現在、中性重炭酸入浴剤ブランド「BARTH」事業は株式会社TWOからアース製薬株式会社に事業譲渡されています。
記事の内容は、2021年6月時点のものです。
ウェルビーイング事業を行う株式会社TWOが中性重炭酸入浴剤ブランド「BARTH」事業をアース製薬株式会社に事業譲渡
「BARTH」という入浴剤をご存じでしょうか。業界では異例の「無色・無香料」。しかも一袋990円(3日分)と、一般的な入浴剤の3倍ほどの価格です。それにもかかわらず口コミを中心に売れ続け、3年で10倍以上の売り上げを突破。
販売元の株式会社TWO代表取締役CEO・東義和氏は、15年以上PR会社の経営者として走り続けてきたPRパーソン。「重炭酸泉」を扱う技術と出会ったことで、この入浴剤の開発・販売に着手しました。
最初に口コミで話題になったのは2019年。Twitterの投稿が拡散され「泥のように眠れる」を合言葉に、美容や健康に対する意識の高い層に広がっていきました。
2020年8月からは「睡眠投資プロジェクト」として、さまざまなPR施策を打ち出しています。入浴剤という日用品に、社会課題をどう盛り込むか。「BARTH」ヒットの裏側から、PR視点での組織づくり・事業づくりまで、じっくり聞いてきました。
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株式会社TWO代表取締役CEO
1980年生。2005年2月にPRを軸に企業のブランディングを行うマテリアルを設立。2018年にはCannes LionsのGlobal PR agencyランキングにおいて、アジア勢首位を獲得。2014年、グローバルで通用する普遍的なウェルビーイング事業を創るため、TWOを設立。2019年、TWOに専心するため、マテリアルを離れる。入浴剤「BARTH」を中心としたプロダクト事業、2021年4月にヘルシージャンクフードをコンセプトとしたプラントベースドフードブランド「2foods」を立ち上げる。
切り口は「睡眠投資」。PRパーソンが生み出した大ヒット入浴剤
──「BARTH」を生み出したのがPRパーソンだったと聞いて衝撃でした。商品開発のタイミングからPR視点を持っていたんですか?
東:そうですね、15年間もPR事業を手がけていると無意識のうちにPR視点を持ってしまう、という方が正しいかもしれません。まずは良いものをつくる。これは大前提。良いものでなければ長期的に売り続けることは無理です。
ブランディングやマーケティングにも繋がりますが、PR視点でいうと「会社のアセットとしてどんなオーラ、空気を纏わせるか」みたいなところってすごく重要で。事業の軸を選ぶところから、商品づくりに至るまで、その点には気をつけて経営してきたつもりです。
──「会社のアセットとしてオーラ、空気を纏わせる」。具体的にはどういうことでしょう?
いくつかありますが、一つは、社内の人間がそのブランドを心から良いと思えることです。押し付けるようなセールスをするのではなく、働く人たちが本気で「良い商品を生み出し、イノベーションを創っている」とピュアに信じることができているか。空気を掴むような話に聞こえるかもしれませんが、実際にはこれが売り上げにクリティカルに影響すると考えています。
また、「本気で良いと思える商品にこだわる」という視点があることで商品開発における判断が自然と長期目線になっていくというメリットもあります。たとえば「入浴剤」のスタンダードは、色付き、香り付き。ただそれを安易に取り入れることは、BARTH本来の機能を失いかねません。BARTHもそうすることは簡単ですし、そのような判断は短期的には目先の利益を少しだけ上乗せできるかもしれません。
しかし社内の人間はそういった経営判断をすごくシビアに見ています。会社およびクライアントへのエンゲージが薄れていくことの始まりです。逆に、こういった長期的視点でのジャッジが製品をより突き抜けたものにし、より強い関係者からのブランドエンゲージにつながるのです。
ただし、無色・無香料の入浴剤は説明コストがとにかく高い。加えて私たちの製品では、他社製品のようにパッケージで大々的に効用や効能を謳っていません。ですから「伝える」という部分の課題を克服するのがPRやマーケティングだと思っています。
──バズのきっかけとなった「泥のように眠れる」というツイートや、昨年実施した「睡眠投資プロジェクト」。睡眠は入浴剤とは一見関係がないように見えますが、社会にある課題を日用品に紐づける例としてとても勉強になりました。
