昨年発売され、今年4月に早速リニューアルした「サッポロ SORACHI1984」。サッポロビールが35年以上前に開発し、のちに伝説のホップと呼ばれることとなる「ソラチエース」だけを使用したビールである。

「王道だけど個性的な味わい」で好評を博し、じわじわとファンの中でも人気になっている。この商品の主役である「ソラチエース」は、なぜ伝説のホップと呼ばれるのか。そして、「SORACHI1984」はこの先何を目指すのか。同商品に込められた想いや開発の裏側、そして、最盛期から1/10未満となった国産ホップへの想いも込めたブランドの未来図について、SORACHI1984のブリューイングマネージャーである新井健司が紐解いていきます。

SORACHI1984　ブリューイングデザイナーの新井健司氏

伝説のホップ「ソラチエース」

　「ソラチエース」が生まれたのは1984年。北海道空知郡上富良野町で産声を上げましたが、バブル期に差し掛かる日本において、ビールに求められたのは爽快感やのどごしの良さ。ヒノキやレモングラスのような個性的な香りを持つソラチエースは、その時代にはそぐわないホップでした。活躍の場を求め、1994年に、クラフトビールブームに沸くアメリカに渡りましたが、すぐに芽が出たわけではありませんでした。

潮目が変わったのが、2002年。アメリカのホップ農場のマネージャー ダレン・ガメシュ氏とソラチエースとの奇跡的な出会でした。その時の出会いを、ダレン氏はこのような言葉で表現しています。

「文字通りその場に縛り付けられたかのように一歩も動けなかった。それほど衝撃的な香りであった。」

その後、ダレン氏はソラチエースを栽培し、知り合いのクラフトブルワリーに紹介するようになりました。そして、ソラチエースを使用したブルワーから、「完成度が1ランク上がる」「味に違いが出る」との評価を受け、瞬く間にアメリカのクラフトブルワリーの中で評判になりました。さらに、その噂がヨーロッパにも伝播し、世界中のブルワリーでソラチエースが使用されるようになったのです。こうして、日本で生まれたソラチエースは世界的に有名なホップとなったのです。しかも、日本では、ほとんど知られることなく…

「サッポロビールの醸造家なのに、ソラチエースを知らない？」

　「ソラチエースとの出会いは醸造家としてドイツ留学した時でした。海外の醸造家から、『サッポロビールのソラチエースはいいホップだね』、と言われたのですが、恥ずかしながらその時、私はソラチエースのことを知りませんでした。」

ドイツに留学していた時の写真

「サッポロ　SORACHI1984」の開発初期から関わり、現在、SORACHI1984ブリューイングマネージャーである新井は、ソラチエースとの出会いをこう振り返ります。ソラチエースの生みの親であるサッポロビールに属する醸造家ですら知らなかったホップ「ソラチエース」。しかし、ここでの出会いをきっかけに、「サッポロ SORACHI1984」誕生への物語は静かに動き出すことになります。

　海外の醸造家から初めてソラチエースのことを聞いたとき、「海外でこれだけ評価されているのに、日本で飲めないはおかしい」と思いました。同時に、「世界を変えるくらいのビールをつくってやろう」、とも思いました。ただ、その時はまだ、醸造家の一人という立場であり、商品開発にも携わっていませんでした。しかし、幸運なことに、ドイツ留学から戻った時に配属されたのが商品開発を担当する部署でした。かなり運命的なものを感じましたね。

“SORACHI1984”の開発にも、さらに5年。

ところが、実際に、「サッポロ　SORACHI1984」が生まれるまでは日本に戻ってから5年の歳月がかかることになります。日本のビール市場では、まだまだ爽快感やのどごしの良さが重視されており、香りを重視したビールは少ないため、数ある香りの中でもとりわけ個性的な香りを持つソラチ―スを使った商品の発売には慎重にならざるを得ませんでした。そこで、2016～18年にかけて、様々な場所でお客様の反応を見たうえで検証を重ねました。

はじめに、2016年にEC限定で瓶を発売しました。希少な原料だったこともあり、12本入りで4,000円弱という高価格値段での販売だったのですが、想像以上に注文をいただいたんです。そして、同時に、樽でも一部の外食店舗様で発売したのですが、こちらも好評。数量限定だったため、在庫限りで販売終了となってしまいましたが、様々な数量限定商品を出している中でこのソラチエースだけは、「もう飲めないのか？また飲みたい」というアンコールの声をいただくほどでした。その時は申し訳ない気持ちと、うれしい気持ちでした。その後、家庭で飲めるビールとしての発売は2018年。上富良野産のソラチエースのみを使った商品として350mlの缶で1缶1,000円（！）で発売しました。さすがに…と思われると思いますが、上富良野産というのはそれだけ希少なんです。さすがに瓶ほどは売れませんでしたが、それでも多くのお客様にお買い求めいただきました。

そして、その裏で進めていたのが「SORACHI1984」の全国発売の構想です。それまでにもさまざまな高評価を受けていましたが、ビアフェスに樽で出品し、さらに多くのお客様からの反応を集めました。ソラチエースを知っている方は、狙って飲みに来られて方もいるほどで、「缶では発売しないのか？」といった声も多く聞かれました。このようなお客様の声に後押しされ、ついに、2019年に全国発売にまでこぎつけました。ソラチエースの香りの強さを一番大事にして、そのために独自のドライホッピング製法も採用した、渾身の商品です。

