１万本のさくらのまち、雲南市。日本一のさくらのまちづくりを目指して

地方創生

2024年1月11日 12時32分島根県雲南市

島根県の東部に位置し、広島県と隣接する雲南市には約１万本のさくらがあります。中でも「日本さくら名所100選」に選定された「斐伊川（ひいかわ）堤防桜並木」は中国地方随一の名所として知られています。斐伊川にそって2㎞ほど続く桜トンネルは絶景で、多くの人を魅了します。大正時代から、100年以上かけて先人たちがつくり、守り続けてきた大切な景色です。

はじめまして、雲南市役所観光振興課の福田と申します。令和４年４月から雲南市で観光に関わる仕事に携わっています。雲南市の観光といえば、なんといっても「桜」。島根県内でも「さくらのまち」として認知されています。毎年春になると桜色にまちが色づき、人口３万人強の小さな市におよそ１０万人もの花見客が訪れてにぎわいます。

そんな雲南市の桜名所「斐伊川堤防桜並木」が「日本さくら名所100選」に選定されてから30周年の節目を迎えたということで、令和４年、記念式典を開催することとなりました。事業の担当をしていた私は、日本さくら名所100選に選定されるまでの歩みとその後の経過を振り返るため、過去の文献や、関係の方々への取材を通して、雲南市の桜について調べていきました。

そのなかで、普段から目にしていて当たり前にあるものだと思っていた桜の景色が実は様々な困難を乗り越えて、地域の人たちが大切に守ってきたという歴史を知りました。そして、現在も地域で桜のまちづくりに取り組む、桜を愛する方々の存在を知り、雲南市の桜への思いが今まで以上に強くなり、美しい桜を末永く残していくため自分には何ができるだろうと考えて今回プロジェクトを立ち上げました。

このまちの桜の景色がつくられた経緯と当市の桜並木を守るためのプロジェクトについてご紹介いたします。

人と支え合い、伐採と再興を繰り返してきた桜並木

斐伊川土手に桜が植えられたのは明治から大正にかけてのことでした。その後まもなくの大正７年、土手の保存に良くない、という理由で当時の警察署の命令によりほとんどの桜は引き抜かれてしまいました。しかし、地域の人々の桜を愛する強い思いから再び桜が植え始められました。

本格的に植え始められたのは昭和の初めのころで、桜一本一本に植栽した子どもの名札がつけられ、小学校を中心に町の人たちが、肥料を撒いたり、草取りをしたりと世話をしていました。子どもたちは自分の桜を世話するため、当時通りを往来していた馬車から落ちた馬糞を競うように拾っては、自分の桜の肥料にしていたそうです。

ところが昭和19年、戦時下の中、軍部から桜の木を薪として供出するよう命令があり、桜はまたしても伐採の危機を迎えます。地域の子どもたちが大切に育ててきた桜。

「戦地へ向かう子どもたちが故郷であるこの町に帰ってくるときに、変わらぬ桜の風景で迎えてあげたい」当時の町長の嘆願により、周辺町村の協力を取り付け、なんとか桜並木を残すことができました。

翌20年には集中豪雨で斐伊川堤防は決壊寸前となりましたが、桜の木を応急的な水害防止対策に使うことで町民を救ったといわれています。

桜と町の人々はある時は桜を守り、ある時は桜に守られるという関係を築きながら受難の時を生き抜いてきました。こうした努力の甲斐あって、平成２年に日本さくら名所100選に選定され、現在に至っています。

※参考文献：周藤利夫「さくら、良き友よ　さくら守三代のリレー」ハーベスト出版（2012）

演劇を通じて世代をつなぐ物語

町の人にとって桜は特別な花として大切にされており、桜のストーリーは、演劇という形でも現在まで語り継がれています。

平成１０年には木次町民参加創作劇「桜並木の物語『ひと花の吹雪』」が上演され、その後再演を重ね、東京公演を行うほどにまで話題となりました。

さらに今年、令和５年４月に雲南市を中心に各地から集まった市民の参加者でつくる「雲南市創作市民演劇」で雲南市の桜のエピソードをもとにした演劇「花みちみちて街」が上演されました。作品の要素として募集された雲南市の桜にまつわる思い出、エピソードには雲南市民だけでなく、雲南市出身の市外の方や観光で雲南市を訪れた際に見た桜の景色に感動された方などから多数寄せられ、制作にかかわる株式会社キラキラ雲南の職員の方は「雲南市を離れても、桜の思い出を大切に思う方が多くおられることは何より嬉しかったです」と当時を振り返り話してくださいました。心温まる懐かしいエピソードは作中でも一部紹介され大きな感動を呼びました。

（令和５年４月上演「花みちみちて街」の様子　木次経済文化会館チェリヴァホール）

１年のうちにたった２週間、開花を待ちわびる人々

斐伊川土手の桜、ソメイヨシノは開花からわずか２週間で散ってしまいます。少しでも花見の期間、美しい花とともに町を盛り上げようと、昭和初期から斐伊川土手を中心に盛大に祭りを開催し、花見を楽しんでいたことが当時の写真からうかがうことができます。