今も発展途上ですが、私たちが見つめているのは「入浴剤市場」ではなく「睡眠市場」。入浴剤市場は400億円程度なのに対し、睡眠市場は2兆円ともいわれています。戦う市場を変えることで、マーケットサイズが大きく変わる。質の高い入浴が睡眠にもたらす効果は非常に大きいのですが、開発当時、睡眠の質に貢献するという切り口で販売している入浴剤はありませんでした。
他に当社では美容という切り口でも「BARTH」のPR・マーケティングを検討しており、同じことが言えます。寝具や寝室の環境に投資するように入浴に投資する。化粧水や洗顔料を選ぶように入浴剤を選ぶ。こんな風に、課題を持っている人への訴求内容やメッセージを掘り下げ、施策に落とし込んでいきます。
──パッケージに「寝つきが良くなる」「肌が綺麗になる」といった効能が書かれているわけではないのが印象的でした。
そこにもこだわりがあり、あえて今のパッケージにしています。
開発当初、営業担当はよく、卸先から「これじゃ何に効くのかわからない、パッケージを作り直してほしい」と言われていました。でもそうはしなかった。目指していたのは「入浴剤のカテゴリーを超えるプロダクトを作ること」だったからです。当時入浴剤の棚には多くの近しいクリエイティブの商品が並んでいました。消費者目線で見たときに、この中で何か差別化された商品を選ぶことは困難だと思いました。BARTHはあえて機能をあまり謳わないシンプルな、入浴剤にとっては違和感のあるクエイティブで差別化を図りました。
営業メンバーとはよく「じゃあiPhoneのクリエイティブを家電量販店から『わかりにくいから変えてほしい』と言われたらApple社は変えると思う?」という話をしていましたね(笑)。結局、今は逆にこのクリエイティブがBARTHの一つの人格になっているので、「クリエイティブとは何を目的にするか」ということが非常に大きいということを再認識しました。
携帯小説『Deep Love』大ヒットから学んだPRの威力
──東さんが、PR視点での事業づくりにたどり着くまでの道のりに興味があります。
若い頃から起業したいと思っていました。転機となったのは22歳の時。当時、若者向けの商品開発などを扱うマーケティング会社で働いていたのですが、もう少し大きな組織を見てみたいと思って。ちょうどご縁があったスターツ出版に入社したんです。
──出版社ですか。
はい。今から18年くらい前ですね、当時「ケータイ小説ブーム」が女子高生を中心に巻き起こっていました。i-modeで爆発的にヒットした『Deep Love』という作品を書籍化したのが、その出版社だったんです。マーケティングから広告戦略まで「代理店さんに任せず全部自分たちでやってみよう!」という文化だったので、本当に色々な経験をさせてもらいました。
──なぜ転機だったのですか。
このプロジェクトを通じてPRの威力を知ったんです。最終的に300万部以上売れ、当時映画化もされた『世界の中心で愛を叫ぶ』に並ぶ大ヒット作品になりました。
最初のうちは賛否両論あって……。援助交際をテーマとした作品だったため、批判も大きかったんです。若い世代やインターネット上での口コミを中心に話題は広がっていたけれど、テレビや新聞などの大手メディアは取り上げようとしてくれなかった。「こんなもの、若い子に読ませたらだめだ」という声も強かったですし。
でも、この作品は「本質的な愛」を描いているものだという確信があった。会社としてもこれを絶対に世の中に広めるんだ、という強い意志があったように思います。門前払いだった大手メディアの牙城を切り崩した一つの転機が、私が書いた企画書でした。制作会社のディレクターを熱い想いで説得して、なんとかテレビで取り上げてもらうことにこぎつけました。
放送後、大きな反響がありました。これを契機として他局や新聞なども取り上げてくれるようになりました。マスメディアを巻き込んだことで、社会現象化がさらに加速したんです。作者の元にはひっきりなしに手紙が届いていたのを覚えています。高校生の読者から「実は援助交際をやっていて自殺を考えていたがこの本を読んで気持ちが変わった」とか、親御さんから「この本のおかげで子どもが更生した」とか。
この時に「PRってすごいな」と思ったんです。広告とは別次元の影響を世の中に与えられる。そこに可能性を感じて創業したのが2018年まで13年間、代表を務めたPR会社(株式会社マテリアル)です。
──そこから、現在の事業を始めるにいたったきっかけはなんだったんですか。
