2020年8月24日、PR TIMESは日本経済新聞の全国版朝刊に全15段、二面にわたる企業広告を掲出しました。「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」「PR、14の使命」この文字だらけの二つの広告がなぜ生まれたのか？ そして、なぜ同日に二面にわたり掲出したのか？ 当事者のことばから、その制作秘話を解き明かします。

（左から、クリエイティブディレクター武藤氏、PR TIMES山口代表、ブランディングディレクター美濃部氏）

一つの面には、「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」という衝撃的なコピーから始まるPR（パブリック・リレーションズ）の本質に対する問いと決意を綴り、もう一面にはPR TIMESが考える、今、PRにどうしても必要だと考える14の項目を「PR、14の使命」として掲載しました。この新聞広告が生まれるまでの4カ月間を、プロジェクトの中枢を担った三者のことばで振り返ります。

プロジェクトの発起人でありPR TIMES代表取締役社長の山口拓己、クリエイティブディレクターの武藤雄一氏、ブランディングディレクターの美濃部哲也氏は、いかにしてチームを組み、「PRの再定義」に挑んだか。リアルな製作プロセスをお届けしていきます。

■「答えのない問いに向かいたい」

——まずは、この新聞広告のプロジェクトが立ち上がった経緯からお聞きしたいと思います。元々、美濃部さんはアドバイザーとしてPR TIMESのミッションである「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」の策定にも携わっていらっしゃいますが、今回のプロジェクトの始まりは美濃部さんと山口さんの会話がきっかけだったと伺いました。

美濃部：PR TIMESの皆さんとは２週に1回のペースで定期的に打ち合わせをしていたのですが、コロナになって打ち合わせができなくなって。そんなときに遠隔で山口さんと話をしていたら、急に「新しいことをしたいんですよ」と山口さんがおっしゃったんです。確か4月24日のことだったかと。それから山口さんは、ご自身の中での“想いの丈”を話してくださいました。内容は、ポストコロナ、アフターコロナ、ウィズコロナで人の価値観が変わっていく過程で、PRの在り方もどんどん本質的になっていく。その中で「PRの本質って何なんだろう」とか、「社会や人の暮らしにとって、PRって何なんだろう」という再定義をしたいというものでした。直接的にそういう言葉ではありませんでしたが、要は「ポストコロナで、PRの普遍的価値観を再定義したい」ということをおっしゃっているんだろうな、と僕は理解しました。

山口：そうですね。ただ私の中では、実はずっと前から「PRの普遍的価値観の再定義をしよう」という決意がありました。「PRとは何か」という問いは、おそらくPRに関わる人すべてが抱えているような気がしています。最近では、ネガティブ・ケイパビリティ——言わば“答えのない状態を抱えながら走る能力”が大切だと言われていますが、まさしくPRに関わる人々にはこの力が備わっていて、「PRとは何か」という“答えのない問い”を模索しながら、常に探求を続けている。すごい力です。そして、もちろん私自身もこの問いをずっと抱えていました。でも、ちゃんと答えを出せないでいた。はっきりと答えを出してしまうと、削ぎ落とされた部分にも大事なことが含まれているかもしれない気がしていたからです。

——それでも、この機会に答えを出したいと思ったのはなぜですか？

山口：答えを出したいというよりも、むしろ多くの人と一緒に「その問いに向かいたい」という想いのほうが強かったです。だからそれをこの日経新聞の広告面を起点にして、私自身もこの広告に向かって、改めてその問いに向かいたいと思いました。

美濃部：そうした山口さんの想いに合わせて、「PRって、情熱とかロマンとか希望とか可能性とか夢とか、そういうものがあるはずだ」といった山口さんの考えをどんどんインプットさせてもらって、それをコピーライターの武藤さんと一緒になって広告を作っていきましょうという話になりました。

（コロナ禍に毎週三人で重ねたオンライン会議）

山口：私はこの３人はすごくいいチームだったと思っています。美濃部さんはここ数年ずっと一緒にお仕事させていただいていて、武藤さんとは……実はそんなに長くはないですよね。

武藤：長くないですね、一年もないかと。

山口：ちょうど去年の今頃に美濃部さんからご紹介いただいたんです。でも、すごく長くやっているかのように感じるんですよね。

■新聞広告ではなく、哲学書を作っているようだった

——プロジェクトはどのようなことからスタートされたのでしょう。

美濃部：相当な回数の打ち合わせをしました。とにかく山口さんの想いを聞く時間を、週に1回、1時間半。もう何回やったか分からないくらいインプットしていただいて、「PRってなんだろう」っていうテーマでディスカッションしました。その時間って、結構特殊でしたよね。

