アメリカ・ニューヨークでアートのレンタルサービス事業を行うCurinaが、このたび日本の著名な投資家から80万ドルの資金調達に成功しました。2020年夏頃から一時帰国して精力的に投資家訪問を行ってきた同社代表・朝谷実生氏に、インタビューを実施しました。

インタビューでは、2021年度以降のCurinaの事業戦略をはじめ、コロナ禍において遠隔でチーム運営を続けてみた実感、日本で現在ブームになっている「アート思考」について思うところなどをお聞きしました。

※インタビューは、Curinaの作品を日本で取り扱うArtScouterの佐々木、根岸が行いました。

―資金調達のため、ここしばらく精力的に日本人の投資家を訪問されていますね。ここまでどのような感触でしたか？

朝谷：現在、最終調整中ではありますが、約10名の投資家から、ドル建てで約80万ドル（※日本円で約8,500万円）の資金調達を行う予定です。

―たとえば、明かせる範囲で結構ですので、出資を決めていただいた投資家を教えていただけますか？

朝谷：たとえば、クラウドワークスの吉田浩一郎さん（同社代表取締役社長 CEO）、マネーフォワードの辻庸介さん（同社代表取締役社長 CEO）や、ベネッセの福武英明さん（福武財団副理事長、株式会社ベネッセホールディングス 取締役）などですね。アニメやゲームなどのフィギュアなどでも知られるグッドスマイルカンパニーさんからも出資をいただくことが決まりました。

朝谷代表がCurinaを起業しようと考えた経緯やきっかけについて

―ところで、朝谷さんがニューヨークで完全オンライン完結型のアートレンタル事業としてCurinaを起業された動機やきっかけを簡単に教えていただけますか。

朝谷：日本で戦略コンサルティング会社を退職後、コロンビア大学のビジネススクールでMBA（経営学修士）プログラムを学ぶためにニューヨークに渡りました。私は小さな頃から元々趣味としてアートが好きだったので、留学生活の中で、もっとニューヨークの文化を自分なりに身近に感じたくて本物のアートを買おうと思いました。でも、いざ買おうとなると、ギャラリーやアーティストとコネクションもない初心者には、敷居が高くてどこから始めたらいいのかわからなかったんです。そこで、私みたいな世代のアート購入初心者が、作品を収集しやすいようなユーザーフレンドリーなプラットフォームを作ったら面白いかなと思って、Curinaを立ち上げました。

―2019年９月からサービス展開を本格化されているので、ちょうど約1年半が経過したところですよね。事業が始まった直後に、コロナが直撃するという試練もありましたよね？

朝谷：そうですね。起業して最初の数ヶ月間は、作品数をひたすら増やすことに専念して、2020年の年明けから、いよいよお客さんの獲得にスイッチを切り替えようとしていた時に、大規模なロックダウンに入ってしまって……。

―確か、ニューヨークは2020年3月からでしたね。

朝谷：さすがに、ロックダウン直後の3月頃は先行きが予測不可能な状態だったので、アーティスト側の制作も完全にストップして、オーダーも全く入りませんでした。

―コロナ第一波の流行直後は、アートどころではなかったのですね。

朝谷：はい。私も自宅でじっとしているしかなくて、さすがに鬱々とした気分になりました。

―その後、巣ごもり需要などもあったと聞いていましたが、実際にはどんな状況でしたか？

朝谷：3月後半～4月にかけて、ステイホーム生活で自宅が仕事場になった人たちが、自宅内オフィスを整備する一貫としてアートを買うという流れが出てきました。そこで、4月からは、アートをレンタルもしくは購入していただいたら、売上の一部でマスクを購入して、医療従事者を支援している非営利団体に寄付します、というキャンペーンをはじめてみました。幸い、これが好評で結構伸びてくれましたね。

コロナを乗り越え、いよいよ事業拡大へ。朝谷さんが、資金調達の場を日本に求めた理由とは？

―ビジネスも軌道に乗りそうな気配が見えてきたので、ビジネスを本格的にスタートするための「シードラウンド」としての資金調達に臨まれたということなのですね。

朝谷：はい。コロナがなければ元々２月に予定していました。2020年の夏頃には事業資金が底を尽きそうな状況が見えてきていました。そんな中、福武財団様から出資に興味をもって頂いている、というお話をいただいたので、それならアメリカではなく日本で投資家を募って資金調達をしよう、と決めました。

―福武さんからお話をいただいたとき、どんなお気持ちでしたか。

朝谷：素直に嬉しかったですね。ホッとしました。

―2020年7月に帰国されてから、投資家訪問を断続的に継続されてきましたが、出資が決まった「決め手」は何だったと思われますか？

朝谷：今回投資して下さった方々は、もともとアートに造詣が深い方が多いんです。たとえば、福武さんは直島でのアート事業を手がけられていて、吉田浩一郎さんはアートコレクターとしても知られています。アートに関心が高い方々へとアプローチできたという点は大きかったですね。これに加えて、私が日本ではなくアメリカで事業を営んでいるという点もご評価いただけているのではないかと思います。日本よりも遥かに規模の大きなアメリカ市場で、アートを好む次世代の予備軍みたいな人たちをターゲットにしているビジネスはまだ存在していないので、そういった点も興味を持って下さった理由なのではないかと思います。

