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民間から行政へ。週3日、東京から神戸市の広報活動を担う – 神戸市役所広報課・大橋秀平

「地方自治体の広報活動」と聞いて、みなさんはどんな印象を持ちますか。

大橋秀平さんは、2019年6月から兵庫県の神戸市役所の広報課で週3日働きながらフリーランスとして複数企業のPR支援を行なっています。地方行政での専門人材の外部登用、とりわけ広報部門での募集は珍しく、大橋さん自身も「こんな募集はめったに出ないと思った」と振り返ります。

大学卒業後、29歳で神戸市役所に入庁するまではずっと民間企業で広報・PRに携わってきた大橋さん。民間と行政のPRを両方経験したからこそ見える世界について聞いてきました。

神戸市広報課 PRプランナー/フリーランスPR

大橋秀平(Ohashi Shuhei)

大学卒業後、ラルフローレンへ。メンズウェアの広報(プレス)を約2年手がける。その後、PR代理店のアクティオへ。日本マイクロソフト、テイクアンドギヴ・ニーズなどのコミュニケーションサポートを担当。
2017年より、ベンチャー企業AnyMind Groupの日本オフィスにて広報部門立ち上げを手がけ、在職中に副業でフリーランスPRパーソンとしての活動も開始。2019年6月に29歳で神戸市役所に入庁

「神戸未経験」で挑戦した自治体PR

ー アパレルやIT、広告など様々な業種のPRを経験してきた大橋さん。そもそも神戸には何かご縁があったのでしょうか?

大橋:実は、このポジションに応募した当時、神戸とのつながりは何もなかったんです。一度旅行で訪れたくらいで。ほぼ「縁もゆかりもない」状態で応募しました。

ー そうなんですね!慣れ親しんだ土地以外での自治体PRは難しそうですが、このポジションに応募した理由は?

純粋な興味ですね。通常、自治体の仕事をするには公務員試験を受けるのが一般的だと思うんです。他にも公共の仕事に転職しようと思うと資格が必要なことが多い。でも私が応募した求人に関しては、そうした資格は特に求めておらず、経験と実績を重視する、というものだったんです。契約期間は最長3年でしたが、その期間だけでも公務員として仕事ができるというのはおもしろそうだなと思ったんですよね。

ー 週3日勤務で副業可能というのも珍しいですよね。

そうですよね。コロナ禍になる前は神戸市役所の本庁に出勤して働いていました。東京の自宅から毎週出張。火曜日の夜に神戸に移動し、金曜の夜に東京へ帰ってくる、という生活でした。

はじめの頃は民間の働き方の違いに戸惑うこともありましたが、今は慣れました。始業と終業の時間にチャイムが鳴るんですが、そんなことすら当時は新鮮で。業務開始は8時45分です。8時台に仕事を始めるというのもこれまで経験がなかったので、なんだか不思議でしたね。仕事の進め方も大きく変わりました。前職やフリーランスとして手がけたPR案件などがほとんど自分ひとりで対応しており、以前はひとりで動くことが多かったんです。一方、神戸市は完全なチームプレー。常に複数の方々や部署と連携して仕事をしています。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響を受け、2020年4月から9月末までは完全にフルリモートで働きました。現在は神戸に行く機会も戻りつつありますが、新しい生活様式へ移行し、必ず毎週行くということはなくなりましたね。現場にいる方が良ければ神戸で、リモート対応可能な案件は東京で、と、調整しながら対応しています(1月20日現在、緊急事態宣言によって再びフルリモート中)。現場の皆さんもかなり理解してくれていて、その柔軟さと切り替えの早さに驚いたほどです。

神戸市広報課_大橋秀平_21020801

ー 大橋さんは神戸市の広報担当としてどんな領域を担当されていますか?

神戸市役所には「広報戦略部」という部署があり、50名以上が働いています。その中に「広報課」という25名ほどの課があり、そこから「報道」「広報紙」「ホームページ・SNS」「広報企画」の4つのチームに分かれます。

私は4つ目の「広報企画」というチームに所属していて、「広報手段を通じて人口流出を防ぐ」ことをミッションとして活動しています。具体的には、首都圏を中心とする在京メディアやネットメディアへの神戸市の露出増加です。今まで神戸市の情報発信は市政記者クラブを中心に行われていたのですが、それだけだとどうしてもネットを含めた首都圏に拠点を置くメディアには届きにくい。もっと全国的に神戸について取り上げてもらうことを目的としてPR施策を立案し、それに付随する業務を行っています。

他にも、市役所内の方々から広報関連の相談を受ける時間も設けています。神戸市には400以上の部署があります。各部署がPRしたい案件について、どうしたら効果的に発信できるかを一緒に考える時間ですね。“町のお医者さん”みたいなかんじで、多い日には1時間刻みでいろんな部署の方々が案件や課題を持って訪ねてきます。

それから年に2回ほど、職員向けに広報に関する研修を実施しています。前回は「プレスリリースの書き方講座」をやりました。

自治体のデータは宝の山

ー 神戸市の広報を始めて2年目とのことですが、 自治体PRならではの面白さは?

