本稿は、青柳真紗美氏による寄稿です。
株式会社ハッシン会議で広報コンサルタントを務める青柳真紗美氏による、ひとり広報の方に向けたAI活用に関する寄稿シリーズ。第3回となる本記事では、効率化にとどまらず「経営と広報PRをつなぐ『翻訳者』としての役割」について執筆いただきました。

株式会社ハッシン会議 広報戦略コンサルタント / 広報実務サポーター (メディアアドバイザー)/ Learneyサポートチーム
元書籍・雑誌記事の編集者。企業出版・経営者の書籍を多く手掛ける中で中小企業における広報活動の重要性に気付き、企業広報・PRにキャリアチェンジ。AI系スタートアップ・不動産テックベンチャーで広報担当者として経験を積み、フリーランス広報として複数社の支援を実施しつつ、2022年ハッシン会議に参画。企業の広報部門立ち上げ支援のほか、伴走型eラーニングサービス「Learney」の開発責任者も務める。中小規模の企業ブランディング、情報発信戦略策定と実行支援、社内報の企画制作に至るまで、企業コミュニケーション全般の支援と最適化を強みとする。現在1児の母として子育てにも奮闘中。コーポレートコミュニケーション株式会社 代表取締役。
AIは経営層と広報PRの「翻訳者」になれるのか?
「経営メッセージをもっと社員に伝わりやすくしたい」「開示情報を広報PRの現場で活かせないか」。
広報PRの現場では、こうした声を耳にすることが少なくありません。経営層が発する言葉やIR情報は、企業の今を映し出すリッチな情報源であり、活用できれば社内外に向けた広報PR活動を強力に後押ししてくれるはずです。
しかし現実には、経営メッセージやIR情報は専門性が高く、株主や投資家といった限られたステークホルダーを対象に設計されていることが多いです。そのため、社員や生活者にとっては難解で届きにくく、広報PR担当者自身もどこまで正しく理解できているのか不安を抱くケースもあるでしょう。
結果として、せっかくの情報が社外広報に展開されず、眠ったままになっているという課題を多くの現場が抱えています。こうした状況を変える可能性を持っているのがAIです。AIを「翻訳者」として活用することで、これまで別物とされてきたIRとPRが近づき、相互に補い合う二人三脚の関係へと進化していくと思います。
経営メッセージをわかりやすく翻訳し、IRとPRをつなぐ
IR(投資家向け広報)とPR(一般広報)は、隣接する領域でありながらも、従来は別物として扱われてきました。ざっくり言えば、IRは正確性を、PRは共感を重視します。双方の目的や文脈、言葉遣いは微妙に異なるため、両者を接続するのは難しかったのです。
ここでAIの強みが活きます。情報を「言い換え、整理し、構造化」することは、AIの得意分野です。
たとえば決算短信に記載された「売上高◯%増」「当期純利益◯億円」といった数字。投資家にとってはそれだけで十分でも、社員にとっては「なぜ伸びたのか」「自分たちの努力がどうつながったのか」というストーリーが重要です。ストーリーが加わることで、初めて自分ごととして受け止められ、社員のモチベーションにも直結し、次の行動へと結びついていくのではないでしょうか。
一方で、社会に向けた発信においては、また別の翻訳が必要です。ただ「売れた」と伝えるのではなく、その商品やサービスが解決した社会課題、当時の時勢や流行との関連、受け手にとって共感を呼びやすいキーワードなどの文脈を組み込み、物語として再設計することで、メディアや一般消費者に届きやすい形に変わります。
従来、こうした情報の翻訳は広報PR担当者にとってもっとも難易度の高い業務のひとつでした。なぜなら、経営者の言葉をそのまま受け止めるのではなく「俯瞰的にビジネス構造を理解する力」や「社会のトレンドや空気をキャッチアップする力」、「多様なステークホルダーごとの関心や理解度を把握する力」といった複合的なスキルが求められるからです。
こうした複合的なスキルの必要性はこれからも変わりませんが、下地を整えたり、関連情報を整理したり、施策の壁打ちをAIと行うことで、ゼロから取り組むよりもグッとハードルが下がります。
活用事例1. 社長メッセージの活用
半期ごとなどに発表される所信表明や社長メッセージは、AIを活用することで貴重な広報資源になります。文章になっている必要はなく、音声データや収録動画をAIに読み込ませ、内容を要約・構造化することで、社内外向けの施策のさまざまな場面に活用できます。
たとえば、オウンドメディアのコンテンツや社内報の原稿、今後の広報PR施策のアイデア出しなどにも活用することができます。上場企業では決算説明会、非上場企業ではキックオフスピーチなどの動画を素材に同様の取り組みを行うケースも増えているようです。
活用事例2. 適時開示資料・プレスリリースの共通化
上場企業のある会社では、開示情報やプレスリリースを作成する際、まず、ドラフトの作成にAIを活用しています。
プロンプトには同社の業種、特徴、ビジョン、定型文、入れ込みたい要素(発表ネタの社会的背景、事業への影響、社会へのインパクト、経営者メッセージなど)を組み込み、投資家向けの適時開示と社会向けのプレスリリース、どちらにも共通して使える構成にすることで、発表資料を個別に作る手間を省きました。
ちなみに、そのニュースの管轄部署の担当者にGoogleフォームから特筆ポイントを事前入力してもらうことで、情報収集の時間も大幅に短縮。従来数日かかっていた作業が数時間で完了し、スピード感のある発信が可能になっています。
活用事例3.発表資料の校正・経営視点での確認
また、社外向けに出す発表資料を完成させるまでにAIが校正を補助している会社もあります。もちろん人間も最終確認を行いますが、誤字脱字や表記揺れ・文章の冗長さやURLの間違いなどはAIが一通り見つけてくれるので、チェックの時間を50%以上削減。また、経営視点や業界視点を持ったチェックや改善提案をAIに行わせることで、より質の高い資料の作成が可能になっています。
