広報からCEOへ。「広報経営」に奮闘した代表取締役の2年間 ─スパイスファクトリー取締役CSO 流郷綾乃

大阪で企業広報を経てフリーランスになり、東京で広報PR担当者として関わった企業からCEO(最高経営責任者)に打診された流郷さん。バイオ系企業の出身でもなく経営の経験もない彼女は、迷いつつもCEOに就任。2年以上の任期を経て、昨年退任されました。
(流郷さんがムスカのCEOに就任するまでのストーリーはこちらから)

広報と経営の経験から、効果的な「広報経営」をすることで企業の成長スピードはもっと加速できると流郷さんは言います。経営者が「広報的思考」を持ち、広報が「経営的思考」を持つことで実現する「広報経営」とは。流郷さんならではのご経験を伺いました。

スパイスファクトリー取締役CSO

流郷 綾乃 (Ryugo Ayano)

1990年生まれ。2児の母。中小企業の広報を経て、フリーランスの広報として独立。スタートアップなどに対して広報・戦略コンサルティングを提供。
2017年11月、生物資源ベンチャー「ムスカ」の広報戦略を支援し、18年7月に代表取締役CEOに就任。数々のビジネスコンテストにて最優秀者やSDGs賞を受賞し、経産省J-Startup企業に採択。同社の認知度の向上および、資金調達に貢献し、20年11月に退任。2021年7月DXスタートアップのスパイスファクトリー株式会社、取締役CSO(最高サステナビリティ責任者)就任、株式会社SPACE WALKER 経営企画 サステナブル推進を担当。

「暫定」CEOになったのも広報視点から

─ どういった経緯で広報になられたのでしょうか。

流郷さん(以下、敬称略):広報には成り行きでなりました。元々大阪のOA機器の販売代理店で営業職についていたのですが、営業が苦手過ぎて。興味のある状態で問い合わせが来る状況を作って営業できたら効率が良いと考え、自分から兼務で広報職になることを会社に提案しました。その後独立し、フリーランスとして広報業務を請け負っていました。そのうちの一社がムスカ社でした。

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─ 広報からCEOになった経緯を教えてください。

2017年11月からムスカに広報戦略担当の執行役員として関わっている中で、CEOにならないかと打診を受けたんです。決定権限のある経営の経験はなかったですし、一度お断りもしましたし、悩みに悩みました……。

私がCEOへ打診されたのは、昆虫テック企業の代表に母親であり、虫嫌いの自分が就任するギャップで、世間からも興味を持ってもらえるのではという当時の経営チームの広報的な思考からでした。私も広報視点で客観的に見て、そのストーリーは有効だなと感じました。

悩んだ結果、暫定CEOという肩書きで就任することにしました。この肩書きをつけたのは、経営層のポジションは空いていることを社外へ認知させることが目的です。当時のムスカは、会社の認知度もまだまだで、事業成長を担う優秀な人材の獲得も課題でした。その2つをクリアにすることは、事業を推進するきっかけとして非常に重要。そこで、いまはわたしが代表に就任して興味をもちやすい土俵をつくることが事業に最大限貢献できる手法だと考えました

ただ、注目を集めることはできましたが、当時は「腰掛けのつもりか」と投資家の方々からお叱りを受けるなど賛否両論をいただきました。批判は一心に受ける覚悟でしたし、ご指摘いただいたこともよくわかります。結果的には、この肩書きのおかげで注目していただき、想いを知っていただく機会も格段に増えました。


参照:掲載:食糧危機をハエで救う 29歳「暫定」CEOの挑戦(NIKKEI STYLE2019/5/24)より

─ 広報と経営に共通点はありましたか。

早い段階で共通点があるなと思いました。事業を始めるにしても事業環境調査といって、まずは外部環境をリサーチする。それは広報と同じ手順だなと感じました

広報は時勢を捉えるためにサービス、商品の周辺環境についてリサーチします。そのリサーチスキルが備わっているから、メディアにだけではなく、幅広いステークホルダーに目を向けられる。広報には、事業推進に大きく役に立つスキルが、最初から備わっていると感じます

わたしも経営者になった時、まずは広報時代の経験を生かして事業環境調査をしました。その下地があったからこそ、優秀な人材や資金を集めるために、効果的に認知を獲得できたんです。事業の成長には広報の考え方が役立つなと、改めて思います。もちろんそれだけでは足りないので、経営に関しては数えきれないくらい本やWebリサーチをして、必死に勉強しました。

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「広報経営」は経営を加速させる

─ 広報から経営者になって考え方に変化はありましたか。

大きく変わりましたね。広報は事業を豊かにするツールのひとつだと思いました。そう考えると、広報と広告は別物と言われがちですが、広報も広告も……ひいては営業もマーケティングも全てが事業を豊かにするツール。線引しなくてもいいと思い至りました。

ただ、代表はむやみにメディアへ出過ぎるとよくないなとも思いました。

─ ベンチャーだと、まずは社長が出るべきなのではと思いがちですが。

基本はそうなんですが、実際に自分が経営者になった時に、取材に割く時間が増えると事業に支障が出ることへの懸念が増したんです

大前提として、ベンチャーは知名度を上げるために、メディア露出をすべきだと思います。でも、組織を作ったり資金調達を考えたり。経営者には取材対応以外にも、やることが本当に多いです。広報を経験してメディア露出の大切さを知っている自分でさえ、メディアに出過ぎると事業が止まってしまうのではと思ったほどでした。