「自治体PRならでは」という点でいうと、さまざまなデータが宝の山に見えますね。例えば、出生者数や転入出者数などの人口動向に関する統計データや、市内の行政サービスの状況なども担当の課に聞けば最新の情報が手に入ります。

もちろん、それらが単体で記事や番組になることはほとんどありません。でも、情報のひとつやエビデンスとして活用していただくと考えれば、たくさんの素材を提供できますし、時には民間企業の情報発信にも役立ちます。実際にニュースレターの参考情報として活用したいという問い合わせに対応した事例もあります。自治体という立場上、公平性を保つ観点から特定の企業を支援するような取り組みは難しいのですが、ファクトとして情報を活用いただく分には問題ありません

メディアの方や民間企業の方は、行政側がそうした情報を提供できることをご存知なかったりするんですよね。神戸で仕事を始めた当初から「いつでも情報提供します」と言い続けていて、こうしたやりとりが関係構築にも役立っていたりもします。これは民間の時にはなかった経験で、面白いなと思いましたね。

ー 公平性を保つ、という観点はひとつの特徴でもありますね。

そうですね。まず向き合う先が地域住民という点は民間企業との大きな違いです。ステークホルダーは152万人の市民をはじめ、市内に勤める企業の従業員、そして市の職員もですね。市職員だけで2万人以上います

ー それだけたくさんの方がいると、PRに対する意識も異なりそうです。

そうですね。部署ごとにプロジェクトが進行しているので、広報課ではそれらの中身には口を出さない、というのが基本的なスタンスです。ただ、いよいよ発表する、というタイミングになって相談を受けた場合、メディアへの見せ方などを工夫する余地が残っていないことも少なくありません。

なので、PRの取り組みに積極的な部署の担当者とは、プロジェクトの準備段階からターゲットメディアを決めたり、仕掛けを考えたりできるよう意識的に働きかけていて、いわゆる伴走型のプロジェクトが少しでも多くなるような努力をしています。時間はかかっていますが成果も見え始めてきました。

部署の垣根を超えてニュースを創造する

ー 印象に残っているプロジェクトを教えてください。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済対策ですね。2020年4月に政府がひとり当たり10万円の特別定額給付金の給付を決定したことに伴い、全国の自治体には給付対応が求められました。神戸市は、人口100万人以上の自治体のなかで最も早く給付対応を開始しました。そんな渦中に業務として、このスピード対応をPRしてほしい、というミッションが与えられました。

広報課的には、ネットメディアに取り上げてもらいたいという意向もありましたが、その時想定されていたメディアで掲載を獲得するにはITやテクノロジーなどの要素が不可欠でした。

そこで給付対応の裏側をみてみると、そのスピードを支えていたのは圧倒的な組織力だったことが分かりました。これでは狙っていたメディアが食指を動かすことはないだろうと思い、頭を抱えました。

1~2日でPR案を出す必要があり、悩んでいたときにふと目に入ったのが他部署の予定表でした。翌週に「MS連携協定記者会見」という予定が入っていたんです。慌てて担当の部長に問い合わせました。

すると、「日本マイクロソフト株式会社との連携協定を締結する。給付金の申請状況を確認できるシステム等をマイクロソフト社のツールを使って開発した内容を踏まえて行うもので、会見には市長も出席予定」とのこと。

直感的に「この会見で全てまとめて市長の声として届けよう」と考え、内部の交渉を開始しました。

神戸市広報課_大橋秀平_21020802

まず担当の課に連絡をとり、記者会見の運営と発信する情報について、私にも関わらせてほしい、とお願いしました。ただ、これがなかなか難航して……。当初、広報課としては会見の運営・進行を担当する報道チームが中心となって関わる予定で、私の所属する広報企画チームの業務は会見を周知する程度でした。

上司からも当初、「連携協定のPRではなく、スピーディーに支給していることをアピールしてほしい」と言われました。「給付金がスピーディーに支給できている」ことと、「対応状況を確認するためのITツールを開発した」ことにPR上の繋がりはないと考えられていると受け止めました。内側の視点で考えれば部署が異なるため、納得できます。ですが、メディアとその先の読者や視聴者の視点とが同じとは限りません

そういった意味で、今回のケースでは部署の垣根を超えて理解を得る大変さを実感しましたね。私は主張を受け止めながらも「2つのトピックスを繋ぎ合わせればネット系のメディアも興味を持ってくれる可能性がある」ことを、会見の日が迫る短い時間の中でひたすら説得しました。

なんとか上司の了承を取り付け、徹夜でニュースレターを書き上げました。

当時、世間の関心は「給付申請をしたけれどきちんと受理されたのか」「いつ10万円を受け取れるのか」といった点が強かったように思います。こうした(情報の本来の受け手である)生活者のインサイトを意識しながら、問い合わせの仕組みや他自治体の取り組みなどを調査し、レターに落とし込みました。時系列の表を作成し、神戸市がスピード感を持って給付金に対応したこともしっかり伝わるよう編集しました。