（昭和20年代の雲南市木次町斐伊川堤防桜並木　桜まつりの様子）

桜（ソメイヨシノ）の寿命は約60年と言われていますが、今でも桜土手には昭和初期に植えられた樹齢１００年近い桜が花を咲かせています。「亡くなった母が『子どものころに育てていた』と話していた桜がいまも桜土手にある。世代を超えて今でも見ることができるということは感慨深い。」とある地域の方が話してくださった言葉が印象に残っています。

（昭和20年代の雲南市木次町斐伊川堤防桜並木　お花見の様子）

そして現在も桜まつりには、大勢の花見客でにぎわいます。

イベント会場では、地元の子どもたちによる演奏や雲南市の神楽の公演、迫力のよさこいパフォーマンスなど、さまざまなステージイベントもあり、たくさんの人で賑わいました。

（2023年4月　雲南市桜まつりの様子）

さくらの開花期間はぼんぼりの点灯やライトアップにより夜桜も楽しむことができます。昼間とはまたちがった幻想的な景観が広がります。

（斐伊川堤防桜並木ライトアップの様子）

また、斐伊川土手のほかにも、雲南市では大東町の花びらが濃いピンク色で早咲きの河津桜や三刀屋川河川敷周辺に植えられている淡い緑色の花をつける御衣黄（ぎょいこう）など、様々な名所があります。

（大東町春殖（はるえ）地区　２月下旬ごろ開花する早咲きの「河津桜」）

（三刀屋川周辺　４月中旬から下旬に咲く淡い緑色の花びらが特徴的な「御衣黄」）

桜を愛する人々の思い

桜土手の近くに住むある市民の方は、毎日桜土手周辺の清掃活動に取り組んでいらっしゃいます。活動をはじめたきっかけを伺うと「毎年きれいな花が咲いて、楽しませてくれる。そんな桜への感謝の気持ちから自分のできることに少しを少しずつ取り組んでいる。花見客の方にも気持ちよくみてもらいたい。」と話してくださいました。他にも、市内各地でたくさんの個人や団体のみなさんによる桜の管理や清掃などのボランティア活動が実施されています。

そして、雲南市には桜の保存育成や桜を愛する市民の意識啓発に取り組む市民団体「雲南市さくらの会」があります。「雲南市さくらの会」では、桜の保全管理や苗木の配布、各種研修会の実施など、桜に関わる活動が行われています。昭和４８年に初めて結成されてから今日に至るまで約５０年も続いていることからもこの地域で桜がいかに大切にされてきたかがわかります。

（2023年7月雲南市さくらの会総会の様子　チェリヴァホール大会議室）

（2023年7月雲南市さくらの会総会　桜守講座　チェリヴァホール大会議室）

一年を通じて、「桜守」に見守られ続ける桜

現在、雲南市内の桜管理の中心を担っているのは桜の手入れ専門職「桜守」です。桜守制度は平成２年に桜並木が日本さくら名所100選に選ばれた年に発足しました。水上勉の小説「櫻守」をモデルに「桜守」を配置し、市内の桜の管理を行う体制を整えました。

桜守の仕事は草刈り、枝の伐採、病害虫駆除、消毒作業、苗木の育成、広報活動など多岐にわたります。

桜守の石田さんは、「１年の中で一番ゆっくりできるのは４月の桜が咲いている時期。それ以外は年間を通して気の休まらない日々が続きます。自然が相手の仕事なので、常に気を配っていなければなりませんし、市の大切な桜を扱うプレッシャーも大きいです。特に３月は今年の桜がきれいに咲くかどうか、不安な日々を過ごしています。しかし、『今年の桜もきれいだね』という言葉を頂くとそんな一年の疲れもすべて吹っ飛ぶくらいうれしいです。」とやりがいに満ちた表情でおっしゃいました。

体力的にも精神的にも大変で、桜や自然を愛する気持ちがなければ務まらない仕事です。

石田さんは雲南市で5人目の桜守です。令和５年９月からは新しく加わった武井さんと２名で活動しています。これまでの先輩桜守から、知識・技術を受け継ぎ、次の世代につないでいく重要な役割を担っています。

（右から石田桜守、武井桜守　桜の枝の伐採の様子）

１万本の木々と向き合う中での課題

桜土手の樹はほとんどが老木のため、手をかけなければ今のような美しい桜の景色は見られなくなってしまいます。そしてさくらの管理には多くのお金が必要です。１年間で約1,400万円の管理費用がかかっており、その財源として市町村合併前の旧木次町で創設された「桜のまちづくり」のための基金を活用しています。

雲南市の桜を支えているこの基金が残りわずかとなってきており、桜土手に新たな危機が訪れようとしています。