「Have a good Cashless.」をブランドキーメッセージとして、日本のキャッシュレス化を牽引してきた三井住友カード株式会社（以下、三井住友カード）は、2023年6月、株式会社ELYZA（以下、ELYZA）の取締役 野口竜司氏をHead of AI Innovationとして迎えました。これを機に野口氏は、AIスペシャリストとして、同社のAIによる業務変革や顧客サービス変革推進のリード、そしてデジタル・AI人材の育成支援をスタートしています。

「AI活用が当たり前の未来がもうすぐそこまで来ている」と語る野口氏との連携によって、三井住友カードはどのような未来を描こうとしているのか。同社にてデジタル領域のビジネスを開拓してきた執行役員 マーケティング本部 副本部長兼データ戦略部長の白石寛樹氏と野口氏に、三井住友カードのAI活用戦略の全体像、目指す未来を、前後編にわたって語っていただきました。

AI時代の金融ビジネスをリードしていくために、今、「AI活用プロジェクト」に全社で取り組む必要があった

Q　まずは、三井住友カードが野口氏をHead of AI Innovationとして迎えた理由を、白石さんから教えていただけますか。

白石：三井住友カードでは、世の中にAIブームが起こっていた2010年代後半から、AI活用を視野に入れた動きをスタートしていました。例えば私自身も2016年にはデータ戦略部の前身ともいえるマーケティング部を立ち上げ、2017年にデータ活用ビジネスにＤataRobot（機械学習を自動化するAIプラットフォーム）を日本の金融業界の中でいち早く導入するなど、デジタルおよびAI活用をどう展開し、ビジネスに生かしていくかをずっと考えていたんです。

こうした時代を経て、近年ではより一層「AI活用を前提として未来を描くこと」の必要性を社内でも肌で感じるようになってきました。そんな中で立ち上がったのが「AI活用プロジェクト」。全社において、「ビジネスへのAI活用を促進し、さらにAI人材教育にも注力をしていこう」ということになったんです。ただ、これを一気に動かすとなると、AI領域のプロフェッショナルによる協力がどうしても必要になります。そこで、まさにこの領域の第一人者である野口さんに声をかけさせていただきました。

Q　野口さんは、この依頼を受けて、どのような感想を持たれましたか。

野口：驚きました（笑）。びっくりして30秒くらい固まって、その後すぐに「よろしくお願いします」とお引き受けしましたね。業界大手である三井住友カードからの「AI領域をリードしてほしい」という依頼は、非常に光栄ですし、うれしかったです。少しだけ「期待に応えられるだろうか」という気持ちもありましたが、やはり、「面白そう、やってみたい」という気持ちが勝ちましたね。

白石：驚かれていたんですね（笑）。私は「YES」と言っていただけて、ただただほっとしていましたし、うれしかったです。正式にお願いをする少し前から何度か野口さんとお話しをさせていただいていたんですが、AI領域の高い専門知識や経験はもちろん、その「分かりやすいAI解説」に深く感銘を受けていました。野口さんの持つ、「誰もが理解できる形でAIを語れる力」が、全社を巻き込んでいく私たちの「AIプロジェクト」には必要不可欠だと感じていたんです。

「三井住友カードは金融っぽくない企業。ビックデータ×AI活用で社会的インパクトの大きい仕事ができるって、すごく面白そう」（野口氏）

白石：実は以前から、「AI活用は必要だ」と理解はしつつも、「とはいえ専門家の領域でしょう？」という認識が社内には漂っていました。でもここからはAIを日常的に誰もが使いこなせるようになる時代。だからこそ社員のマインドセットを更新することが必要です。これを実現するためには、野口さんのような方が、より身近な存在としてAIを語り、社員と接することが最も効果的で重要だと考えていました。

野口：そんな期待をしてくださっていたとは。改めてうれしいです（笑）。私自身はこの依頼を受けて、「大手金融企業がこんな選択をするのか」と率直に思いましたね。業界の特性上、慎重で保守的なイメージの強い企業が多い中、三井住友カードが外部からHead of AI Innovationというポジションの人間を採用し、さらに私がCMOを務めるまだまだ小さなスタートアップ企業であるELYZAと一緒にビジネスを進めていこうとしている、その決断にいい意味でのギャップを感じ、驚いたんです。

現在すでに、皆さんと一緒にプロジェクトを進めていますが、その過程で、さらに三井住友カードの企業イメージは変わってきましたね。金融業界の企業として堅牢にデータを扱いつつも、AI活用など先進的な取り組みには精力的。データ活用ビジネスとして、「Custella（カステラ：データ分析支援サービス）」を提供していたり、先ほども白石さんのお話しにあった「DataRobot」も早くから導入していたりと、とてもアグレッシブだということが分かりました。常に皆さんの「変化していきたい」という気持ちが伝わってくる。私は今、一般社団法人金融データ活用推進協会の顧問などもしていて、たくさんの金融企業と関わってきましたが、その中でも一層ユニークな企業だと感じています。