結果的に広報PR担当者は宣材写真の準備やメディアとのコミュニケーションなど、これまで後手に回りがちだったタスクに早期に取り組むことができるようになり、情報発信自体の頻度も月3回程度から10回以上に増えています。
活用事例4. IRブログの下書き
日々の情報発信をまとめたIRブログを2週間に1回のペースで発信しているある会社では、記事の作成に、AIを活用しています。
すでに発行している発表資料の内容を読み込ませて、前回の記事にトーン・マナーを合わせる形でドラフトを作成。切り口や全体の文字数など、整えなければいけないポイントはいくつかありますが、要約は生成AIの得意分野なので、かなり良い精度での記事の下書きが数秒で完成します。
活用事例5.適時開示情報を社内向けにまとめ直す
適時開示情報をAIを活用して「社内報向けの要約メモ」に変換している会社もあります。
同社では経営企画部が作成する決算説明資料や短信、日々の適時開示情報が社員に読まれにくいという課題がありました。そこでAIに「社内報編集者」としての役割を与え、開示文書から重要な数字や経営コメントを抽出。そのうえで「なぜこの数字になったのか」「今後の戦略にどう関係するのか」といった背景を補足し、社員が理解しやすい言葉にリライトしています。
それらをSlackチャンネルで隔週で共有することによって、経営層の動きをタイムリーに伝えることができるようになり、社員の業務理解や一体感の醸成につながっています。
広報PR戦略にIRの数字を活かす
紹介した活用事例に加え、今私がトライしているのが、AIを活用して広報PR戦略や目標設定にIRの数字を取り込むことです。
従来の広報PRでは「認知度向上」「ブランド醸成」といった定性的な目標が中心でしたが、経営層が日々見ているのは売上や利益率といった数字です。開示情報から主要な数字を抽出し、それを広報PR施策に反映した提案をAIでつくることにも挑戦しています。
たとえば、新規事業の売上が伸びているなら「この成長を後押しするために採用広報を強化すべきです」と提案できるかもしれません。海外売上比率が増えているなら「次の広報PRは海外メディア露出に重点を置くべきです」と新企画を立ち上げることができるかもしれません。
経営者と同じ「数字の言語」で会話できることは、広報PR担当者の大きな武器になります。広報PRにおけるKGI、KPIの設定においても、具体的な数字を根拠とした設計が可能になるでしょう。
他にも、特別利益の計上の際に時節に沿ったキャンペーン展開や、事業提携の際のシナジーを狙った共同企画も考えられます。このような企画をAIと壁打ちしてみるだけでも、広報PR活動の打ち手について、新たな視点を得ることができるのではないでしょうか。
人間の広報PR担当者にしかできないこと
AIが経営メッセージや数値を翻訳し、広報PR活動を下支えすることができる時代になったら、人間の広報PR担当者が果たすべき役割は何なのでしょうか。
「社長が自分でAIを使えば、広報PR担当者は必要なくなるのでは?」と考える人もいるかもしれません。個人的には、AIの役割が「言葉をつくる」ことに対し、人間の役割は「体温を吹き込み、意味をつくる」ことだと考えています。そして、意味をつくるためには、広報PR担当者が担ってきた、さまざまな目に見えにくい取り組みが不可欠なのです。
広報PR担当者が担うことが多い役割として、ここでは3つを紹介します。
1つ目は、戦略自体の良し悪しを判断することです。経営が発する言葉を、どのタイミングで、どのメディアを通して、どんなトーンで伝えるのか。これは企業の状況や世の中の空気、社内のコンディションなど、あらゆる要素を踏まえて検討して初めて下せる判断です。AIがいかに優れていても、「今、このニュースを出すべきか否か」という判断の責任は人間にしか持てません。逆にここを誤ると、たとえ正しいメッセージであっても、誤解や炎上を招くリスクがあります。
2つ目は、関係性の構築です。メディアの記者や社内メンバーとの信頼関係は、日々の対話や誠実な対応の積み重ねでしか育ちません。AIはどれだけ精密に文章を生成できても、「この人が言うなら信頼できる」という信頼までは代替できないのです。むしろ、AIによる情報発信が一般化するほど、「誰が話しているのか」「その言葉に温度があるか」が重視されるようになるでしょう。
3つ目は、感情や文化の調整です。文章の「温度」を見極め、相手の立場や文化的背景を踏まえて言葉を微調整する。たとえば経営者メッセージ一つをとっても、「自社らしさ」「共感される言い回し」「角が立たない表現」「ユーモアのさじ加減」は、AIには判断しづらい領域です。これは単なる編集や校正の領域を越えて、広報PR担当者の直感と経験が生きる部分です。
まとめ:数字を取り入れつつ、温度感のある広報PRを
AIが定型業務や下準備を担うことで、これまでハードルが高かった、経営情報や経営者のメッセージをPRに翻訳して戦略的に考えていくことが少し身近になりました。
人間はより創造的な判断と関係性構築に時間を割けるようになります。しかしこれは、広報PR担当者の仕事が楽になる、という単純な話ではありません。
AIによって作業範囲が広がり、効率が上がる一方で、広報PR担当者にはより一層、俯瞰的かつ属人的な、感性のスキルが求められるようになるとも言い換えることができます。そういった意味でも、広報PR担当者が持つ役割はより重視されていくはずだと個人的には考えています。
次回は、AIをメディアリレーションズに活かす方法と注意点をお届けする予定です。
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