武藤：そうですね。気分としては、「新聞広告をやってる」というよりも、哲学者が新しい実践的な哲学理論の書物を作る感じの打ち合わせと言いますか。

美濃部：そう、そんな感じです。

武藤：山口さんが考えられることが哲学的なんです。PRの歴史も当然勉強されているし、PRの在り方ですとか、常に根源から考えられている。その思考は壮大で、使命感や大義のようなものが山口さんの中には絶えずあったと思います。だからこそ、50年後にPRの歴史を語ったときに、「あの時PR TIMESが15段の二面の新聞広告を出したよね」と言われるかもしれない可能性を僕は感じるんです。それくらいの気概が山口さんにはあった。だから２、３カ月ずっと話を聞くということも、今振り返ると当たり前だったなと思います。

——インプットの過程でのお三方の役割分担はどのようなものでしたか？

美濃部：武藤さんが言っているように、山口さんは哲学者じゃないですか。そう考えると、僕は翻訳者で、武藤さんが表現者、という感じですね。

山口：美濃部さんは私との打ち合わせを、毎回1時間半分のメモをとってくださっていて。いやぁ、もう美濃部さんにこんなことをさせちゃうのは申し訳ないな、と思いながら……。

武藤：美濃部さんは業界では偉い人だから（笑）。メモらせるっていうことは誰もしないんですけどね。でも、自発的に美濃部さんがメモって、毎回打ち合わせが終わったときに「今日のメモです」って要点をまとめたものを僕たちに共有してくれて。

美濃部：要点、キーワードだけですけどね。

山口：それがまさに“翻訳”ですよ。

美濃部：だから山口さんの哲学を僕が翻訳して、コンセプトプランまでの話をして、それをそこから超具体的な表現にするのが武藤さんでした。

（哲学者のことばを翻訳者がまとめ、表現者が具現化していく様子）

武藤：元々僕はいっぱい質問する「ミスター質問くん」なんですけど、美濃部さんは質問じゃなくて“意見”を言うんです。美濃部さんは山口さんのアドバイザーですし、ブランディングディレクターって自分でおっしゃっているように、山口さんに対する提案や忠告といったサジェスチョンが的確なんですよね。その意見もすごくよくて、それに触発されて山口さんが更に答える。本当に役割分担が自然とできていた。まるで大学のゼミをやっている感じでした。

■「意味がないことはやめたほうがいい」という言葉で冷静になれた

——多くのディスカッションを経たあとは、形にする作業ですよね。それだけ対話を重ねられたのでしたら、15段二面の構成はすんなりと決まったのでしょうか。

武藤：いえいえ、もちろん紆余曲折ありました。そもそも当初は一面だけ出す予定で進めていたんですよ。コピー案自体は、最初に作ったのは100案ほどで、山口さんにお出したのは20〜30案くらいだったでしょうか。今回は答えのない問いを言語化する中で、PR TIMESの社員の方々が携わってくださったのも大きかったですよね。

（テーブルに並べられた20～30のコピー案）

山口：武藤さんの20〜30ほどの案を社内のオープンスペースにあるテーブルにズラっと並べてみたんです。するとそれらに対して社員も自分自身で問いかけをして、自分でその答えを出そうとしたり、意見をしてくれた。その姿を見て改めて「あぁ、みんな同じものを抱えながら走っていたんだ」と実感しました。それに、「自分も広告のクリエイティブに自発的に関与したい」って思うのって難しいはずなんです。私たちが事業のメインとしているPRについて、自分の意見を言うのってすごく勇気がいることだと思うんですよ。

美濃部：そうですよね。プロジェクト自体は5月の連休明けにキックオフして、広告が出たのが8月24日ということは、ちょうど4カ月ほどで作ったことになります。

山口：頼んでもないのに、武藤さんがボディコピーの方を「30段でやってみた」と持ってきてくださったこともありましたね（笑）

武藤：すみません（笑）。社員さんの想いも聞きつつ、いろいろな案が出ながらも、最終的には七夕の日までに「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」のボディコピーと「14の使命」の2つに絞られたのですが、結局決まらなかった。