白石：ありがとうございます。確かに、「金融っぽくない企業」と、よく言われます（笑）。三井住友カードは個人の大切なデータを扱っているので、その点においてはとても慎重でセキュリティも強固です。ただそのルールの中で、挑戦できることには果敢に立ち向かっていきたい、という精神性を持っているんですよね。野口さんが「面白そう」と感じてくださったのは、そのスピリットの部分ですか？

野口：はい、それもあります。さらに加えていうと、三井住友カードが持つビッグデータもとても魅力的だと感じていました。決済という接点において非常に膨大な顧客を持ち、その長年にわたる購買歴などのデータが会社に蓄積されています。それらをどうビジネスに使っていくかは、データを扱う人間にとって、非常にやりがいのあるミッションです。また大企業だからこそ、AI活用でビジネスを生み出した際の社会的影響も大きい。そういった意味でも、「一緒に面白いことができそうだ」と感じました。

必要なのは、AI活用の道を切り拓く力。連携することで、ビジネス＆人材面での変革を

Q　白石さんが感銘を受けたという、野口さんの「誰もが分かる形でAIを語る」技術はどこで築かれたものなのでしょうか？

野口：技術と言うほどのものではないですが（笑）、経験に基づく私のスタンスなんですよ。私はもともと機械に知恵を与えることに興味があって、「ロボットやヒューマノイドを作りたい」と、大学ではAIや人工知能に近いことを学んでいました。そして、学生時代からIT系ベンチャー企業に参画し、AI関連サービスの立ち上げなどにも携わる中で、「AIを本気で学びたい」と思うようになっていったんです。

しかし、いざAIエンジニアたちから学ぼうとしても、誰も優しく教えてくれたりはしなくて……（笑）。私自身、データサイエンティストやデータアナリストなどの専門家としてのキャリアがあるわけではないので、当時はどの専門書を読んでもなかなか頭に入ってこない。そんな状況に愕然とした経験があります。その後は諦めず、本でなく同僚や知人の専門家たちに直接質問を繰り返し、なんとか知識を吸収していきましたが、「こんな苦労を他の人には味わってほしくない」と常々思っていて。だからこそ、誰にでも理解しやすいように語ろうとしてきました。

白石：あの野口さんの分かりやすい語りには、そんな理由があったんですね。大学で基礎的な知識を身に付けていた野口さんでも、AIには難しさを感じたんですか。

野口：そうなんです。私には事前知識があり、まっさらではないので理解しやすいはずなのに、当時は本当に難しくて。身をもってそれを感じ、なんとか自分でかみ砕いて理解してきたからこそ、分かりやすく説明できる部分もあるんだと思います。ちなみに白石さんは、どんなキャリアを持っていらっしゃるんですか？

白石：実は私は野口さんとは違い、大学時代は分子生物学を学んでいて、今のキャリアとは全く違うフィールドにいました（笑）。DNAの研究で大学院に進み、研究者になるか企業に入るか迷った末に就職を選択。「研究に没頭するよりも、社会に出てたくさんの人と出会い、何かに打ち込む方が成長できるのでは」という思いがあっての決断でした。

その後はカード営業やデータ活用による不正使用防止対策、さらに貸金業法関連の業務も経験。その頃に、先ほどお話したAI活用ブームが世の中に訪れて、「データ活用組織を作るべきだ」と考えるようになり、次第に「データ活用戦略」の仕事をメインで担当するようになっていきました。

野口：白石さんは、現在のデータ戦略部の前身であるデータ活用の組織を立ち上げられたんですよね。そこで先ほどから話題に上がっている「DataRobot」を導入したり、「Custella（カステラ：データ分析支援サービス） 」をスタートしたりと、三井住友カードの中でどんどんデータ活用ビジネスを切り拓いてきたと伺いました。

白石：部署を立ち上げた当時は、ブームの中で急にAIが身近になり、その可能性に興奮しました。そして、「この波には絶対に乗らなくてはならない」と感じ、社内で「会社として動き出す必要性」を訴え続けていました。その結果、少しずつできることが増えていった、という感じです。

野口：大企業の中で、新しい道を開拓することは並大抵のパワーではできません。白石さんから感じる突破力のようなものは、その頃からずっと持ち続けてきたものだったんですね。

白石：ありがとうございます。ずっと社内では変わり者だと言われてきましたが、そういっていただけると、うれしいです（笑）。でも今まさに、私たちが進めている「AI活用プロジェクト」にも、野口さんのおっしゃる突破力が必要です。この取り組みにおいて、日本のAIビジネスの最先端に立ち続け、AIビジネスを開拓されてきた野口さんの力を借りられることで、一気に私たちは進化していけるのではと感じています。

― 対談 ＜前編＞ 終了 ―

以上、対談の＜前編＞では、野口氏をHead of AI Innovationとして迎えた理由、二人のキャリアストーリ、そして、AIスペシャリストの野口氏から見た三井住友カードについて語っていただきました。続く＜後編＞では、いよいよ三井住友カードの「AI活用プロジェクト」の内容や、二人の見据える金融ビジネスの未来について対談していきます。ぜひ、＜後編＞ もあわせてお読みください。

取材・文 ／ 笠井 美春