認定NPOカタリバ（以下、カタリバ）は、すべての10代が未来を作り出す意欲と創造性を育める未来の実現を目指し、2001年から活動を始めた教育NPOです。本記事では、カタリバが4月から取り組んでいる、経済的事情を抱える家庭へのPC・Wi-Fi無償貸与＆伴走支援「キッカケプログラム」と、そこから見えてきた、ニューノーマルな時代を生きる子どもたちへの学習支援の在り方について、カタリバの富永が紹介します。

富永 みずき （とみなが・みずき）

1995年生まれ、神奈川県出身。新卒として教育ベンチャー企業へ就職し、中高生の学習支援事業を担う部署にて年間数百名規模の講師採用を含むHR業務全般を担う。2020年8月、高校生のころから掲げていた「子どものための保護者支援」をすべく、カタリバへ転職。キッカケプログラムの保護者領域にて、プログラムの開発・運営を担当し、カタリバでも新しい取り組みである保護者支援を「新しい価値」とできるよう日々奮闘中。

オンライン学習の”キッカケ格差”をなくしたい――「キッカケプログラム」が始動

2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、全国の学校が一斉休校となりました。その後も休校の長期化が見込まれた中、各地の学校や自治体が主体となって、オンライン学習システムの導入が進められました。文部科学省の調査(※1)によると、一斉休校がスタートして約3か月経った2020年6月23日時点で、日本全国の公立学校の約40%が、何かしらのデジタル教材を用いて家庭での学習を推進しています。また同時双方向型のオンライン指導を導入している学校も約15%。予期せずして起こった一斉休校の影響で、日本の学校におけるデジタル教材やオンライン学習の導入が今まさに広がってきています。

こうしてデジタル教材やオンライン学習が導入されていく中で、そもそも経済的事情で家庭にPCやWi-Fiがなく、オンラインの学習環境にアクセスできない子どもたちの存在も見えてきました。もともと公的経済支援を受けている家庭や、コロナ禍で仕事を失い収入が激減した家庭など、事情は様々。そこには、「お金がないから学びの機会にたどり着けない」という、教育の”キッカケ格差”が存在していました。

その”キッカケ格差”を少しでも減らしていきたいという思いで、カタリバは、経済的事情を抱えた家庭を対象に、PCとWi-Fiを無償で貸出し、学びの環境を届ける「キッカケプログラム」をスタートさせました。このプログラムを開始してから現在までの8か月間で、全国424人の子どもたち(※2)へオンライン学習の環境を届けることができています。

（子どもたちに送るPCやWi-Fiの発送準備をするカタリバオフィス）

「パソコンってどう使うの？」寄せられた声から見えてきた本当のニーズ

キッカケプログラムを通じて貸出先の多くの家庭とやり取りをする中で、当初多く寄せられたのは、「パソコンってどう使うの？」「電源が入らない、壊しちゃったかも」といった声。また時間が経つにつれて、「どれくらいの時間なら使っていいの？」「学校の紙の宿題や家の手伝いよりパソコンをやってしまう」など、PC操作にどんどん慣れていく子どもたちを心配する保護者からの声も届くようになりました。

そういった声と向き合っていくうちに、改めて、本当に必要とされているオンライン学習支援とは何なのかを考えさせられました。それはただハードウェアを渡すだけではなく、「それをどう使うか」「どう付き合っていくか」を含めた「伴走」なのではないか。そしてそれは、子どもたちだけでなく、保護者もまた必要としているのではないか、と考えるようになりました。

それ以降、子どもたちに定期的なオンライン伴走プログラムを行うキッズメンターやユースメンター（週1回、グループ型プログラムや面談を実施）、保護者の困りごとを聞いていくペアレントメンター（各家庭の保護者と月1回での面談）、インターネットと安全に付き合うためのデジタルシチズンシップ研修といった、それぞれの家庭事情にあわせてしっかりと伴走し、オンライン学習の立ち上がりをサポートしていく体制を整えました。また、本プロジェクトに賛同してくださる企業から、AIドリル（Qubena、すらら）やスカイプ英会話（WAKUWORK ENGLISH）などのオンライン学習教材の提供を受け、これらを子どもたちに活用してもらうという取り組みも始まっています。

