社会を変える人たちが“界隈”で留まる、それがもどかしかったんです──DIAMOND SIGNAL 編集長・岩本有平

広報・PRとは切っても切れない関係にある「メディア」。自社の情報を取り上げてもらうべく、メディア編集部に連絡を入れる広報・PRパーソンが多いのではないでしょうか?

ただ、メディアに情報を提供して記事にしてもらって終わり、ではもったいないと思うのです。どうせなら、報じる側と報じられる側の関係を超えて、お互いの思いを理解し、ともに社会に渦を起こせたらすばらしい

そこで、メディアの人がどんな思いのもと情報を取り上げているのか、心のうちを覗いてみませんか?

株式会社ダイヤモンド社の岩本有平さんは、Webメディア「CNET Japan」「TechCrunch Japan」にて、約14年間スタートアップを追い続けてきた記者です。2019年にダイヤモンド社に参画して「DIAMOND SIGNAL」を立ち上げ、編集長となりました。

なぜ岩本さんは、第一線を走る記者から、メディアを立ち上げて編集長となったのでしょうか? ローンチから約2カ月たった今、その理由を「情報がスタートアップ界隈だけで循環するのがもどかしかった」と答えてくれました。

株式会社ダイヤモンド社 DIAMOND SIGNAL編集長
岩本 有平(Iwamoto Yuhei)@yuheiwmt

SIerなどを経て朝日インタラクティブ「CNET Japan」編集記者に。その後AOLオンライン・ジャパン(現:ベライゾンメディア・ジャパン)「TechCrunch Japan」編集記者、副編集長を務める。
創業期のスタートアップからメガベンチャーを中心に広く取材。並行してイベントの企画・運営を行う。担当イベントは5年で来場者数800人から2500人超に。出版社、フリーランスを経て2019年よりダイヤモンド社 ダイヤモンド編集部の副編集長。2020年7月の創刊より現職。

スタートアップ“界隈”内で循環する情報。約14年のキャリアで見つけた課題

──岩本さんは「CNET Japan」「TechCrunch Japan」といったWebメディアで、スタートアップを追い続けられていましたよね。なぜ、100年以上の歴史をもつ伝統メディアにキャリアチェンジされたのでしょうか?

僕はメディアの中の人として読者に正しく情報をお伝えすると同時に、スタートアップの生態系が世の中に理解されるようになることを大事にしてきました。だからスタートアップの良いニュースだけでなく、悪いニュースもしっかりと報じてきました。スタートアップが関わるITの領域は、産業としては若く、法律が追いついていないこともあります。問題が起こったときにもそれを見過ごすのではなく、「何が問題なのか」までを伝えないと新しい産業について、正しく理解してもらないと思っていたからです。

10年以上前に、僕がスタートアップの取材を始めた頃は、スタートアップという言葉すらもほとんど認知度がありませんでした。ですからスタートアップが発信する情報も、ニュース記事のようなかたちで伝わる段階には、まだまだ至っていませんでした。ですが最近では、メディアでもスタートアップの情報が流通しはじめ、同時にスタートアップ側からの発信もスムーズになってきました。この5年くらいの変化です。

その5年間で大きな変化を遂げたのは、スタートアップに関わるPRパーソンにある種の「型」ができあがってきたからではないでしょうか自社のプレスリリースを準備して配信する、発表する情報をどういったかたちでメディアに共有する、自分達でどうやって情報を発信するかといったことを、スタートアップが自らできるようになってきました。日々記事を書く人間としては情報を得やすくなっていったのですが、一方で「この流れが当たり前になって良かったのかな」という思いを抱くようにもなってきたんです。

──それは具体的にどんな思いでしょうか?

情報流通の型ができたところでメディアで出したスタートアップの情報が、スタートアップのコミュニティのなかに留まっているのではないか、という思いです。あまり「界隈」という言葉を使いたくないのですが、あえて言うならば「スタートアップの情報が、スタートアップ“界隈”でだけ流通している」のではないかと。

スタートアップのコミュニティのことを「スタートアップ界隈」「スタートアップ村」と言うことがあります。ですがそんな界隈、村と表現するような小さなコミュニティの中だけで情報が流通し、ビジネスが成り立ってしまうと、世間一般のルールや慣習と乖離してしまうこともあります。スタートアップの中の当たり前と世の中のルールの乖離が、大きな騒動を起こしてしまうこともありました。

また、スタートアップにとって大きな意義のあるニュースが出たとき、コミュニティの中では歓声が飛び交っていても、その一歩外に目を向けてみると、何も伝わっていないこともあります。スタートアップが、0から1を生んで世の中を変えようとしているのに、まだ世の中の多くの人に情報が伝わっていない。そのことにもどかしさがありました