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─ 経営者の方が事業を推進する時間を残しつつ、メディア対応してもらうにはどうしたら良いでしょう。

なるべく効率的に取材ができるよう工夫すると良いと思います。広報さんには取材の想定質問を過去記事から類推するなど、事前準備を徹底してもらえると嬉しいです。必要になる画像素材をまとめてメディアキットを作ったり、広報だけで対応できる内容は、広報が対応するなど。

スタートアップの取材は、代表へのインタビューを希望されることがほとんどです。そこでメディアの言われるがままになるのではなく、代表の時間を確保するためにどうすべきか。広報の中でも判断軸を持っておくと良いでしょう。必要最低限の時間で、最大の効果が得られるように心がけてもらえると助かります。すべきことが多く、本当に頭がパンクしそうだったので。

─ 経営者としてメディア対応をしていた時に、苦労したことはありますか。

事業が進んでいない時に、そこに関して質問がくるのは辛かったです。自分の言葉や事業に責任をもつべきなので、回答はします。それでも何が原因で事業が止まっているのか自分でわかっているだけに、繰り返し回答をしていると精神的に消耗しました。経営者も人間なんだなと実感した瞬間でしたね。

広報は最強の経営パートナーになれる

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─ 経営者はどんな広報視点を持つと良いでしょう。

とくにスタートアップの経営者は、広報が強力な武器であることを意識し、事業について発信していくべきです。技術をひたすら磨いているだけではその技術が日の目を浴びず、腐ってしまうからです。

また、露出しても意味がなかったと広報活動自体をやめてしまう会社があります。それは経営者自身も、露出を目的にしていることが原因です。経営者自身が、何のために露出するのかまで設計して広報担当者に落とし込む必要がある。広報が経営者の味方になると、最強のパートナーになるでしょう。

経営者は事業のことを常に考えていますが、没入して考えて視野が狭くなることも。広報は常に社会の動きを見ています。時に経営者は事業と向き合い過ぎるあまり、世間と考え方が乖離することもあります。広報視点を取り入れられると、経営者もバランスを保ったり社会のニーズを掴んだりしやすくなり、発想も豊かになるはずです

─ 広報はどんな経営視点を持つと良いでしょう。

会社の一員として広報という武器を使い、事業推進と社会インパクト拡大のために何ができるか。そんな広い視野を持ってみてください。「広報=メディア・リレーションズだけ」と活動の範囲を狭めず、「パブリック・リレーションズ」をおこなう人であってほしいです。

広報担当者には情報発信をする前に情報収集をする習慣が備わっているので、その範囲を事業推進の方向に合わせて少しピボットする。それだけで、もっと広いパブリックへ訴えられる可能性が広がると思います。メディア研究だけでなく、世界や国の動きも掴んでおく。政府がどんな政策を出しているのか、それには誰が関わっているのかなど政策にも目を向ける。事業のネックになっている法律や環境問題などあらゆる国の動向を知っておくことで、取材対応時にその問題についても言及できるでしょう。時勢を敏感に感じる広報担当者だからこそ、経営陣に危機感を伝えてほしいです。世間の空気感を察知して、誰をいつ巻き込んだら効果的なのか。広報ならではの観点から、経営することもできるのではないでしょうか。

大きなムーブメントを起こすことが難しくても、火種を作ることはできる。それをできるのは広報だと思います。

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─ 広報経験者は経営者に挑戦してみると良いと思いますか。

わたしのケースは特殊だと思います。わたしは自身がCEOになることが、事業の成長になると思えたタイミングでした。

経営者になることで必ず成長できるとは思いますが、あくまで事業ファースト。事業を通して何を成し遂げたいかだと思います。自分のキャリアアップのためと自己本意で考えているなら、あまりに巻き込む人数が多く、自分を消耗するので、決しておすすめはしません。わたしももうCEOはやりたくないな……。

─ 流郷さんにとって広報PRとはなんですか。

広報は人間心理を考える、本質的な活動です。どのサービスも企業も、人と関わらずに進めていくことは不可能ですよね。社会がどう動いていくのかを考えているのが広報なので、広報をわかっている人が経営者のパートナーになると事業はとても強くなれると信じています。

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広報は本質的な部分を考えている人たち

広報は経営にとって最高のパートナー、広報は本質的な活動だと言う流郷さん。

広報に取り組む中で、時間やコストの問題で「広報の意味」について悩むタイミングは各社あるのではないでしょうか。そんな企業も多い中、流郷さんの言葉は心に強く響きました。

今後も流郷さんは広報の視点を取り入れた「広報経営」で、さまざまな事業を成長させていくことでしょう。

(撮影:原 哲也)

この記事のライター

永井玲子

東京・大阪でメディアリレーションを行う関西在住の広報パーソン。新卒でルート営業、2社目に入った会社で未経験ながら広報をゼロから立ち上げ、広報キャリアをスタート。2021年からフリーランス。自分が良いと思った「地方」の人・物・サービスを応援するために広報をやっています。日々頑張っている全国の広報パーソンが正しく評価されるよう、PR TIMES MAGAZINEで想いを紹介したいと思います。

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