株式会社ニットでは「未来を自分で選択できる社会をつくる」というビジョンのもと、2015年の創業以来フルリモートでの事業運営を貫いてきました。現在は、400人のリモートワーカーが、オンラインアウトソーシングサービス「HELP YOU」の運営を支えるスタッフとしてお客様の事業成長をサポートしています。

オンラインアウトソーシングサービスの運営において重要な点は2つあります。1つは、優秀なスタッフを集めること。もう1つは、ノウハウを蓄積するためにもスタッフに働き続けてもらうことです。

しかし、フルリモート運営だと組織としての一体感が醸成されづらく、スタッフをつなぎ止めるのが難しい側面もあります。

そこでニットでは、リモート組織のあり方に向き合い、結果としてスタッフの定着率98%を実現。さらに、その相乗効果として顧客定着率97％を達成し、2021年にはテレワーク先駆者百選の総務大臣賞を受賞しました。

どのようにしてスタッフから「働き続けたい」と思ってもらえるリモート組織をつくったのか、創業初期にさかのぼって試行錯誤の軌跡をご紹介します。

他社との差別化で初期スタッフの募集に成功【創業超初期】

所属スタッフが20人未満だった創業初期は、ニット代表取締役社長の秋沢崇夫が自らスタッフ募集を行っていました。求人サイトを使って大々的に募集をかけるのではなく、まずは知り合い伝いやSNSで地道に人を集めたといいます。

求める人材像として意識したポイントは2つ。1つは、ITリテラシーが高いこと。HELP YOUではフルリモートでお客様の業務をサポートするにあたって、ChatworkやZoomなどのITツールを使いこなす必要があったからです。同時に、オンラインコミュニケーションに長けていることが求められます。

もう1つは、仕事ができること。その定義は人によってさまざまですが、創業当初は秘書業務を中心にサービス提供を行う想定だったため「段取りがよく、先回りして動ける人」を「仕事ができる人」と定義して人材を探しました。

結論からいうと、最初のスタッフ募集は大成功。秋沢がまさに思い描いていた優秀な人材を5人集めることができました。当時、ニットが抱えていた案件数からいうと十分すぎるほどの人数でした。

計画通りにスタッフが集まった理由を秋沢はこう振り返ります。

「当時、他社が運営するクラウドソーシングには、デザイナーやエンジニアなどの専門職の案件が多く、秘書のような事務系職種の案件はほとんどありませんでした。募集時にうまく他社と差別化を図れたことが成果につながったのではないかと思います」。

2015年にニットへジョインし、今でも働き続けてくれているスタッフもいます。当時、奄美大島に住んでいた方で、関東圏でデザイナーとしてキャリアを積んだ後、家庭の事情で15年ほど主婦として過ごしていたそうです。

ブランクはありましたが、仕事を円滑に進めるためのコミュニケーション能力が高いことに加え、単純に人として「面白い」と感じたため採用を決めました。「15年のブランクを経て、リモートワークで仕事復帰に成功した前例ができたら、同じような境遇にある方の希望になると思いました」と秋沢は語ります。

チーム体制の不備から会社を離れていくスタッフも【創業初期】

人が集まったら、次に課題として挙がるのがスタッフの定着です。創業初期はまだ案件数が少なかったこともあり、ほどなくしてニットを離れてしまうスタッフも半数程度いました。

仕事不足に加え「チーム」としての体制が整っていなかったこともスタッフが定着しなかった理由だと秋沢は振り返ります。

現在、ニットではディレクターが窓口として、お客様とスタッフとの間で業務の進行管理を行っています。チームで対応にあたるため、例えばスタッフの一人が病欠で休んでも他の人がフォローできます。仕事でつまずくことがあったら互いに相談できるのもチーム制の利点です。

しかし、当時は社員が受注してきた案件をスタッフが一人で対応にあたるスタイルが主流でした。業務領域がはっきりと分かれている、いわゆる”フリーランス”的な働き方です。スタッフの中には育児中の方が多かったこともあり、一人で仕事を抱えきれないことに対する不安から辞める人もいたと秋沢は説明します。

