本稿は、塚原沙耶氏による連載企画です。
2025年、埼玉県川口市で生まれた「彩のきくらげ」。きくらげといえば中華料理の印象があるが、肉厚でぷりぷりしたこの商品は、シンプルにわさび醤油でおいしい。栽培しているのは、実は新聞印刷工場だ。「新聞印刷会社がなぜきくらげを?」と関心を集め、メディアやSNSでも話題になった。
場所は毎日新聞首都圏センターの川口工場。ひとりの従業員が発案し、販売までこぎつけた。このユニークな事業を世の中に広めていったのが、東日印刷株式会社、広報PR担当の森尻さとみさんだ。まだ世に知られていない事業について、どのように興味を喚起し、認知を広げていったのだろうか。
東日印刷は、新聞部数や印刷媒体が減少するなか、さまざまな新規事業を開拓している。森尻さんの取材を通して感じたのは、次々とアイディアを生む背景に、仕事に対する社員の誇りと温かな社風があることだ。意外性のある事業は突飛な挑戦ではない。現場の社員が自分たちの仕事をどう続けていくのかを熟考し、生み出している。逆境と柔軟に向き合う会社の底力、ポジティブに発信する広報PRの取り組みを聞いた。
東日印刷株式会社(東京都):最新のプレスリリースはこちら

東日印刷株式会社 広報
森尻 さとみ情報通信や人材、出版、新聞業界における営業・広報活動を経て、2020年に東日印刷株式会社へ入社 。ロケ地提供サービス「Tロケ」で撮影誘致や新規ロケ地開拓などに携わったのち、2023年のプロモーション本部創設に伴い、広報担当に就任 。これまでの知見を活かし、「名刺管理アプリ」や「布製電照看板」「ロケ」といった多岐にわたる新規事業の広報に携わる。プレスリリース配信やSNS運用に加え、新聞社時代の経験を活かした、小学生親子向け、工場見学イベントなどの企画・運営も手がける。2025年には、グループ会社による「きくらげ栽培事業」のPRを主導 。開始時に配信したプレスリリースは「2025年度プレスリリースアワードBest101」に選出され、20媒体以上のメディア露出を獲得した。
新聞印刷会社がきくらげ栽培を始めた理由

東日印刷は、1952年に創業した歴史ある新聞印刷会社だ。その事業内容を調べると、多岐にわたっていて驚かされる。印刷事業に加え、名刺管理アプリ、ロケ地マッチングサービス、マスクや包装紙などの商品開発と通販事業……。そして、グループ会社で新聞印刷工場の毎日新聞首都圏センターでは、メダカ養殖ときくらげ栽培に着手している。
「新聞の発行部数が減少しているなか、会社として新しい事業を始めてみようという視点のもと、毎日新聞首都圏センターでは、毎年社員から新規事業に関する提案を受けつけているのです」
社内コンペがあり、グランプリと準グランプリが選ばれ、実現に向かって取り組んでいくという。きくらげ栽培は、2023年にこのコンペで提案されたプランだった。発案者は、川口工場の印刷副部長を務め、30年近く新聞印刷一筋で働いてきた多久幸男さんだ。
「多久が工場の空きスペースを何かに活用できないかと考え、きくらげに行き着いたそうです。きくらげは温湿度管理が重要で、1日に何度も散水しなければいけません。新聞印刷工場はもともと紙の品質を保つために温湿度が一定。また、号外を出せるように24時間誰かがいるので、管理体制も万全です。椎茸などほかのきのこも考えたそうですが、すでに市場が飽和状態でした。その点、きくらげは国産が10%ほどで、ほとんどは中国からの輸入に頼っています。それでやってみたらどうか、ということになったのです」
多久さんは、もともときのこ栽培などの知識を持っていたのだろうか。
「いえ、まったく詳しくなかったと思います。新聞印刷を29年間やってきて、30年目に初めてきくらげに着手しました。栽培の仕方や工場設備なども一から調べて、必要に応じて自分で専門家の方に聞きながら進めていったそうです」
テスト栽培を始めたのは2024年の春。多久さんが工場の一角に巨大なプールを設置し、カーテンで区切って、きのこ栽培の人工培地である菌床を手作業で配置した。
「温湿度を管理してちゃんと散水したら、肉厚でぷりぷりのきくらげができたのです。これは、本当にいけるんじゃないかと。秋には本格的にやりましょうということになり、工場の中に栽培庫を作って2025年2月に栽培開始しました」
「川口工場でどうやらきくらげを栽培しているらしい」という情報が森尻さんの耳に入ったのは、2024年の夏だった。多久さんにテスト栽培しているところを見せてもらい、まずは詳しく教えてもらう。そこから広報PRの仕事が始まった。