（最後まで決まらず残った2案の掲載イメージ。この時点ではボディコピーは同じ）

山口：そこで私が「同じ日に15段を二面やったらどうですか？」とご提案しました。武藤さんは「山口さんがやりたいことをやりましょう」と言ってくださった一方、美濃部さんは「それ違うんじゃない？」とピシャリとおっしゃって。あそこで冷静になれたのはすごくよかったなと思います。あのまま両方出すのではなくて、「15段を二面出すのなら、その形に適した広告にする必要がある」とアドバイスくださったんです。

武藤：基本的に僕は、山口さんというクライアント……いや山口さんは今はもうクライアントというより「仲間」という感じなんですが、その人が叶えたいことを僕は叶えたいんです。だから山口さんの「二面出したい」という提案にもすぐにOKを出した。ただ美濃部さんは、ちゃんと正しいことをしようとするんですよ。「それは違う」「意味がないことはやめたほうがいい」と、ちゃんと言える強さがある。面倒くささとも言えますが（笑）。これが素晴らしい！

山口・武藤：（笑）

美濃部：広告自体は両方いい広告なんですけど、僕は圧倒的に「14の使命」がいいなと思っていました。僕はこの「14の使命」は長続きする言葉になると思ったんです。ある意味、PRパーソンの拠り所になると思っていたので、これは残したいなと。ただ、両方表現の仕方は違うんですけど、書いてあることは似てるんですよ。であれば、なぜ「14の使命」が生まれたのか、その想いの丈を「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」の方に書けば、二面で意味を成すようになると思いました。

山口：この7月の上旬の時点では広告の掲載が８月になることはほぼ決まっていて、そこから武藤さんに「作り直してほしい」というのは、ちょっと言いづらかったんですよね……（笑）。だから武藤さんのほうから「やりましょう」って言ってくださったのには、とても救われました。

武藤：いえいえ、もう「ぜひ！」という感じでしたよ。ちなみにまだ二面展開をすると決まる以前は、「14の使命」のボディコピーが先にできていて、最初に僕が全部読みあげた時に、山口さんがため息をついたんです。「……すごい量ですね」って。その瞬間に、「ああ、誰も読まないだろうな」って思ったんです（笑）。これだけ長い時間をかけて向き合ってきた広告の責任者である山口さんがそう感じるんですから。その場で「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」っていうコピーはどうですか？と手書きのコピーを渡しました。だから「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」というものは、山口さんの反応とため息がなければ生まれなかった。

（「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」が手書きで生まれた瞬間）

美濃部：「たとえ読まれなくても、ぜんぶ書く」のほうは、今武藤さんがおっしゃったような背景もありましたし、二面で行くと決まった時点で相当な議論を重ねてきていたので、こちらのボディコピーには「14の使命の“なぜ”を書けばいい」ということは、武藤さんと二人で話し合ってピンと来ていたんです。それなら二面セットにして成り立つと思いました。

■「創りたい人」が集まり、尊重し合えたから、追求できた

——冒頭、山口さんから「この３人はすごくいいチームだった」という言葉がありました。このチームワークが生まれた要因はどこにあると思いますか？

武藤：山口さんも意志が強い方ですし、そんな山口さんに対して「やっぱり違うんじゃないの？」と反対意見を言える美濃部さん、更にその意見に対して「そうかもしれない」と思える信頼関係ってすごく大切だと思います。

——客観的な人がチームにいることが重要、ということでしょうか。

武藤：いえ、それだけでは全然成り立たなくて、客観的な人の意見をちゃんと尊重できる関係性まで持っていく必要があると思います。それはすごくクールな関係性で、友達とかではない、今までやってきた実績と積み重ねによって生まれたものなんですよね。一方、僕と美濃部さんは20年くらいの関係ですから、すごく分かり合えているんですけれど、僕が山口さんにここまでピタリと合わせられたのは、やはり山口さんが「志の人」だったからだと思うんです。志して物事を作ってる人。そういう僕も志の男で、そこがすごく合うんですよ。多分そこを美濃部さんが、「この人は武藤と合うだろう」と僕に紹介してくれたんだと思います。