（キッカケプログラムで届いたPCを開く子どもたち）

子どもだけでなく、保護者も戸惑いを抱えている―「自分にも居場所ができた」

キッカケプログラムがスタートしてから8か月。「勉強の習慣がなかったけれど、放課後に兄妹で毎日10分ずつQubena（※3）を使うのが習慣になりました」、「すらら（※4）を使って復習することで、数学のテストで100点がとれました」など、子どもたちの学びが進んでいることがうかがえるうれしい声も届くようになりました。

私自身は今年の9月から、保護者に伴走するペアレントメンターたちのマネージメントに携わっていますが、保護者への伴走支援にも手応えを感じています。保護者と関係性を築くことで、仕事のこと、家計のこと、PCの使い方や習慣、子どもとの関わり方など様々な相談が届き、子どもとの関係性の悩みや保護者の困り事をいちはやく知ることができるようになりました。

最初は面談を億劫に感じていた保護者もいましたが、10月に行った保護者アンケートでは、面談の満足度は10点満点中平均8.9。「子どもだけじゃなく、自分にも居場所ができたように思います」といった声をいただいた時には、とてもうれしかったです。

保護者の困り事が解決されて1人で抱えている荷物を降ろすことで、子どもとの向き合い方もよくなっていく。こうした支援の形を、もっと多くの家庭へ届けていけたらと思っています。

（保護者に伴走するペアレントメンターたちの打ち合わせの様子）

より多くの子どもたちに支援を届けられる未来を目指して

最近では生活の様々な場面でオンラインが活用されるようになり、例えば地方在住の家庭など、これまではなかなかアプローチが難しかった多くの子どもたちへ、支援を届けられる時代になってきていると感じます。

しかしながら、やはりカタリバだけで支援できる家庭数は限りがあり、困っている家庭全員の声に応えることはできていません。次のステップとして、私たちがこの数か月で培ってきた伴走プログラムのノウハウを他の自治体や団体などでも導入できるよう、業務フローの簡素化や支援枠の拡大を目指します。あらゆる関係者で協力しあい、この支援の輪を広げ、ニューノーマルな時代を生きるより多くの子どもたちにとって本当に必要な学習支援を届けていける体制を模索していきたいです。

※1　文部科学省「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた公立学校における学習指導等に関する状況について」

※2　貸出した端末の内70台は熊本災害支援のため高校経由で貸出

※3　株式会社COMPASSが提供するAIドリル教材

※4　株式会社すららネットが提供する対話型e-ラーニングシステム

NPOカタリバについて

どんな環境に生まれ育った10代も、未来を自らつくりだす意欲と創造性を育める社会を目指し、2001年から活動する教育NPOです。高校への出張授業プログラムから始まり、2011年の東日本大震災以降は子どもたちに学びの場と居場所を提供するなど、社会の変化に応じてさまざまな教育活動に取り組んでいます。

＜団体概要＞

設立 ：　2001年11月1日

代表 ：　代表理事 今村久美

本部所在地：　東京都杉並区高円寺南3-66-3 高円寺コモンズ2F

事業内容　：　高校生へのキャリア学習・プロジェクト学習プログラム提供（全国）／被災地の放課後学校の運営（宮城県女川町・岩手県大槌町・福島県広野町・熊本県益城町）／災害緊急支援（西日本豪雨、令和元年東日本台風、熊本豪雨）／地域に密着した教育支援（東京都文京区・島根県雲南市・島根県益田市）／困窮世帯の子どもに対する支援（東京都足立区）

URL ：https://www.katariba.or.jp/