SNSやPR TIMES上で話題になったPR事例の裏側に迫る本連載。今回は「Mr. CHEESECAKE」の代表取締役であり、シェフでもある田村浩二さんにお話を聞きました。
多くのメディアやSNSで話題となり「いつか食べてみたい」と噂される「ミスチ」こと「Mr. CHEESECAKE」。温度によって食感や風味、香りが変わる「チーズケーキ体験」に魅了される人が続出し、週に二回の販売日には5分で完売するという人気ぶり。
そもそものきっかけは、料理人として活躍していた田村さんが、2018年4月にInstagramに投稿した一枚の写真でした。今でこそD2Cの成功モデルと呼ばれ、セブンイレブンやチロルチョコとのコラボ商品が注目を集めていますが、原点はSNS。ブランド育成や顧客とのコミュニケーション、そして個人の発信をどうとらえていたのか、そして今どう考えているのかを聞きました。
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株式会社Mr. CHEESECAKE 代表取締役
料理人として13年レストラン業界で働く。シェフとして働いた2年間で、World’s 50 Best Restaurants の「Discovery series アジア部門」選出、「ゴーエミヨジャポン2018期待の若手シェフ賞」を受賞。香りをテーマに様々なプロダクトを開発。現在は Mr. CHEESECAKE の他、複数の事業を手掛ける事業家、経営者としても多方面に活躍。
顧客が求めている情報に向き合う
ー今日は、Mr. CHEESECAKEさんの「コミュニケーション」について聞かせてください。顧客とのコミュニケーションについて、どんな風に考えていますか。
田村:まずお伝えしておくと、僕はあくまでも「ものづくりの人間」として仕事をしているので、マーケティングや売り方の話が先行するのはすごく嫌なんです。ストーリーテリングすれば売れる、とか。そんなわけねーだろ、と思っています(笑)。
まず、真摯にものをつくることが一番大切。その上でマーケティングやファンコミュニケーションを大切にしている、というだけです。僕たちが向き合うべきは「顧客」。顧客が求めている情報を適切にネット上に置いておくことに価値があると思っています。
もっと言うと、ケーキを売ることは事業として大切ですが、ゴールではありません。大切にしているのは、僕たちが作ったケーキを「体験」した人の行動や感情がどう変わるか。常にそこにフォーカスして商品づくりやコミュニケーションについて考えています。
お届けしている商品や情報が、顧客にとって豊かな時間を提供できているか。それが、僕たちが見つめるべきことだと思っています。
ー「顧客にとって豊かな時間を提供できているか」ですか。
そうです。主役はお客様であり、僕たちが提供しているのは「お客様が豊かな時間を過ごすためのアイテム」。その視点は常に忘れないようにしています。
2021年1月に、僕たちは販売サイトをリニューアルしました。そのタイミングで「ブランド」についてもデザイナーやエンジニアとかなり深く話し合ったんです。
その時に僕から伝えたのは、「世界観」よりも「商品」を届けたいということ。当時参考にしていたのはMaison Margiela (メゾン・マルジェラ)の店舗でした。マルジェラはファッションではハイブランドに位置しますが、ブランドのすごみや強さを前面に主張するのではなく、余白をあえて残すことで商品を際立たせていると感じていて。そんな見せ方を僕たちもしたい、と思ったんです。
Mr. CHEESECAKEで販売しているケーキは一本3,456円から5,400円と、ケーキの中でも高価格帯の商品です。もちろんファッションとケーキは違いますから全く同じポジションにはなりません。ただ、ハイブランドの商品と同じように、購入体験自体をお客様に価値だと感じていただけたらいいなと。
そのために、必要以上に自分たちのことを発信しすぎないことも大切だと考えています。
ーたくさんの情報を発信しているイメージがあったので、それは少し意外です。
最初から情報を押し付けてくるブランドにはなりたくないんです。だから、聞かれてもいないことを先回りして発信しないようにしています。ただ、僕たちのことをもっと知りたいと思ってくれたお客様のために、お客様がいつでもアクセスできるところに情報を置いておくことは重要です。その時に答え合わせができること、より理解を深められるように心を配るようには考えています。
僕は洋服などを買いに行ったときに、まだ何も手に取っていないうちから店員さんから「この洋服は……」と話し出されると気持ちが離れてしまいます。でも「これ気になるな」「ちょっといいかも」と思った時に、その洋服について適切なアドバイスをくれる店員さんはわかっているな、と思う。
スイーツにも同じようなところがあると思っています。よくあるのが「最高級〇〇使用」などの素材に言及するメッセージ。もちろん素材は美味しさを構成する要素の一つではあります。でも、最高級の素材を使えばどんなスイーツでも美味しくなるかというと違うじゃないですか。美味しくなる可能性はあるけど、美味しさを担保するものではありません。
そうではなく「なぜ美味しくなるのか」という技術的な理由を伝える方が、顧客に対するコミュニケーションとしては適していると思います。例えば食感や香りなど、その商品の芯にある「技術」の部分を伝えるようにしています。
ー「情報を押し付ける」と「知りたいと思ってくれたお客様のために情報を置いておく」。大きな違いですね。
どうしても言いたくなってしまいますよね。こういうすごいことをしているとか、こういう価値があるとか。
でも、情報で過剰に武装した「鎧をまとう」ようなコミュニケーションは、結局「自分たちがこうなりたい」あるいは「こう見られたい」というメッセージを発信しているだけ。それがブランドを形成するわけではないと思います。あくまでもブランドは、体験した人たちの中で生まれるものだと思うんです。
コミュニケーションの基本は「過不足なく、正しく」伝えること
