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「あの事業撤退がなければ今の成功は無かった」bravesoft社長が語る日本一ポジティブな事業撤退の裏側

#事業撤退の裏側  #誕生秘話  #企画の裏側

2021年4月30日 12時00分 bravesoft株式会社

「新規事業」というワードにはポジティブな印象を持つ方は多いが、その対局である「事業撤退」というワードを聞くと「失敗」「赤字」などのワードが想起され、ネガティブな印象を持つ方は少なくない。


しかしながら企業を存続する上で、問題を先送りしたり、今まで通りの事をやっていても生存競争に生き残れない事も事実であり、攻めるも勇気であり、引くもまた勇気。どちらを選ぶにせよ経営者の判断力が問われるが、経営者も従業員の生活を背負っている以上、簡単に決断もできないのが実情である。


bravesoftは2005年の設立後、WEBやモバイルアプリ(ガラケーアプリ)の受託開発をメイン事業として行ってきた。そうして設立から4年後の2009年にiPhoneが日本に上陸したタイミングでいち早くスマートフォンアプリの開発という分野に「新規事業」としてチャレンジした。結果としてスマートフォンの普及率は劇的に急増し、今日のbravesoftが存続しているのはこの時の決断であったと10年以上経った今振り返る事ができる。


そして、スマートフォンアプリの開発の次に、bravesoft代表取締役CEO/CTOの菅澤英司が目を向けたのは"アプリの分析"であり、「Appvisor(アップバイザー)」という新規事業を2011年にスタートさせた。


しかし、この事業は2014年に撤退する。

それでも、菅澤は「この事業撤退こそが成功だった」と当時の記憶を振り返る。


今回はこの「Appvisor」がなぜ生まれて、なぜ消えていったか。

「事業撤退の裏側」に関して、菅澤のインタビューを踏まえて紹介させて頂く。


人物紹介


菅澤 英司(すがさわ えいじ)

bravesoft 代表取締役CEO / CTO

1981年生 / 東京都出身


法政二高から法政大学情報科学部へ進学。学生エンジニアとして活動し22歳で起業。15年間で世界4拠点150名でのグループに成長。アプリ開発にいち早く進出し、これまで総計1億DL,1000件以上の開発を経験。首相官邸やTVerなど代表作の開発を主導。「最強のものづくり集団」を目指し、エンジニアリングの理想を追求。趣味はプログラミング、1人旅、ブログ、読書。


公式ブログ:https://www.bravesoft.co.jp/seblog/

Twitter  :https://twitter.com/braving/

YouTube  :https://www.youtube.com/channel/UCfdQ-g7zgBILx4Gci-UaECQ?sub_confirmation=1


これからは作って終わりではなく「作って分析」の時代が来る

前述の通りbravesoftは2009年のiPhone登場のタイミングでいち早くアプリ業界に参入した。


その中でアプリの受託開発をメインで行いつつも、「自社アプリ」も次々にリリースしていった。そのタイミングでリリースされたアプリの中には現在も多くのファンの方に支えられている「bokete-ボケて-」や「HONNE-ホンネ-」も含まれる。

そうしてアプリを次々に世に提供していく実績を積み、追いかけて参入してきた同業他社より実績・経験にて頭ひとつ抜けた存在となっていた。


そしてその一方、数としてはアプリと比較して徐々に少なくなっていたが「WEBサイトの受託開発」の仕事も頂いていた。そしてその時期のプロジェクトで「分析ツール」の開発を行なったが、これがヒットした。

こうした分析に需要がある事を菅澤は実体験で経験し、下記の決断に達した。


「シンプルに"その分析ツールのアプリ版を作りたい"と思ったんです。これまでにアプリは十分に作っていましたので、アプリを作る人を助けるツールを作りたいと思ったのが、Appvisor誕生の切っ掛けでしたね」


そうして菅澤の着想からわずか3ヶ月の2011年12月、アプリ分析を行うツール「AppTracker」が誕生した(当時のプレスリリースはコチラ


そうして誕生したAppTrackerは、リリース後瞬く間に大手企業より問い合わせを頂き、すぐに契約が決まった。

これまでの自社事業と言えばコンシューマ向けの自社アプリ開発しか行っていなかったが、自社アプリは作り終えてから"当たるか"、"当たらないか"を待ち、当たれば儲け物というスタンスで開発していたが、今回誕生した分析ツールは導入先が企業であり、これまでとは180度違う形の自社事業であったが、こうした分析ツールに需要があった事で、菅澤はこの新規事業への決断が間違いでなかった事を確信した。


「これからは作って終わりではなく"作って分析"の時代が来る


菅澤の先見の明は正しかった。

そしてこのサービスは、bravesoftの自社プロダクトを牽引する存在へと飛躍した。


Appvisor管理画面


AppTrackerからアプリのトータルアドバイザー"Appvisor"へ

AppTrackerの成功を経て、即座に菅澤は次のビジョンを見据えたアクションを起こした。

2012年の2月にはAppTrackerの名称を「Appvisor(アップバイザー)」への変更を行う。


この名称変更に込めた想いを簡単に紹介する。


スマホ元年と呼ばれた2009年から3年が経ち、既にこの国において「スマートフォン」と「アプリ」は生活において切り離せない存在となっており、アプリの存在価値はこれからも向上し続けると考えた菅澤は「アプリ開発」の業務以外でも業界を席巻しようと考え、その為にbravesoftはもっと多くのアプリの周辺事業を興し、アプリのトータルアドバイザーになろうという願いを込めて「Appvisor」という名称を冠し、Appvisorシリーズとしての商品開発に取り組む。