「最初に、SNSで栽培庫の写真をアップしました。菌床を入れる前の栽培庫が宇宙空間のようだったので、『ここは何だ?!』みたいな感じで上げてみたのです。そしたら『なんだろう?』という声が集まってきて、『ここで、きくらげを作ります』と。たくさんの方から『えー!』と驚いてもらえました」
2月、栽培庫に菌床を入れた。菌床に切り込みを入れて散水すると、そこからにょきにょきときくらげが生えてくるという。その切り込みを入れる日を栽培開始として、「新聞印刷工場で異業種に参入」とプレスリリースを配信した。
「練りに練ったプレスリリースでした。なぜ新聞印刷工場できくらげ栽培なのか、ちゃんと丁寧に説明しないといけないなと。一見まったく異業種だけれど、現場にさまざまな共通項があって新規参入に至ったこと、工場内に栽培庫を作るというめずらしさ、きくらげは国内生産が少ないこと、栄養価が高く美容にもいいこと……。商品を販売するという情報だけではなく、社会で興味を持ってもらえる内容はどういうものなのか、メディアの方に取材していただけるようなエッセンスを盛り込んでいきました」
ただきくらげを紹介するのではなく、この取り組みがなぜ、どのように生まれたのか、その文脈を伝えた。プレスリリース配信後、次々と取材依頼が舞い込み、テレビ、雑誌、Web、ラジオなど、多くのメディアで取り上げられた。
「午前中がきくらげ、午後は印刷」
発売にあたって、ブランド名を社内公募で決めた。
「一部の人がやっている事業ではなく、みんなで考える事業にしたいという思いもあり、グループ会社を含む全従業員からブランド名の案を募集しました。約500人の従業員のうち延べ115人から211件の案が集まり、たくさんの方が参加してくれたと思います」
投票や役員会などの手順を経て、「彩(さい)のきくらげ」に決定。川口市のある「彩の国」埼玉県への地元愛と、新たな特産品に育てたいという願いが込められている。
でき上がったきくらげは、生きくらげ、乾燥きくらげのほか、めんたい味や梅しそ味などの加工品も展開。オンラインや紀ノ国屋などのスーパーマーケットで販売し、ホテル椿山荘東京や帝国ホテルにも卸している。
とくに森尻さんが太鼓判を押すのが、生きくらげだ。
「今まで食べたことのあるきくらげとは別物という感じがします。お刺身みたいにぷりぷりなんです。多久に一番おいしい食べ方を聞いたら、『60秒くらいお湯でしゃぶしゃぶして、わさび醤油やポン酢で食べてください』と。これが本当においしいです」
新聞印刷工場で作ったきくらげが、なぜそれほどおいしくなるのだろうか。
「工場内に専用の栽培庫を作っていますから、外気の影響を受けることがありません。さらに、今は散水も温湿度の管理も自動でやっていて、スマホで二酸化炭素濃度や温湿度を管理できるようになっているのです。従業員が機械に精通していることも大きいと思います」

川口工場では、新聞印刷のスタッフがシフトを組んできくらげの栽培に従事しているという。多久さんも印刷の仕事をこなしながら、きくらげを見守る。
「スタッフが30〜40人いるのですが、午前中がきくらげ、午後は印刷というように、シフトを組んでいます。『ずっと新聞印刷をやってきたのに、なぜきくらげをやらなければならないのか』と思う人もいそうなものですが、川口工場のみなさんは当たり前のようにやっています。これは実は、すごいことだなと思いますね」
従業員の柔軟さが、きくらげ栽培を実現している。
「他社さんや他の工場でも、環境としては栽培できると思います。夕刊の印刷をやめていれば輪転機を減らしている場合もあり、スペースや人的リソースに余裕があるところもあるでしょう。ただ、現場の人たちに熱意があるか、柔軟に対応できるかどうかは難しさもあると思うんです」
チャレンジ精神旺盛な社風や、ゼロから立ち上げた多久さんの姿が現場の空気を育んでいるのだろう。自分たちのスキルが思わぬことで生かされた楽しさもありそうだ。
「こういう形でスキルが役立つことに、みなさん自身がびっくりしていると思いますね。多久も、自分の取り組みがまさかテレビで紹介されたりするとは思わなかったみたいで。同級生から連絡が来たりもしたそうです」
誇りを持ちながら、新たな選択肢を模索する
プレスリリースなどの情報発信において、森尻さんが伝えたかった大切な点がある。新聞文化を守るための新規事業だということだ。
「きくらげを新聞印刷に変わるメイン事業にしようとは考えていません。プレスリリースでも『新聞文化を守るため』ということを伝えました。『民主主義社会の基盤』といわれる報道の一翼を担う新聞。その業界の一員として情報を届ける役割に、社員はみんな誇りを持っています。紙を使い、輪転機という19世紀に確立した技術で情報を届ける新聞は、時代遅れといわれることもあります。でも、記者が取材し、編集の専門記者が大きさや見出しで価値判断を示す紙の新聞は、信頼できる情報として、今むしろ重要な役割を担っているとも思うのです」
30年にわたり新聞印刷に携わってきた多久さんはどう考えているのだろうか。多久さんにも聞いた。「新聞印刷は、社会に情報を届けるという責任ある仕事です。正確に、迅速に、そして読み手に伝わる形で紙面を仕上げる。その使命感は30年間変わることはありません。現場で培われたノウハウやチームワーク、品質へのこだわりは私にとって誇りですし、後進に伝えていきたい財産だと考えています。変化のなかでも信頼される印刷物を生み出し続けることが、私たちの仕事の根幹です」(多久さん)