2016年発売の初代「ソラチエース」　

　2018年発売の上富良野産100%使用のソラチエース

“SORACHI1984”の次の物語。

「サッポロ　SORACHI1984」誕生までには、多くの人によってつむがれてきた35年に亘るストーリーがありました。これは、「畑からのおいしいビールづくり」を続けてきたサッポロビールだから作れたストーリーであり、その根底にあるのは、100年以上前の開拓使醸造所創業からのDNAである、「おいしいビールをお届し、お客様に笑顔になっていただきたい」という想いです。今の時代のバトンを受け取った者として、創業からのDNAを受け継ぎ、この物語を未来のビールファンに残すこと、そして、胸が熱くなるワクワクするような物語を作り続けていく必要があると思っています。そして、その第一歩をようやく踏み出すこととなりました。

SORACHI1984で使用しているソラチエースの大半は世の中に注目されるきっかけとなったアメリカ産ですが、「日本生まれのホップだからこそ、日本の生産者が育てたソラチエースを使ったビールを作りたい」という想いがあります。実は、2019年の発売当初から、国産ソラチエースをごくわずかですが使用していました。そして、2020年のリニューアルでは、国産ソラチエースの使用比率を上げ、少しずつですがその想いの実現に向け進んできました。

そして今般、「国産ソラチエースだけを使ってSORACHI1984をつくる」という夢に向かい、ソラチエース故郷の地、北海道上富良野町において生産量の少ない国産ソラチエースを増やす取り組みを開始いたします。ホップが収穫できるようになるには3年ほどかかり、まだまだ長い道のりではありますが、夢に向かった新しいストーリーを、ホップ生産者の皆様、地域の皆様、そして、ファンの皆様と一緒に楽しみながら作っていきたいと思っています。

そして実は、ここまでソラチエースに関わってきたメンバーと、「育種のバトン」をつなぐ生産者の方からも胸熱なコメントもいただいています。ぜひ読んでみてください（ちゃっかり私も載っています（笑））。

●森　義忠氏（元サッポロビール株式会社　取締役研究開発部長、95才）

　：ソラチエースが1984年に上富良野で生まれ、その後アメリカやヨーロッパでも栽培されるようになったことを聞いて、とても感謝していました。育種開発者として、ソラチエースを取り上げていただくことは、ただただうれしく、ありがたいです。

●大串 憲祐氏（サッポロビール株式会社 原料開発研究所 北海道原料研究センター センター長）

：大正年間にホップの試験栽培を開始してから百年近く上富良野町にはお世話になっています。ホップとビール大麦両方が協働契約栽培されている上富良野で開発された「ソラチエース」が、おいしいビールとなってお客様に楽しんでいただけることを願っています。

●糸賀 裕氏（サッポロビール株式会社 アソシエイトスタッフ（ソラチエースホップの伝道者））

：その昔、大先輩の方々が育種したソラチエース。ヒノキやレモングラスの香りが、世界のビール醸造家と愛飲家をうならせています。今、育っているのは上富良野のソラチ川支流沿いの佐藤農園 乾杯！数年先に故郷が醸し出すソラチエースの香りに！

●鯉江 弘一朗氏（サッポロビール株式会社 原料開発研究所 北海道原料研究センター）

： 一株一株手の中で小さかった苗が、佐藤さんの下で大きく育ち、収穫され、工場で添加され製品になり、いずれ全国のお客様の下へ届く日が来るということを想像すると胸が震えます。ファンの方に国産ソラチエースの力強い風味をぜひ味わっていただきたいです。

●上本 允大氏（サッポロビール株式会社 北海道担当 フィールドマン）

：当社の育成品種であるソラチエースが、育成地である北海道で栽培されることとなり非常にうれしく思います。北海道担当のフィールドマンとして生産者と協力しながら素晴らしいソラチエースを収穫できるよう努力します。

●永井 敏文氏（サッポロビール株式会社 ビール＆RTD事業部 第3グループ グループリーダー）

：おいしいビールを作りたいという先達からの想いを繋いでいく使命感が湧いてきます。 ソラチエースホップの成長を楽しみ、おいしいビールに生まれ変わっていく、新しい物語が始まります。

●新井 健司氏（サッポロビール株式会社 SORACHI1984 ブリューイングデザイナー（開発担当者））

：ソラチエースに初めて出会ったのは2014年のドイツ留学の時でした。多くの外国の醸造家から「ソラチエースはすごいホップだ」との言葉をもらい、日本に戻ったらソラチエースを使ったビールをつくろうと決意したのを昨日のことのように覚えています。今回、未来へ向けた一歩を踏み出せたことを大変うれしく思っております。

●佐藤 秀幸氏（ソラチエースホップ契約栽培農家）

：ソラチエースという品種があり、その歴史と生い立ちは聞いていました。改植の話を受けたときは、Uターンしたもの同士、他の品種とは違った感覚がありワクワクしました。はじめてのホップ品種ですが、うまく栽培できるようにがんばります。

☆ソラチエースのストーリームービーも是非ご覧ください（4分半）

：SORACHI1984 ホップへのプライド篇（字幕アリ）

ビールは大麦とホップを主原料としたお酒ですが、冒頭にお話しした通り、国内ホップの生産量はピーク時の1/10未満にまで落ち込んでいます。国産ホップ産業の始まりは、1871年の野生ホップ発見からといわれており、ここから今まで続く歴史があるからこそ、伝説のホップ「ソラチエース」が生まれ、そして「サッポロ SORACHI1984」として多くのお客様に楽しんでいただけています。今回の、ソラチエースの国内生産量拡大は、「SORACHI1984」ブランドの夢に向けた一歩ではありますが、これをきっかけに、国産ホップを使ったビールが楽しめる世界を次世代にも残していくべく、活動していきます。

これからの「サッポロSORACHI1984」の取り組みに、ぜひ、ご期待ください。

サッポロビール株式会社　

SORACHI1984 ブリューイングデザイナー　新井健司