Appvisorシリーズのポリシーは「アプリ運営会社にもっとアプリの価値を高めてもらうこと」「企業にアプリ運用を身近に感じてもらいこと」の2点であり、そこに主軸を当てたプロダクトを次々に世の中に提供した。


前者ではアプリの数字分析を行う「Appvisor」を始めとして、既成のアプリでPUSH通知を簡単に配信できるようになるAppvisor Push、後者では紙のポイントカード・スタンプカードをアプリに移行させた「Appvisor Stamp」、そしてイベントアプリをパッケージ化させた「Appvisor Event(現在のeventos)」である。


こうして次々に誕生したAppvisorシリーズであるが、直ぐに導入が決まった。

中でもAppvisor Pushの勢いは目覚ましく、従来のメルマガなどを利用した販促活動は、スマホのPUSH通知に移行していく過渡期である事を菅澤は直に感じた。

このような形でAppvisorシリーズプロダクトの導入が次々と決まった事を菅澤はこう述懐する。


「Appvisorが大手企業に導入された事で"実績"を得ることができたのが大きいと思ってますが、どこの企業も"アプリを作る"というとりあえずの目標は達成したものの、運用に対して課題を持っていたという時代背景があったと思っています。ですので分析やPUSH通知など、アプリを"どのように運用していけば良いか?"という課題を多くの企業様が抱えていた結果ですね」


プロダクトの完成はゴールではなく「スタート」であると、この頃の実体験から菅澤は学ぶ事ができたと振り返る


潔く日本一ポジティブな撤退を選択し、今日の成功の礎へ


そうして実績も増え、軌道に乗り始めたAppvisorシリーズであったが、ここで予期せぬ事態が発生した。

導入企業アカウント拡大に伴いアクセスが集中し、サーバが耐えきれなくなってしまった。

その復旧作業や障害対応に追われ、目に見えて社内のエンジニアは疲弊してしまっていた。


そしてその頃、あるサービスが徐々に存在感を示し始めた。

当時はまだマイナーであったが「Google Analytics」「Firebase」というツールで、Appvisorと同等の機能が無料で使えるようになり、これからAppvisorで実現できる分析機能はほとんどが、上記のツールで実現できてしまう事に菅澤は危機感を抱いた。


実際に「アプリ分析」に対する需要はあり、方向性は間違えていなかったし、これから伸びる事も分かっていた。

ただ、大企業がその需要を嗅ぎ付けて、資本を武器に同じ土俵で戦えれば中小企業のbravesortには勝ち目が無い。


潔く、菅澤は撤退を決意した。この決定に至るまで然程時間は掛からなかった。


「もちろん悔しい思いはあったけど、このまま続けていても疲弊していくだけだったからスパッと諦めました。ただここで誕生したAppvisor Pushは未だに"Appvisor"の名前を残して事業として継続しているし、何よりもbravesoftの主力事業である"eventos"の前身である"Appvisor Event"も作れたので、この経験はメチャクチャ大事でしたね」


そうしてコアとなる分析機能を持ったAppvisorに関しては契約中のクライアントには事情を説明して潔く撤退し、派生した「Appvisor Push」「Appvisor Event」に注力する事を菅澤は選択した。


その決断が正しかったのか、まだ道の途中ではあるが、

eventosは事業規模や機能を年々拡大させ、Appvisor Pushも負けじと今尚国内PUSHサービスにおいては絶対的な地位を築いている。


そして、この頃の撤退経験を経て、菅澤が学んだ事がある。


「結局googleとか大手はなんでも作れちゃってそれを無料で提供できちゃうので、使用する管理者はすごく簡単にそのツールを活用して、苦労なく分析ができちゃうんです。ただ、イベントを運営するのは本当に大変で、管理者は色々なツールを駆使してイベントを開催しなきゃならないので、そうした管理者の手間を軽減して満足できるイベント開催ができる為のツールを提供する事で、管理者の方に無料のツールでは感じられない価値観を提供できると思いましたし、eventosというサービスを見つめ直す良い機会となりました」


最後に菅澤に、事情撤退を振り返ってもらうと、シンプルにこのような回答が返ってきた。


「あの時期にしかできなかったものを作れて、色々な事も経験できたし、現在に繋げる事もできたので、メチャクチャ良い撤退だったと思ってます。恐らく日本一良かった撤退だと思ってますよ(笑)」



あの撤退があって、今日のbravesoftは今尚「最強のものづくり集団」を目指す仲間が集まり、成長を続けている



■ 会社概要

商号   :bravesoft株式会社

代表者 :代表取締役 菅澤 英司

所在地 :〒108-0014 東京都港区芝四丁目13番2号

設立   :2005年4月4日

事業内容:イベンテック、体験アプリ開発

資本金 :2億5,000万円(資本準備金含む)

URL   :https://www.bravesoft.co.jp/


■ 本件に関するお問い合わせ

担当:広報戦略本部 高瀬 将臣

TEL:03-6809-6030

FAX:03-5443-5324

Mail:m.takase@bravesoft.co.jp

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