一方で、新聞発行部数の減少は現実として目の前にある。誇りを持ちながら、新たな選択肢を模索してきた。
「限られた業界に依存するリスクや、設備や人材を生かす可能性を常に考えてきました。新規事業は突発的なアイディアではなく、日々の業務の延長線上にあります。既存のノウハウや設備、人手を活用できる分野を模索するなかで、印刷現場の品質管理や衛生管理の意識を生かせるきくらげに行き着きました」(多久さん)
東日印刷にとって新規事業は「転換」ではなく、「これまでの仕事をどう続けていくか」という問いの先にあるのだろう。
時代は移り変わり、新しいテクノロジーは次々と登場する。乗り遅れないようにと焦ったりもする。そのなかで自分の仕事に誇りを持ち、かつ柔軟でいることは容易ではない。多久さんが始めたきくらげ事業は、そうした悩みを抱える人、とくにもの作りに携わる人に勇気を与えてくれると思う。
そして、社外へ取り組みを魅力的に伝え、社内にもポジティブな空気を醸成しているのが、広報PRの働きだ。新規事業のユニークさにとどまらず、自分たちの仕事を社会に伝えていく試みに思えた。

ひとりの広報PR専任者と20人ほどの兼務者
多種多様な事業を展開している東日印刷だが、それを伝える広報PRの専任は森尻さんひとりだ。そもそも広報PRの体制が整ったのは、2023年と最近だという。なぜ、力を入れるようになったのだろうか。
「2017年頃から新規事業を次々始めてはいたものの、あまり発信できていませんでした。2020年に創業70年を迎え、そのタイミングでロゴを変えるなど、社内の変革がありました。それを機に、広報PRもちゃんと始めようということになったのです」
プロモーション本部を設置し、社長が本部長、新規事業担当の役員が副本部長に就任。専任者が森尻さんで、グループ会社を含めた社内の各部署に兼務者を配置している。兼務者の人数は20人ほど。唯一の専任として、どう切り盛りしているのだろうか。
「月に一度プロモーション会議を開催しています。各部署に『なんでもネタを出してください』とお伝えしていて、その内容に応じて、これはプレスリリース、SNS、社内報……と分けていったりしていますね」
兼務者は「広報PRって何をやるんだろう?」というところから集められているため、情報をどのような切り口で伝えるかなど、具体案が上がることは多くない。
「今は新しい情報や商品についてみなさんから聞いて、『じゃあ、こういう切り口でやりましょう』と私のほうでストーリーを作ることが多いですね。それぞれの兼務者が広報PRとしての視点を持ったら、もっとよくなると思います。きくらげがいい例となって、広報PRによってこんなふうに広がっていくということが伝わるといいなと」
きくらげ事業では、「栽培開始」という情報だけではなく、裏側のストーリーを伝えた。森尻さんがプレスリリースなどを書く際に心がけているのはどんなことだろうか。
「そのリリースにおいて、絶対伝えたいものがまずあります。これが芯の部分だというのをひとつ作って、そこにさまざまな事実を肉付けしていく。そのうえで、読んでもらうためのビジュアルを検討します。何が琴線に触れるかは人それぞれです。私自身が会社員であり、二児の母であり……という視点から世の中の出来事や流行を見て、何かリリースしたいものとの接点があるかな、と考えたりしています」
ビジュアルの制作も自身で行う。最近の事例として挙げるのが、長野県伊那市の「ハナマルキみそ作り体験館」をロケ地として提供するというプレスリリースだ。