──フィールドを変えた理由は、ご自身が記者として走られてきて、実際に感じたもどかしさの解決に挑むためだったのですね。

はい。「CNET Japan」には8年9カ月、「TechCrunch Japan」には5年在籍し、それこそ「スタートアップ」という言葉がメディアにも出る前からベンチャー担当として奮闘してきました。取材を通じて熱量を浴びるうちに、だんだん今の考えに近づいた感覚があります。

そんなスタートアップとともに走ってきた僕ができること。それが、新しい産業を興す人たちをメディアの力で世の中につなぎ込むことでした。スタートアップメディアでなく、ビジネスメディアとして作る。このチャレンジをしようと思ったとき、僕に足りないのは、歴史が長い伝統的なメディアでの記者経験だと思ったんです。

ダイヤモンド社について申し上げると、昨年春、これまで別々だった紙媒体(週刊ダイヤモンド)とWeb媒体(ダイヤモンドオンライン)で分かれていた編集部を統合し、夏にはサブスクリプションサービスを始めました。これまで週刊誌だけで展開していた特集コンテンツを、有料会員向けにWebで公開するなど、言ってみれば出版社のDXを進めてきたんです。

そのなかでいわゆるバーティカルな新媒体の立ち上げも準備していました。その1つがスタートアップの領域でした。そこに挑戦してみないかと声を掛けてもらい、DIAMOND SIGNALの立ち上げを準備してきました。立て付けを決めるまでに時間がかかったのですが、ウェブ媒体出身のライター、編集者にも声をかけ、フレキシブルに動ける新しい編集部を作る方向性で決まりました。

「DIAMOND SIGNAL」が目指すのは、スタートアップやテクノロジーの概念が当たり前になった世界

──入社してから「DIAMOND SIGNAL」のローンチまでの話を教えてください。

1年間かけて新メディアを立ち上げて思ったのは、やはり0から1を生み出す人はすごいということ。これまで多くのスタートアップの方々を取材してきましたが、いざ自分が新しいものを作る立場になり、身をもって実感しました。

編集部の機能を社内メンバーだけで完結させるのか、外部の方々にも協力してもらうのか。新しくドメインを取得するのか、サブドメインを使うのか、サイトの要素や集客はどうするのか──そんな小さなことからすべてを自分たちでやっているので、毎日つまずいてばかりです。過去取材してきた方々がサービスの立ち上げで「寝られない」と言っていたのは本当だったんだと改めて感じています。

今はありがたいことに、僕と同じくテクノロジーやスタートアップ領域を取材してきたライター、新聞や雑誌出身の記者や編集者の方など、少しずつですがプロフェッショナルが集まったチームが編成されています。まだまだドタバタの日々ですが、自分たちが実現したい世界を実現するために走り回っていますね。

──「DIAMOND SIGNAL」はどのようなメディアなのでしょうか?

僕たちが目指すのはスタートアップメディアやテックメディアと呼ばれるようなものではなく、ビジネスメディアであると思っていますそれも、スタートアップ的な考え方やビジネスにテクノロジーを取り込むことがあたり前になった世界のビジネスメディアです

数年前までは、多くのスタートアップがテクノロジーを使って新しい産業を作り出そうと奮闘していました。「Disrupt(創造的破壊)」という言葉もよく耳にしたのではないでしょうか。もちろんそれはこの先も続きますが、今では、伝統産業でもDXというキーワードが声高に叫ばれ、テクノロジーが広くリアルに「染み出している」状況です。これからはテクノロジーがスタートアップだけのものではなく、広くビジネスに求められていくのではないでしょうか。

リアルな世の中で、スタートアップやテクノロジーといったものがあたり前になれば、課題意識としてあったスタートアップの世界と、ビジネスのメインストリームの情報を繋いでいけるのではないでしょうか。

──なるほど。「DIAMOND SIGNAL」は、スタートアップが広い世界に踏み出す一手になりうると思いました。ただ、世の中に概念が浸透しきっていない今、「スタートアップのテクノロジーを扱うビジネスメディア」とイメージする人もいる気がします。

僕たちが大切にしているのは、取材対象を「スタートアップ」ではなく「挑戦者」と定義していること。そして「記事を書くときに、ファクトに加えて、エモ(感情)を切り分けて入れる」ことです。

報道する立場として、ものごとに仮説を立て、それが正しいのか実際の取材を通じてファクトを積み上げていき、記事にするのは基本ですが、取材を通じて感じる書き手の感情も文章に乗せて届けたいと考えています。