会見をオンラインでライブ配信したことも功を奏し、とあるITジャーナリストの方がASCIIで給付金のスピーディーな対応とツール開発の件について報じてくださいました。
>>新型コロナ/定額給付金、神戸市はたったひとりの職員が1週間で、申請状況確認サイトを構築

それがTwitterをはじめとするSNSで拡散され、Facebookでは4500件ほどシェアされることに(2020年12月末現在)。そこから他メディアの目に留まり、地元紙である神戸新聞や日本経済新聞、在阪のテレビ局などからの取材依頼もいただきました。SNSから大手の主要媒体まで幅広いチャネルでの発信につながったんです。

ー この件からどんな気づきがありましたか。

まずは「情報の受け手」が誰かを意識する重要性ですよね。メディアの先にいる読者や視聴者の視点を何があっても忘れてはいけないな、と。部署間で方向性が違うと、外から見たら関連がありそうに思えるものでも別々のものだと考えてしまう。だからこそ私たちのような立場の人間がそこを調整していくことの重要性に気付きました。

ー 外部の視点も忘れずにいられるという点では「週3日勤務」という働き方がポジティブに働いているのかもしれませんね。どうしても内部の力学に染まやすいので……。

そうですね。いつも少し引いた視点で、ものごとを見るようにしています。

あとは、リモートワークになったこともプラスに働いたかもしれません。東京の自宅では、関西圏のテレビ、とくに情報・報道番組は見られません。神戸で流れている情報とは異なる環境下だったので、地元以外の人が興味を持つ情報かどうかを客観的に見つめることができました

ー 一つひとつが大橋さんの経験値として蓄積されていっていますね。

そうですね。PRに関する引き出しは幅広くなったと思います。今回紹介した事例のように、他部署からの相談に対応する中で、いろんなケースを見させていただいて、どんな質問や要望も大抵のことは受け止められるようになりました。

記者クラブとの付き合い方も神戸市での仕事を通じて勉強させてもらっています。良い意味で、記者クラブに対する精神的なハードルが低くなったのではと感じています。

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世間を味方にも敵にも変えるPRの魅力

ー 大橋さんにとって「PR」とはなんでしょう。

「手仕事」、もしくは「芸」です。

私たちPRパーソンは、組織人であれフリーランスであれ、常にクライアントや組織とメディアの狭間に置かれる立場です。しかし、実際に向き合う相手の大多数は、記者や編集者といった個々の人間であることを忘れて働くことはまずできません。「個々がメディアの時代」を象徴するSNSも、直接目に見えない無数の人間の集合体で、その裏側にはひとりひとりの感情が存在しています。

PRに求められることは、「クライアントの想いを汲み取り言語化し、それをメディアが伝えたいことや世の中が求めていることと突き合わせる」という「絶妙なバランス感覚」。そして、世の中がこれから先に持つであろう関心事を察知する「センス」も必要かもしれません。

この二つの手仕事がうまく補完しあって出来上がるものこそが、一瞬にして世間を味方にも敵にも変えてしまう「芸」そのものだと思います。

この絶妙なバランス感覚があるか否かが最も重要です。そしてそのバランス感覚を補うセンスを兼ね備えている人は、もはや「手仕事」の域を超えて、自分にしかできない「芸」として大成されたPRパーソンなのだろうと感じますね。

ー 最後に、「PRパーソン」としての今後の展望について教えてください。

神戸市広報課の一職員としてのキャリアは今年度いっぱいで終了しますが、フリーランスとしてのキャリアは春以降も続けます。あるいはひとつの選択肢として、フリーランスとしてではなく小さな事務所のようなものを作って仕事を請け負うことも考えています。これまで経験してきたことをすべて糧として活かせるよう、PRという領域にとどまらない仕事をしていきたいですね。

ーありがとうございました。

取材後記

正直なところ、インタビュー前までは自治体のPRには「なんだか堅苦しそう」という印象を少なからず持っていました。PRパーソンの力を必要としている現場は、民間以外にも広がっている、そんなことを実感しました。

PRは世の中の空気を創り出す仕事。大橋さんはそれを「手仕事」、もしくは「芸」という言葉で表現していました。世の中の空気をつくる「職人」のような存在を念頭に置いてPRに向き合うことで、この仕事の魅力を再発見できるかもしれません。

(撮影:原 哲也、取材はリモートで実施しました)

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この記事のライター

青柳 真紗美

ビジネス書の編集者から広報PRパーソンへ。AI系スタートアップや不動産テック企業のPRなどを経て、現在フリーランスで広報・PR支援をしています。メディアリレーションからオウンドメディアの編集まで「コミュニケーションを考える」のが大好物。特にニッチ領域のサービス・プロダクトが好き。「みんなが嬉しい広報・PR」をモットーにその企業の「らしさ」を届け、ファンを増やすお手伝いをしています。

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