一定ではないため、再資源化するためには品質上の問題があり、進展が遅れていました。

家具材として一般的に使用される広葉樹は、国内での流通量が非常に少なく、多くの家具メーカーが輸入材に頼っています。社会情勢が急変するなか、また「ウッドショック」のような自体が起こるかもしれません。家具メーカーとして持続可能な企業活動を続けるためには、輸入材に依存し過ぎることなく、国産材もしくは木材の再資源化を考える必要があることを痛感しました。

家具製作にイノベーションを起こす新技術の発見

そんななか、縁があり協業することになったのが、当社と同じく福岡県に本社を置く井上企画です。井上企画は大正元年に創業した「井上製材所」を母体とし、新たなコンセプトで企画を試みる企業です。井上製材所で毎月10トンもの廃材が発生しているという現実を直視しながら、環境意識や植林の重要性、木材資源の有効活用に高い意識を持っています。

（井上企画で排出された木廃材）

特に、新しいテクノロジーを駆使した木廃材の再資源化には、既に2年前から取り組まれておりました。彼らは、樹脂と木廃材を粉末化し、混合してペレット（顆粒状の材料）として再資源化する方法を開発し、大型3Dプリンターを使用して成型するという技術を一定水準でクリアできるレベルにまで確立させていました。

木廃材の再資源化を推進したい井上企画と、家具製作におけるイノベーションを起こしたい当社は、すぐに意気投合し、「実際に何か家具を作ってみましょう」とアイディアが生まれました。

（アダルプロジェクトメンバーと井上企画の打ち合わせの様子）

創業70周年にふさわしい「LINK LOUNGE 2.0」プロジェクトのスタート

当社には創業70年の歴史を代表する「LINK LOUNGE（リンクラウンジ）」という商品があります。1990年代初頭に販売開始されたこの商品は、大型の成型合板によるシェルが特徴的で、その製作方法は、大型の金型投資と大量の電力を消費する高周波プレス、そして大量生産を前提とするものでした。

そこで、70周年を迎える節目で当社を代表する「LINK LOUNGE」を新技術を駆使して復刻することを企画し、「LINK LOUNGE 2.0プロジェクト」と名づけました。

（90年代に発売開始された従来モデル「LINK LOUNGE（リンクラウンジ）」）

大量のエネルギーが必要な家具製作方法を３Dプリンターで代用。木材活用率100%を目指す。

当社では開発段階で、家具デザインを検証するために10分の1サイズで石膏や樹脂で射出成型できる3Dプリンターを活用することはありました。しかし、井上企画が保有する「ペレット溶解積層方式3Dプリンター」は、私たちの3Dプリンターに対する認識を覆す画期的なものでした。

従来の熱溶解積層方式3Dプリンターは、造形材料をフィラメント化（3D造形のために熱溶解し糸状にすること）する必要があり、材料特性に大きな制約がありました。しかし、今回使用した「ペレット溶解積層方式3Dプリンター」では、ペレット（顆粒状の材料）から直接造形できるため材料自由度が高く、今回のように木廃材を使用することが可能でした。本プロジェクトでは、オーク材の廃材を粉末化し樹脂と混ぜたものをペレット化して使用しています。

（写真左：木廃材を木粉化したもの、写真右：木粉と樹脂を混ぜペレット化したもの）

また、従来の熱溶解積層方式3Dプリンターでは難しかった大口径（3~8mm)のノズルから射出成型ができるため、成型時間の大幅な短縮が可能となりました。

今回は、幅 920mm×奥行 800mmの「LINK LOUNGE2.0」の座面を支えるシェル部分を約3時間という短時間で成型することができました。

このように、「LINK LOUNGE 2.0」 は、大型の金型も高周波プレスも不要で、木材の木廃材と3Dデータさえあれば短時間で１台から生産が可能となりました。

（写真左：LINK LOUNGE 2.0の3Dデータ、写真右：3Dプリンターでのシェル造形風景）

3Dプリンターでの造形手順は、プリンターのノズルが一筆書きの要領で動き、1層ずつ上に向かって積層していくことで3次元形状を成型していきます。その手順上、層と層の間にどうしても溝が発生してしまいます。

しかし、私たちは3Dプリンターで造形するからこそ出る独特の積層は、それさえも魅力の一つになりえる余地があると感じています。また、造形した後もほのかに木の香りがし、独特なマットな手触りも商品の魅力に昇華できる可能性を感じました。

次世代の家具作りへの挑戦はこれからも続く

当社は2023年4月26日から28日まで開催された国際的なオフィス家具見本市「オルガテック東京2023」に出展し、自社ブース内で企画展示としてこのプロダクトを展示しました。業界関係者が多く集まる来場者からも、先進技術を活用したこのプロダクトに驚きと共感の声を頂きました。

また、出展ブースを対象に、ブースコンセプトやデザイン性等の観点で審査が行われた「ベストプレゼンテーションAWARD」では、ドバイ万博・日本館や東急歌舞伎町タワーの外装デザインを務めた建築家・永山祐子氏の推薦で選考委員特別賞を受賞することができました。

しかし、「LINK LOUNGE 2.0」を商品化するつもりはありません。なぜならこの新しい技術を最大限活用出来ているとは言えないからです。強度、品質、コスト、審美性など、このプロジェクトを通して培った多くの知見を活かしながら、本当の意味で次世代の家具づくりにイノベーションをもたらすプロダクトを生み出したいと思っています。

本プロジェクトのドキュメント動画をこちらからご覧いただけます▼

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