ーブランド立ち上げ初期と比較して、顧客とのコミュニケーションで変化したことはありますか。
細かな変更はありますが、基本的なスタンスは変わらないですね。
どんなコミュニケーションにおいても、「過不足なく、自分たちがやっていることを正しく伝える」ことが大前提として大切だと思っています。だから自分たちを過大評価するような発言はしません。良い商品をつくり、その情報を正しく届ければ必ず理解される。そう信じているからです。
「あのブランド、マーケティングが上手だよね」という表現をされるときって、暗にネガティブな意味が含まれてることも多々あるじゃないですか。商品の品質は大したことないのにマーケティングの力で「(消費者を扇動して)売る」、みたいな。
でも僕は、マーケティングは悪いものを良く見せて売るということじゃないと考えているんです。
企業が生み出した素晴らしいものを、どうすれば顧客に理解してもらえるか。それを意識したコミュニケーションがマーケティングなのだと感じています。
ーSNS上のコミュニケーションも同じでしょうか。
そうですね。顧客に真摯に向き合いながらも、その中にブランドの品格や魅力が適切に担保されるコミュニケーションを目指しています。
具体的には、SNSで特定の顧客とのコミュニケーションをとりすぎないようにしています。感覚的ではあるのですが、近すぎず遠すぎず、一定のブランドの距離感を保ちながら運用しています。もちろん顧客に歩みよる瞬間があっても良いのですが、それを前提にブランドを運用するというのは違う気がするんです。
ー今利用しているコミュニケーションチャネルについて教えてください。
現在、Mr. CHEESECAKEでは主なコミュニケーションチャネルとしてウェブサイト、SNS、LINE@、メールマガジンを活用しています。新しいフレーバーの情報や、サイト上のブログコンテンツ(ジャーナル)の更新情報、予約開始時のリマインドなどの配信が主ですね。
僕個人の発信はX(旧Twitter)、note、 stand.fm。それから今回のような取材や寄稿なども発信に当たりますね。Mr. CHEESECAKEを一人で始めた頃と比較すると、だいぶブランドが一人歩きし始めたように思います。だから、個人とブランドの考えが必ずしも一致しない時もあります。でも、僕の発言一つでブランドの価値に影響が生じる。最近はそういった視点で、発信に気を使うようにもなりました。
個人の発信について
ー田村さんは、初期の頃からSNSでの発信を続けてきましたよね。noteにも、料理人としての考え方などをたくさん投稿しています。個人の発信はこれからも重要視していきますか?
そうですね。職人や料理人の仕事の裏側ってほとんど伝わってないんですよ。本来、一番価値があるはずの「美味しさを生み出す技術」が一般の人の目からはわからない。だから、職人の価値を向上させるという意味でも、どういう想いで料理を作っているかとか、僕が何を大切にしているかなどは、これからも発信し続けると思います。あくまでも、僕に興味を持ってくれた人がより深く知る場所を用意しておくという意味で。
多くのD2Cブランドが、最初だけは一生懸命メッセージやストーリーを打ち出しますが、その後継続できていないように見えます。だからこそ、続けること、誠実に発信し続けることが価値を帯びてくる。
ただ、ブランドが成長していく中で、ブランド側の発信としては僕がシェフだということを伝える必要もなくなっていくのかなとは思います。以前は「Mr. CHEESECAKEの田村浩二=料理人」という認識を多くの人が持ってくれていましたが、今は「ミスチの人」と呼ばれることも多くなりました。僕はそれでいいと思っています。
ー情報発信が苦手なリーダーや、職人さんをはじめとする作り手のいる組織では、なかなか個人の発信ができないという声も聞こえます。
かっこいいことや良いことを言わなければ! と考えすぎてしまうのかな。周囲の人が「良い言葉」を引き出そうとしすぎず、自然に自分の言葉を発せるように、その人が好きなことを聞いてあげると良いのかもしれません。一つの仕事や技術に向き合い続けているということは、それが好きだということ。好きなことを語っているときって魅力を感じますから。
ただでさえ職人気質の人は難しく考えてしまう傾向が強いと思います。だから「喋らせる」のではなく、「その人が話したくて仕方ないこと」を引き出してあげる。それをどうメディアや世の中に発信するかを周囲の人が考える、という役割分担ができると良いですね。
あとは、個人の発信の重要性を理解してもらうことも必要です。ものづくりに関わる人は「言わなくてもわかってほしい」という思いをどこかで持っていることが多い。でも、誰だって領域外のことはわからない。僕だって、料理のことはわかるけれど、二人の髪型を見てどっちの美容師の方が技術が高いかなんて1ミリもわからない。そのギャップが常に存在しているわけです。
自分が日頃、当たり前だと思っていることにこそ普遍的な価値があるということに気づいてもらえたら、情報発信に対するハードルも少し下がるかもしれませんね。
ーありがとうございました。
今回のPR事例ポイント
- ブランドは体験した人たちの中で生み出されるもの
- マーケティングとは、真摯に作った「もの」を正しく理解してもらうための手段
- 情報発信を継続できるブランドは少ない。だからこそ続けることに価値が生まれる
もうすぐ3年目を迎え、ますます勢いづくMr. CHEESECAKE。世界展開も視野に入れているという同社は、想像に違わず、日々たくさんの取材を受けるそうです。「売り方」の話に言及したものも多いそうですが、田村さんが「あくまでも僕はものづくりの人。まずは真摯にものをつくることが第一」だと言い切っていたのが印象的でした。
ブランドは、磨き抜かれた商品を引き立て、表現するための背景の一つ。そしてそれは顧客の体験の中にしか生まれない。その一貫した姿勢に、Mr. CHEESECAKEが愛される理由を見た気がしました。
(撮影:原 哲也、取材はリモートで実施しました)
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