他社のPRをお手伝いするのではなく、PRを活用して事業・サービスを作りたいという欲求が湧いてきたからです。PRは企業の中で一気通貫でやることが求められますよね。だからこそ、究極的にはPR会社がどんなに緻密な情報設計をしても、会社の一番コアな部分、社内のメンバーが心から思っていないことは効果につながらないと感じたんです。そんな経験から、PR発想を持って組織づくりや事業づくりを行うことで大きな価値を生み出せるのでは、と思ったんですよね。
PR視点を持つことは市場の声に迎合することではない
──PR視点での事業づくりというと、「マーケットの声を反映する」というマーケットインの発想になりがちです。でも、東さんは市場分析を緻密に行う一方で、ブランドとしての軸をぶらさない。ここに本質があるような気がします。
短期的にパフォーマンスを上げていく活動と同じくらい、目に見えない資産を長期的に積み上げていく活動も行っていくべきだと考えています。
マーケットの反応を見ながらさまざまな打ち手を繰り広げていく短期的な施策は、瞬発的に結果が出て計測可能なので予算も投下しやすい。要は「この施策をやればコンバージョンが上がる、このクリエイティブは売れる」といった施策は社内でも通りやすいんです。でも、本当にその打ち手が正しいかどうかを長期的なブランド視点、もっといえば企業視点で俯瞰で照らし合わせる必要があります。
とくに長期的な施策は最重要です。経営そのものを左右するものといえます。企業・商品の長期的視点でPRを理解している人が統括していくか否かで、施策の内容は大きく変わっていくと思います。
──周囲からいろいろ言われると、それらのアイデアに迎合する誘惑に駆られませんか。
今すぐ売り上げを作れ、と言われたら、現場の声を聞いてその通りに変えてみるのが一番早いんだと思います(笑)。でも経営としての立場で考えるなら、その判断は正しくない。
難しいのは「意固地にならない」というところとのバランスですね。結果としてうまくいけばいいですが、製品を尖らせすぎた結果、PRやマーケティングをどんなに行っても顧客に伝わらず、事業としてダメになってしまうものもある。残念ながら、正直「答えがない」というのが結論です。
ただし、同じようにダメになったとしても、戦略を立てて動いた結果ダメになったのか、あるいは周囲の声に流されて結果的にダメになったのか、そのどちらなのかを見極める必要があると思います。製品がなかなか売れなくて心が弱ってきたタイミングで「こうなれば売れるんじゃない?」という声に流されてしまうパターンって結構多いですよね。
──PR視点で商品開発を行いたい人に向けてアドバイスをお願いします。
最低限のマーケティング調査をすることは必要です。そして、担当者自身も世の中の流行や、空気を捉える。その上で、単純なマーケットインだけではない切り口がないかをひたすら考えることじゃないでしょうか。
私たちが入浴剤市場から睡眠市場に視点を変えて製品を設計したように、複数の市場調査を組み合わせてみることで新しいマーケットが見えてくるかもしれません。マーケッターは、数字を読み取る力も必要ですが、アーティスティックな発想も必要です。
──空気を捉えるために明日からできることは?
テレビ東京系列の「WBS(ワールドビジネスサテライト)」を毎日見ましょう。オンデマンドで2倍速で見れば30分に満たないですよ。これだけでも十分、世の中の空気は捉えられます。それができたら、日経MJと日経ビジネス、それからNewspicks。全部読む必要はなくて、1記事だけでもいいので、自分なりに分析してみる。ここまでやれば十分です。
──ありがとうございました!
今回のPR事例ポイント
- 社内の人間が心から推せる「良い商品」をつくるのが第一。その良さを伝える武器がPR、マーケティング
- すぐに結果が見える短期的な取り組みと同じくらい、長期的なブランディング活動を重視していく
- 定量的な市場調査と、毎日の積み重ねで「空気を捉える」。この組み合わせでPR戦略に磨きをかけていく
PRパーソンはもちろん、すべての経営者や商品開発責任者にとって気づきのあるお話を聞けました。私たちはどうしても、PRの定石を「市場のニーズに迎合すること」だと勘違いしがち。短期的なメディア露出や売り上げの増加を目指すならそれも一つの道ですが、東さんのお話からは、長期的にブランドを積み重ねていく、「資産」として企業にオーラをまとわせていくことの重要性を学びました。
最後に教えていただいた「空気を捉えるためのアクション」は、PRパーソン以外でも、マーケティングや経営に携わる人はぜひ試してみると良さそうですね。
(写真はすべてTWO社提供、取材はリモートで実施しました)
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