「『未来を自分で選択できる社会をつくる』というビジョンの実現がいかに難しいかを思い知らされました。当時、私はビジネスの仕組みをつくること自体が実現の手段だと信じ、働く人の『状況』や『思い』には寄り添いきれていなかったように思います」。

そのような反省からつくられたのが「バディ制度」です。2人1組で案件を担当することで、欠勤時にフォローし合えるだけではなく、不安や悩みを共有しながら仕事を進められます。

加えて、すぐに相談し合える組織文化をつくるために「雑談タイム」を導入。何気ない会話を通じたスタッフとの関係構築を経て、徐々にビジネス的な視点だけではなく、経営者として働く人に寄り添う視点を持つようになったといいます。

組織のフェーズとともに変わる相互理解のかたち【創業初期〜中期】

このように、人数が少なかった創業初期は、スタッフ全員と丁寧にコミュニケーションをとる「家族的」な組織運営をしていた秋沢。しかし、スタッフが50人を超えた頃から、一人ひとり向き合う時間がとりづらくなっていきました。

以前は、秋沢ともう一人の社員がスタッフの適性を見て仕事を割り振っていましたが、徐々にその形では立ち行かなくなり、導入されたのが「ディレクター制度」です。ディレクターが案件にスタッフをアサインし、進行管理をする現在のスタイルにシフトしました。

また、この時期は「家族的」な運営から「組織的」な運営へと変わっていく過渡期でもありました。人数が少なければ、いわゆる"阿吽の呼吸"や"暗黙の了解"で仕事を進めることもできます。しかし、スタッフが一定数を超えたら、組織としてのルールや業務フローを明文化する必要があるでしょう。

組織立って動くための体制を整えるにあたって、スタッフに対する情報開示のあり方も模索したポイントの一つです。透明性のある組織運営を目指す一方で、全ての情報を開示することが必ずしも各人にとってプラスに働くとは限りません。例えば、互いの給与や報酬額を知ったところで、不公平感や混乱が生まれるだけでしょう。

そこで、社内で何度も何度も議論を重ね、マイナスの影響が出ない範囲で可能な限り情報開示できるラインを模索。同時に、公平性を担保するために報酬制度を見直しました。

また、以前のように一人ひとりに向き合う時間はとれなくても、少しでも多くの声を拾うために、秋沢はディレクターが集まる会議などの現場へ積極的に顔を出しています。組織内部の状況や課題をきちんと把握することが、スタッフが「働き続けたい」と思う組織づくりにつながるからです。

同時に、自身の考えや人となりを知ってもらうために、経営方針や理念を伝える全社会議だけではなく、新スタッフを迎え入れるパーティーにも必ず参加しています。

「一緒に働く仲間の考えや思いを知るとともに、私のことも皆に知ってもらう。その地道な繰り返しが相互理解を生み、結果としてスタッフの定着につながると信じています」。

大事なのは定着率ではなく「幸せに働く人」を増やすこと【〜現在】

創業からの試行錯誤を経て、スタッフ定着率98パーセントを実現したニット。しかし、そこがゴールではないと秋沢は話します。

「定着率が高いからといって、必ずしもスタッフ全員が幸せを感じながら働けているとは限りません。重要なのは数字ではなく、その中身です。ニットで働き続けてくれている人全員が『幸せ』だと自信を持って言える組織づくりを目指します」。

その意思表示として2021年には企業理念を刷新。「『働く』を通じて、みんなを幸せに」というメッセージを掲げるとともに、全社的な幸福度調査を行い、個人の幸せを応援するために企業ができることを模索している最中です。

だだし「会社が働く人を幸せにする」という一方向的な構図を目指しているわけではありません。会社も、そこで働く人も、共に幸せを実現するにはどうしたら良いのか。もっというならば、お客様も含めWin-Win-Winの関係を築くにはどうしたら良いのか。

現在、ニットのスタッフは400人ですが、10年後には1万人が幸せに働いている状況をつくり出すためにも、リモート組織としてのあり方を今後も模索し続けていきます。