社長は日本、スタッフはニューヨーク～「遠隔経営」での苦労について

―ところで、去年の7月時点から今まで、朝谷さんが資金調達活動のために日本にいるということは、現地の経営は遠隔で行っていらっしゃるのですよね。ニューヨークとの時差やスタッフとのコミュニケーションなど、いろいろ大変なこともおありなのではないですか？

朝谷：そうですね。私が物理的に日本にいて、チームは全員ニューヨークにいるので、チームのマネジメントがしづらいなというのは感じました。新規スタッフの採用も含め、オンラインツールをフル活用することで、なんとか破綻せずに乗り切れたと思います。

―スタッフとのコミュニケーションにおいて、意見が噛み合わないことなどありましたか。

朝谷：2021年1月に1名退職することになったのですが、唐突な印象があってびっくりしましたね。結論としては、その人がCurinaと良好な関係を築いたまま卒業することになり、チームとしてもその人にとっても良かったのですが、普段から顔を合わせることができていたら感じ取れていたであろう違和感やフラストレーションなどは、オンライン上では的確にすくい上げることが難しいように思います。

―普段、オンライン越しでのコミュニケーションでは問題なさそうに感じられただけに、突然辞められた感じもあって、ショックだったということですか。

朝谷：そうですね。当初、ビデオをオフにして音声だけで打ち合わせを行うことが多かったのも一つの原因でした。仕事に関係がなくても、今どういう体調なのか、リモートワークでストレスがたまっていないか、仕事のペースについていけているか、等々、こうした情報は「音声」だけでは伝わりづらいんです。

―確かに、コロナになってから、予期せぬ退職者が発生して戸惑った、という声は日本でもHR部門の課題としてよく聞くようになりました。

朝谷：それに、私の場合、普通に業務上の課題などを指摘しているだけなのに、音声だけだと、怒っていたりするように聞こえたりすることもあるらしいんです（笑）。

―感情の機微は、テキストや音声だけだとどうしても伝わりづらいですよね。

朝谷：そうですね。音声だけで業務のことしか話さなかったりすると、関係がパサパサで、砂漠状態になってしまいますから。なので、2021年が明けて新年早々にチーム全員でワークショップを開いた時に、これからミーティングする時は、音声だけでなく必ずビデオをオンにしよう、というルールを決めました。

―ワークショップはどういう感じで実際されたのですか。

朝谷：結構カジュアルに。「2020年ってどうだった？」という振り返りを、チームと個別でそれぞれ行いました。それから、お互いの良かった点、悪かった点を挙げてもらって、最後に2021年の目標をチームと個別でそれぞれ発表するといった、オーソドックスな内容です。以前同席させていただきましたが、1枚の絵を触媒として1on1を行ったり、チームで話し合ったりする「ArtScouterワークショップ」は効果があるのだろうなと思います。

―他には、たとえばニューヨークと東京ではかなりの時差もありますよね。

朝谷：基本的にはそれぞれの時間帯で働くということにして、時差の問題は解決しています。ただ、アメリカ時間の１日の終わりにチェックインをしたり、レビューをしたりするので、朝の５時から８時ぐらいまでは一緒に仕事をしています。

―朝5時からですか！

朝谷：結構毎朝のスタートは寝ぼけ気味だったりします（笑）。

資金調達を終えた、Curinaの今後の展望について

―ちなみに、今回調達された約80万ドルを成長のためどのように使っていきたいと考えていらっしゃいますか。

朝谷：ざっくり分けると、1/3が人件費関連、1/3がマーケティングとPR費用、それから残りの1/3を配送や物流を中心とした仕組みづくりに当てようと思っています。

―アメリカは広いので、配送の仕組みを構築するのは急務ですよね。

朝谷：はい。これまではニューヨーク、ニュージャージー、コネチカットの3州に限定したサービスとして展開していました。配達から設置まで自分たちでやっていましたので。これをアメリカ全土に広げていく、となった時に、配送や保険など、ロジスティクス全般の業務プロセスをもっと固めていく必要があると思っています。

―日本ではArtScouterから購入できますよというアピールを入れさせて頂きたいなと思います！

朝谷：はい。ぜひ！

日本で流行する「アート思考」について

―ところで、日本に帰国してから「アート思考」というキーワードや、「アート×ビジネス」のちょっとしたブームみたいなものを実感されたかもしれません。今の日本での「アート思考」の流行についてはどのように見ていらっしゃいますか？アメリカとの捉え方の違いなどもあれば教えていただきたいです。

朝谷：正直「アート思考」というフレーズは日本に帰国してから初めて耳にしましたね。DesignThinkingという単語は聞いたことがありますが、「アート思考」というキーワードは現地では聞かないですね。