美濃部：僕はこの3人のチームは化学反応だと思っています。それぞれが同じくらい熱かったり強くないと、化学反応って起こらないんですよ。今回も山口さんが持っている染み出す熱に僕らが反応して化学反応を起こしていった。さらに言うと、役割がちょっとずつ違うのも良かったと思うんです。僕と武藤さんはちょっと被っていて、僕と山口さんもちょっと被る。山口さんとは「経営」という視点で、武藤さんとは「クリエイティブ」という視点で。そんな風にちょっとずつ一緒で、ちょっとずつ違うから上手くいくのかなと思いました。先ほどお話しした「哲学者」「翻訳者」「表現者」という3つの括りのように、それぞれの違うところも、尊重し合えていると感じます。

武藤：まさにそうですね。

（３人の化学反応で広告案が収斂されていった）

山口：私は単純にお二人のことをプロフェッショナルとして尊敬していますし、このチームには率直に本音で意見し合える心理的安全性がちゃんと確保されていました。お二人には「私が何を言っても大丈夫だ」という以上に、私が「この二人からなら、どんなことを言われても許容できる」と思えたんです。

美濃部：確かにそうですよね。私もこのチームにはそれぞれの生きざまのようなものが見えるんです。生きざまが違うといいチームにはならない。それと、三人が「稼ぎたい人」である以上に「創りたい人」だったのも大きかったなと。ベクトルが同じだったんです。

武藤：それはすごく大切ですね。僕は稼ぎたい気持ちもあるけれど、どちらかと言うと「創りたい」方が大きい。僕が単に「稼ぎたい人」であれば、例えば山口さんの言いたいことに合わせて、山口さんの喜びそうなことを書いたら“終わる”んです。でも、気になることがあれば「やっぱりここ気になりますよね」と言うし、山口さんや美濃部さんにも徹底したシビアさもある。「創りたい」という人間が集まると、追求せざるを得なくなるんです。

——なるほど。「創りたい」人だからこそ、二面広告の提案の際に美濃部さんが「やる意味あるの？」とおっしゃったのも、理解できます。

武藤：美濃部さんの「やるんだったら意味のあるものにしないと意味がない」という言葉は、「本気で作って世に問いたい」という姿勢の現れだと思うんです。かつ、その姿勢を最後まで貫き続けられる。もし僕が一人「もうクライアントがOKならいいや」って投げやりになっていたら、美濃部さんと山口さんにはあっという間にバレて、きっと僕はすぐクビになってたと思います。

美濃部・山口：（笑）

■みんなで大きな雪の玉にサラサラな雪を固めながら登って行く

山口：私は投資家・ウォーレン・バフェット氏の「人生は雪の玉のようなもの。大きな雪の玉をつくるには、湿った雪と長い坂を見つけることだ。」という生き方がすごく好きなんです。湿った雪とは “自分の強みや自分が情熱を持てるもの”のことで、それを長い時間をかけて転がし続けることを表現しています。でも、私は下り坂じゃなく上り坂のような気がしているんです。ふもとから転がし始めて、上り坂を登って行く。山頂に近づくほどどんどん気温が下がりますから、周囲にはサラサラとした雪しかなくなってきます。それでも根気強く丁寧に固める。そしてやがて一人で支えきれない重さになる。だからみんなで固めて、登って行く。つまり一人じゃ無理なんです。

武藤：「みんなで固めて登って行く」というニュアンス、分かります。それにとにかくシンプルに楽しかったですしね。僕は山口さんに出会えたことが嬉しいですし、山口さんと引き合わせてくださった美濃部さんには本当に感謝しています。

山口：まさしくこの広告のプロジェクトはみんなで登って完成させたものです。ありがたい反響も多く頂きました。

武藤：僕もある代理店の人間に「『我々はやっていく』という覚悟が、同業者だけじゃなく、すべての人に伝わるものがありました」と言われました。一般の方からもSNSなどで反響があったようで、僕はここまでのものは想定していなかったですね。

山口：もちろん今のような反響は目指していました。ただ、私は欲深いので（笑）、やはりこの広告が起点となって、さらに何かが始まって欲しいと思っています。途中、武藤さんや美濃部さんにも「この広告は掲載して、それだけでは終わらないんです。まだまだそこから先どんどん続くんです」とお伝えしています。この覚悟の日がスタートです。これが新しいプロジェクトに繋がり、バトンタッチしていけたらと思っています。

（14人の社員役員がその手に携えた14の使命）

取材＝青山ゆずこ、執筆＝田代くるみ（Qurumu）、監修＝PR TIMES広報PRチーム