SNSやPR TIMES上で話題になったPR事例の裏側に迫る本連載。今回は、2020年6月30日に東証マザーズに上場した、株式会社グッドパッチさんの上場前後の取り組みをご紹介します。
後編では上場承認当日を振り返りながら、上場企業としての広報の役割の変化や、広報チームの行動指針についても考えていきます。前編はこちらよりご覧ください。
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コロナ禍で迎えた上場承認当日・記者会見
ー前編では、上場承認前までの準備や対応について聞きました。今回は、上場承認当日の動きについて伺います。
高野:当日は、権平が東京証券取引所での記者会見を、杉本が社内の従業員向けのセレモニーをそれぞれ運営しました。
ーでは、まずは権平さん、記者会見について聞かせてください。
権平:実は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため「上場セレモニー」ができなくなってしまったんです。取引初日に上場認証式や記念撮影が行なわれたあとで、東証アローズ内にある鐘を打つのが慣例でしたが、今回はそれも無し。東証の記者クラブも閉鎖されていたため、記者さんに挨拶回りにいくこともできず……。当日の記者会見も2週間前にやっと東証側の許可が降りて。
高野:時期が時期だったので、社内も「無理せずにね」というトーンだったのですが、私たちはやりたくて。ギリギリまで交渉して、GOが出たんです。
権平:開催が決まってからはIRチームが全面的に協力してくれて急ピッチで準備を進めました。ロゴ入りのバックスクリーンの手配、10種類近いメディアキットの準備。オンライン配信もすることになり、その準備も。東証の記者会見会場は地下にあるので、何回か現地に行って回線状況などを調べたり……。
結果的に、会場に6社、オンラインで4社のメディアが記者会見に参加してくれました。うち3社が即日、記事掲載してくれて。その多くはこれまで私たちの成長を見守ってくれた記者さんたちです。記事からも温かい想いが伝わってきて、大変だったけどやってよかったなと思います。
ーそれは嬉しいですね。上場以前にも「グッドパッチ流」のメディアリレーションズがあったのでしょうか。関係構築のために心がけていたことはありますか?
高野:権平が入社するまでは私が社外のメディア対応も担ってきました。私はどちらかというとメディアリレーションズには弱い広報だと思います。途中、組織崩壊があったこともあり、常に社内に向き合い続けた5年間でした。優先順位は常に「外」より「内」だったんです。
メディアの皆さんには、無理強いはせず、「そのメディアさんにとって、私たちのストーリーがお役に立てるなら……」という感覚で接してきました。無理にネタ化したり、企画をつくったりもしたことはないです。ただ、「ニュースにしてもらえなくても大丈夫です、ご報告です!」というスタンスで定期的にご連絡をしていました。
オンラインの体験にも徹底的にこだわった社内セレモニー
ー社内向けのセレモニーについても教えてください。
杉本:上場承認日の夕方に、従業員向けのセレモニーイベントを実施しました。特に気をつけたのは「オンライン参加」「会場参加」の優劣をつけないこと。このような時期ですから、参加方法は個人の価値観や環境によって異なります。
計算外だったこととしては、想定よりも会場参加の希望者が多く集まってしまったことですね。オフィスに希望者が全員が集まってしまうと三密は不可避です。そこで急遽、オフィス内で全3フロアを使った「パブリックビューイング」を企画。人数が少なくとも会場の雰囲気を仲間と分かち合えるように工夫しました。
高野:オンライン参加の場合、正直定点カメラでイベントを配信するのが、運営としては一番楽じゃないですか。でも、それだと置いてけぼりになる人が続出するな、と。メインを「会場」にすることで「会場に行かなかった」という負い目を感じてしまう人も出るのではないかと考えました。
杉本:オフラインとは別に、オンライン参加者だけに語りかける司会を手配し、ヨーロッパのメンバーのために同時通訳もつけて。目論見書やグッズをデザインしたデザイナーによるプレゼンも、オンライン向けとオフライン向け、別々のタイミングで実施しました。結果的にオンラインとオフラインの出席比率は半々になり、200人以上が参加してくれました。
コロナ対策で中止となった東証での上場セレモニーに代わり何とかして鐘を鳴らすために、上場経験がある他社の広報さんに業者を教えてもらい、鐘をレンタルしてみんなで鳴らしました。本来は「五穀豊穣」にかけて5回鳴らすルールなんですが、グッド「パッチ」にかけて私たちは8回(笑)。臨場感を出すために、鐘のコーナーだけ中継のように一眼カメラで別モニターで映したり。お祝い感が出てよかったですね。
権平:そのほかに、この日に合わせて30分の長編動画も制作していたんです。グッドパッチを卒業した人たちを始めとするストーリーの登場人物が総出演してくださって、ちょっとしたドキュメンタリー作品に仕上がりました。
高野:もともと上場準備を開始した最初の頃に、Goodpatchが上場する「意義」を代表の土屋に私から提案したことがありました。「私たちにはたくさんの登場人物がいてこれまでのストーリーがある。小さなストーリーや一人ひとりがいたから、大きな一つのストーリーになっている」。それがデザインの力を信じる人たちに伝わってエンパワーメントされるものを用意したいと思って、手段として動画がいいのではないかと考えたんです。
権平:創業から上場までの軌跡を追体験できるように当時のメンバーたちにも撮影に協力してもらいました。ディレクションには土屋が入りました。最後には私たちの創業ストーリーには欠かせない、土屋の起業のきっかけを作ってくださったDeNAの創業者の南場智子さんにスペシャルゲストとしてメッセージもいただきました。土屋が南場さんのご自宅までお伺いして、目論見書をお渡しして来ました。
温かいメッセージが多数寄せられた理由
ーー上場に関する一連の発表について、反響はどうでしたか?