「感情を扱うのはビジネスメディアではない」と意見があるかもしれません。しかし、僕たちは「新産業の創造に取り組む“挑戦者”にフォーカスする」という理念のもとでメディアを運営しています。(成功者ではなく)挑戦することへの敬意を持ち、挑戦者の取り組みが世に出ていくことを伝えたいという思いがあります。ですから、しっかりとしたファクトを取った上、文章には感情を乗せるし、カメラマンにも「感情が出る写真を撮ってほしい」と伝えています。

今はファクトよりも共感が大事にされることがあります。ですが、共感だけによりすぎると、そこにはまた別の危うさがあります。ファクトとのバランスには注意が必要ですが、表情や心情が浮かぶ要素も足していく。これが新しいメディアを作る僕たちの「らしさ」になると思って試行錯誤しています。

もちろん記事単位で見れば、資金調達ニュースなど、いわゆるスタートアップメディア的な記事も多くあるかと思います。当然メディアを立ち上げたばかりなので記事も試行錯誤して作っていきますが、僕たちはスタートアップコミュニティの中にスタートアップの情報を提供すること以上に、情報を外にどう届けるかを考えていきたいです。

挑戦者と社会を橋渡しすることが使命。だから僕たちは死んではいけない

──確かに「DIAMOND SIGNAL」を読んでいると、ファクトのなかにインタビュイーの人柄がにじんでくる気がします。特に「カワスイ 川崎水族館」の記事は、熱がひしひしと伝わってきて見入ってしまいました。

ありがとうございます。約50年間、水族館作りに力を注いできた坂野さんが、74歳になってコンペで勝つために起業して40億円の資金を調達するストーリー、とても勇気が出ますよね。

新しい領域に挑戦する人たちは、みなさん何かしらのスペシャリストです。そういった人たちの知見をどう世の中ごとにして、読者の背中を押せるかが重要だと思っています。

──世の中ごと、ですか。

はい。世の中ごとにするには、繰り返しになりますが、スタートアップのコミュニティだけではなく、それ以外の人にも記事を読んでもらわなければなりません。そのためにコンテンツの価値を最大化する努力を愚直に続けていくことが必要です。

また、ダイヤモンド社には、100年以上続いている伝統メディアとSIGNALのような新興メディアが、スタートアップから大企業まで一気通貫で情報を伝えられるという強みがあります。「DIAMOND SIGNAL」は「ダイヤモンド・オンライン」とシステム連携をしており、SIGNALの記事の一部を、月間9,000万PVの媒体に掲載する取り組みもしています。この幅広い層にリーチできるメディア作りは、他社ではなかなかできないことです。

いつの時代も社会を発展させてきたのは挑戦者で、そんな人たちが世の中に知られないのは本当に歯痒いこと。スタートアップを追ってきた約14年間で、心の底からそう感じるようになりました。

──スタートアップ担当の記者として積み上げてきた14年間が、今の活動の原動力になっている、と。

そうですね。「DIAMOND SIGNAL」を通して挑戦者と社会を橋渡しすることが、今の僕の使命だと思っています。そのためには、まず僕たちが生き続けないといけない。読者に読んでいただける記事をお届けし、収益を上げ、存続し続けられる土台を作らなければなりません。

挑戦はまだ始まったばかりです。理想だけではなく現実にもしっかりと向き合って、ビジネスメディアとしての新しい在り方を体現していきたいですね。

もどかしかったあの日があるから、内に燃やす炎は大きくて熱い

「いつの時代も社会を発展させてきたのは挑戦者」「挑戦者が社会へと出ていける仕組みを作る」──。

岩本さんが紡ぐ言葉の端々からは、挑戦者への揺るぎないリスペクトが感じられました。

14年間スタートアップの挑戦を追い続けて感じた、情報の範囲を広げられないもどかしさ。そんな経験をしてきた岩本さんだからこそ、内に燃やす炎は大きくて熱いのかもしれません。

その炎が編集部員に伝播して、挑戦者へとつながり、やがては社会全体を包み込んでく。そんな未来が楽しみになる、1時間の取材でした。

(撮影:原 哲也、取材はリモートで実施しました)

この記事のライター

kashimin

kashimin

1994年生まれのライター・編集者。BtoBメディア運営会社とWebコンテンツ制作会社をへて、フリーランスに。企業の経営者や担当者を取材して約4年、ビジネス系の記事を中心に執筆しています。“働く人”のウラ側にあるストーリーを伝えていきたい。人生のBGMはサザンオールスターズ。散歩の時間と眠りにつく瞬間がだいすきです。

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