―では、「アート思考」というのは日本だけのガラパゴス的な流行になっているということでしょうか？

朝谷：というよりは、もともと、アメリカでは「アート思考」のようなものや、ビジネスにアートを取り入れる習慣は自然に根付いているように思います。オフィスに行くと絶対にアート作品が架かっていたりしますので。

―アメリカ人に自然に身についた思考様式ということなんですか？

朝谷：そうですね。アメリカでは、幼い時から多数派意見などに流されずにオリジナリティ、つまり自分独自の意見やアイデアを持つこと、さらにそれを周囲に発信すること、自分の意思表示をすること、価値観を表現することが教育の中で重視されています。そのため「アート思考」的な考え方は、ビジネスシーンにおいてもそうですし、人生全般においても普段から求められてきた思考様式なのかなと思います。

―では、「アート思考」というキーワードを抜きにしても、アメリカでは自分の原体験などを元にした内発的な動機や情熱から事業を組み立てるのが重要だと思われているのでしょうか？

朝谷：私が受講したコロンビア大学ビジネススクールのMBAの講座では、原体験を元にしたアイデアのほうが強い、という教えはありましたね。創業者のモチベーションが強いと会社経営が長続きしやすくなりますし、創業者自らが見つけ出したニーズに基づくので、ビジネスチャンスがそこにある可能性が高いんです。もちろん、投資家にプレゼンテーションを行う際も、より情熱を伝えられるので説得しやすくなる、という利点もあるのだと思います。

―なるほど！よく理解できました。今日は、どうもありがとうございました。

朝谷：ありがとうございました。

ビジネスシーンにおけるコミュニケーションを活性化するArtScouterとは？

インタビューの最後に朝谷さんが仰っていたように、クリエイティブなビジネスを生み出す原動力となるのは、ビジネスパーソンひとりひとりの心の内に秘めた動機や情熱であるといえそうです。

私たちArtScouterは、「アート」こそが、こうした内発的なモチベーションや創造性を生み出す触媒になると確信し、Curinaを含む国内外の有力なギャラリーと連携し、800点以上のアート作品のデータベースを構築するとともに、「ビジネス×アート」領域でアートの様々な活用をご提案してきました。

現在、各企業様に最もご好評頂いているのが、コロナ時代に対応した、完全オンライン完結型で進める「ArtScouterワークショップ」と、「ArtScouter　1on1」です。

「ArtScouterワークショップ」は、国内外の著名ギャラリーから厳選したアート作品を活用し、個人の内省とチームの対話を促すことで、魅力的な組織づくりと人材開発を進めることを目的としています。

受講後は、ワークショップで活用したアート作品を実際にレンタルもしくは購入することができるのも大きな特徴。セッションで使用したアートの実物をオフィスに飾り、その作品を見る度にワークショップの内容を思い出すことで、研修効果が長く持続します。

「ArtScouter　1on1」は、「ArtScouterワークショップ」の仕組みを、1対１の個人セッションへと応用・特化したプログラムです。アートを媒介に上司と部下が対話を深めることで、相互理解を深め、部下の潜在的な思いを表出する効果が見込まれます。

「ArtScouter ワークショップ・1on1」特設サイト

https://www.artscouter1.arthours.jp/

ArtScouterとCurinaの連携事例紹介（事例：MicroWorld様）

インタビュー中でも触れましたが、2020年12月には、MicroWorld株式会社様に、コロナの時代に適応したWeb完結型のワークショップ「ArtScouterワークショップ」を受講していただきました。

MicroWorld様の事例では、「会社の成長と挑戦。頼れる、楽しい会社No1を目指す」というコンセプトでArtScouterのデータベースから参加者全員で作品1点を選定。この時選ばれた作品が、Curinaに所属するMolly Herman「Free Verse」という作品で、ワークショップ終了後、MicroWorld様にお買い上げ頂きました。

MicroWorld様でのアート作品導入風景

https://arthours.jp/showcase/microworld

ワークショップ終了後レポート：「エンジニアがワークショップでアートを選定。社内が明るく華やかに！MicroWorld代表取締役　杜 穎富」

https://arthours.jp/article/microworld

Curina朝谷実生さんのプロフィール

幼少期を英国と米国で過ごし、東京大学法学部（水泳部在籍）を卒業。コンサルティングファーム勤務を経て、コロンビア大学MBAを2019年に取得。NY在学中に兼ねてより趣味で嗜んでいた芸術鑑賞に時間を割くようになり、若手アーティストの経済的な苦悩や、またアートに興味のある若年層の声に触れる事が増え、コロンビア大学やNY のトップアートスクールの卒業生たちと共に現代アートのレンタル・リーシングサービス、CurinaをNYで起業。

関連記事：いま、ニューヨークのアートは？現地で日本人が立ち上げたアートレンタルサービスCurinaと連携したトークイベント「The Art Club by ArtScouter Vol.05」

https://arthours.jp/article/the_art_club_05