権平:皆さんの反応が温かくて、びっくりしました。上場承認が発表されたのは、緊急事態宣言が全面解除された2日後。コロナ禍によって上場を取り下げた企業も20社弱あったと聞いています。そんな中での発表だったこともあり、そっとお知らせを出したのですが、反響がすごくて。それを見て「この人たちを裏切れないな」と強く思いましたね。
杉本:公式アカウントや代表の土屋のX(旧 Twitter)にもリプライが止まらなくて。土屋が上場に寄せて書いた「創業者からの手紙」も、SNSで拡散されてたくさんの方がコメントを寄せてくださいました。
高野:企業アカウントにも「おめでとう!」とカジュアルにメッセージを寄せていただいて、嬉しかったです。事前調査で、他社さんの発表の様子や周りのリアクションなども拝見していたんです。「あ、皆さんお知らせをそっと出すくらいなのだな、このくらいのリアクションなのだな」と思っていたら……、びっくりするリアクションの数でした。
権平:X(旧 Twitter)のインプレッションを見ると、公式アカウントは20万回以上読まれていて、土屋のアカウントでは70万以上でした。
高野:せっかく入ったトレンドが「東証マザーズ」で、「そこじゃなぁ〜い!」ってみんなで突っ込んだりね(笑)。
ー企業の上場に対し、パーソナルなメッセージが集まるというのは異例だと思います。多くの応援の声が集まった理由はなんだと思いますか?
高野:振り返ると、私たちが常に「デザイン」のPRをしてきたからかなと思います。「グッドパッチとは」よりも先に「デザインとは」がくる。目論見書がいい例で、表紙を開くと「デザインとは」から始まるんですよ。主語がデザイン、というのが絶対にぶれない。
デザインに関わるたくさんの方々の声を代弁するつもりで、デザインの力や価値について伝え続けてきたことが、今回温かい反応をいただけた一つの理由かもしれない、とは思います。
それから、一つひとつ見ていくと「インターンで……」とか「グッドパッチのプロダクトを使っていて……」とか、過去に接点のある方からの応援メッセージが多いんですよね。グッドパッチが社外の方々との間に積み重ねて来た小さなストーリーや体験が、こうした反響に繋がったのかなとも思います。
ー「上場企業」になったら、広報を取り巻く環境は変わっていくと思いますか?
高野:私たちのチームはPR&PXグループ。パブリックリレーションズだけでなく、ピープルエクスペリエンスも私たちが手がける領域で、グッドパッチを取り巻く全ての人たちの体験を向上させていくのがミッションです。
今までは、組織崩壊もありここでの「ピープル」は「社員」とほぼ同義でした。上場を経て、より多くのステークホルダーの方々に対して体験をデザインしていく必要が出てくるのかなと思っています。様々な立場の体験を、それぞれ磨き上げていく。いよいよここからが私たちの腕の見せ所です。
愛すべきストーリーの発信と体験の提供はセット。その積み重ねによって全てのステークホルダーから愛される会社になり、新しい可能性や人材との出会い、関係が構築されていくと思うんです。
ーメンバーが増えていくにあたって、チームの指針があれば教えてください。
杉本:“Best” “Love” “Why”の頭文字を取った「BLW」という価値観があります。権平が入社してすぐに3人でワークショップをして決めました。
”Best”は常にプロフェッショナルであろう、”Love”は一緒に働くメンバーへの愛や思いやりを持とう、”Why”はコアバリューの根底にあるとおり、「なぜやるべきなのか」に立ち返り仕事の意義を自分で生み出そう、という思いを込めています。
権平:内定者がステッカーにしてくれたり、Slackスタンプがあって、押すと「BLW」な事例がチャンネルに溜まっていったり。
高野:チームで日頃業務を進めていく上で立ち返るものですね。個人の主観だけではなくチームでコンセンサスが取れているチームバリューであるBLWと、グッドパッチのバリューの両方が網羅されていれば、評価される。
杉本:「それ、本当にベスト?」「そこに愛はある?」「なぜやるんだっけ?」という会話が、毎日あふれているチームです。
ーありがとうございました!
今回のPR事例ポイント
・ウィズコロナ時代のコミュニケーションではオンラインとオフライン、双方の体験を個別に磨き上げていく
・ひとつひとつの接点を丁寧に積み重ねていくことで「応援される会社」が生まれる
・チームの行動指針を明確にすることで、自走型組織が加速する
(編集後記)
取材後、PR&PXグループの皆さんが、今回の対応を改めて時系列でまとめてくれました。執筆用の資料にとどめておくのはもったいないので、皆さんと共有させてください。
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11ヶ月前(2019年7月〜) 新メンバーの採用
10ヶ月前(2019年8月〜)上場に関する業務をチームで遂行できる体制を構築する
・新メンバーの採用(2019年7月より開始、8月末権平入社)
・属人化からの脱却(高野さんがプレイヤーからマネジメントへ)
・個の成長とチーム力の向上(メンバーの個の能力開発、チームビルディング)
5ヶ月前(2020年1月〜)他社上場PRリサーチ、IPOブランディングチーム発足
3ヶ月前(2020年3月〜)社内上場セレモニー開催準備、グッズ作成
1ヶ月前(2020年5月〜)メディアへご挨拶、他社ヒアリング
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「上場」は企業のステージが大きく変わる節目。新たなスタートであり、これまで支えてきてくれたステークホルダーへの感謝を表明する機会でもあります。
この取材を通じて、同社の「制約がある中で、何がベストなのかを問い続ける粘り強さ」を強く意識させられました。一連の活動からはどこを切り取っても同社らしさが感じられ、この一貫性こそがブランドの源泉なのだと改めて実感させられました。
(撮影:原 哲也、撮影は7月頭に実施しました)
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