「体験館の写真をお借りして、青空の背景に白で名称を入れて、『Tロケ ハナマルキ』の検索窓をさりげなく配置してみました。シンプルだけれども、一枚で必要な情報が伝わるように工夫しています」
Canvaというツールを使い、ビジュアルも文章も作っているという。デザインの研修などがあるわけではなく、なんでも独学で制作する。編集、ライティング、デザインといったいろいろな役割を自身が兼ねているのだ。
Xのフォロワーが1週間で50人から1000人に
「ハナマルキみそ作り体験館」のロケ地提供は、SNSがきっかけだった。体験館の館長が東日印刷のXのフォロワーで、ロケ地提供事業を行っていることを知ったという。
「ときどき、ハナマルキさんの投稿に私からコメントを差し上げたりしていて、X上で交流があったのです。ある日、当社がロケ地をドラマに提供したことを私が投稿したところ、『あれ、東日さん、ロケ地提供もやっているのですか?』というやりとりがあり、提供していただくに至りました」
SNSで生まれた縁がリアルでのビジネスにつながっている。Xは森尻さんが2023年8月に開設し、ゼロから育ててきた。
「作ったはいいものの、どう増やしていいのかわからなくて。最初の2ヵ月くらいはフォロワーさんも50人くらいでほとんどが関係者みたいな状態でした。あるとき、他社さんの『フォロワー1000人達成しました』という投稿を見て、どうしたらそんなことができるのだろうと、DMでお尋ねしたのです。そうしたら、朝の挨拶や夕方の『お疲れ様』をマメにするとよいなど、アドバイスをいただいて。なんと、それを始めてから1週間で1000人を超えたのです」
50人を1000人に増やす時、具体的にどんな投稿をしていったのだろうか。
「会社のサービスを前面に出すようなことはせず、挨拶をしたり、何かコメントをいただいたらマメにお返事したりしていました。がんばっている雰囲気をみなさんが感じ取ってくれて、応援してくれたんじゃないかなと思っています。ひとつ覚えているのは、夫の誕生日が11月なのですが、『夫の誕生日に、フォロワー数◯◯を見せたい』みたいなことをつぶやいたら、『おめでとう』という言葉とフォローが殺到して。それだけで100とか200とか増えた記憶があります」
何気ないコミュニケーションが大切だと実感したという。日常のやりとりがフォロワーを増やし、やがてハナマルキのアカウントとの交流も生まれ、連携につながった。DMや自身ならではの投稿など、森尻さんの主体的な行動がよい循環を生んでいる。

「ハナマルキの担当者さんが出張で近くにいらっしゃる機会があって、他社のSNS担当者たちと一緒に当社の喫茶店でオフ会を開催しました。そこでお会いした方がロケ地登録してくださることになったりと、オンラインからリアルへ関係は広がっています」
親しみの湧くSNSだからこそ、きくらげの投稿にもよい反応が集まったのだろう。森尻さんの広報PRは情報を一方的に伝えるのではなく、人との関係のなかで広がっている。
昨年12月に、目標としていたフォロワー1万人を達成したという。
「1万人を達成してちょっと肩の荷がおりた気がしました。最初は日常のやりとりを通じて当社を知っていただこうとしていましたが、今では本業に関する発信についても目を留めていただけているように思います。とはいえ、ただサービスのことだけを伝えていくつもりはなく、これからも多くの方との交流が生まれるようなアカウントにしていきたいと思っています」
移り変わる世の中で自分たちを見失わない

森尻さんが広報PRを担って3年が経つ。現在地をどのように見ているのだろうか。
「会社もWEB制作や動画編集の研修を行うなど発信力強化に力を入れ、いい方向に進んでいると思っています。ただ、もの作りについてはすごく真剣な会社なのですが、発信することには奥ゆかしさがあるというか、少し苦手な面があるんです。成功事例を重ねて、『広報PRをするとこんなふうに社会に届けられる』ということをもっと社内に浸透させていきたいですね。兼務者のみんなが『これはこういうニュース性があるので、こう届けたい』と発案するようになれば、きっと最強だと思います。そこに向かって、今は山を登っている最中ですね」
事業が世の中に伝わることで、人や社会との関係が生まれ、発展していく。
「新聞印刷を実直にやってきて、それがこれからも大切であることは変わりありません。一方で新しい事業も次々と展開しているので、もの作りのすばらしさに加えて、そういった果敢に挑戦するスピリットも伝えていきたいなと思っています。それから、個人的な思いとして、人をオープンに受け入れ、おもてなしをする心が備わっている温かい会社だと感じているので、会社のそういう魅力も届けていきたいですね」
自分たちの仕事にどう誇りを持ち、どう価値を届けていくのか。取り組みからうかがえるのは、移り変わる世の中で自分たちの輪郭を見失わず、前に進む姿勢だった。工場の一角で育つきくらげはそのひとつの形なのだ。
(取材・文/塚原沙耶)
PR TIMESのご利用を希望される方は、以下より企業登録申請をお願いいたします。登録申請方法と料金プランをあわせてご確認ください。
PR TIMESの企業登録申請をする


