良いものをつくれば、売れる──。その前提が、今大きく揺らいでいます。こだわりの原料を使い、誠実なものづくりをしていても、それだけでは選ばれないのが現実です。
プレスリリース配信サービス「PR TIMES」を運営する株式会社PR TIMESは、2026年1月29日に酒蔵の運営に携わる方に向けたセミナーを開催。一ノ蔵の鈴木整さん、浅野日本酒店の浅野洋平さんによる講演に続き、第三部では二人のセッションを行いました。
日本酒らしさへのこだわりと「売れる理由」とのギャップ、商品の価値設計や世界観づくりをテーマに、鈴木さんと浅野さんがそれぞれの立場から交わされた内容をレポートします。

株式会社浅野日本酒店 代表取締役/浅野酒飲食経営研究所 所長
北海道大学在学中にミスタードーナツのアルバイトにはまり、大学中退してそのまま入社。副店長・店長として7年間の店舗勤務後、10年間の本社商品開発業務に従事。2014年12月に大阪梅田に「浅野日本酒店UMEDA」をオープン。現在では京都烏丸、神戸三宮、東京浜松町、横浜に計5店舗を展開。2018年より飲食店も複数店オープンさせるが、コロナ禍などもあり現在では全てクローズ。酒販店や飲食店、酒蔵に経営のアドバイスを求められることが多くなったため、2024年に酒・飲食専門コンサル「浅野酒飲食経営研究所」を立ち上げ。
「最高の米」だけでは売れない、理想と市場がすれ違う理由
──こだわり抜いた最高の米を使い、時間と手間をかけて造った酒であっても、市場では必ずしも選ばれないケースがあります。なぜ、「最高の米」で造った酒でも選ばれないのでしょうか。
浅野さん(以下、敬称略)/浅野日本酒店:この問いは少し前提が違っていると思います。最高の米で造ったお酒は「選ばれない」のではなく、「選ばれることもある」というのが正しいのではないでしょうか。
例えば、一ノ蔵さんが最高の米を使ってお酒を造り、それに見合った価格を設定し、きちんとストーリーを伝えれば、一ノ蔵のファンの方々はまず購入されると思います。ただし、それが何千本、何万本と売れるかというと、そこは別の話です。ニーズは確かに存在しますが、必ずしも大きなボリュームにはならない。つまり、「選ばれない」のではなく「選ばれる範囲が限られている」ということだと思います。
──思いを込めてつくった商品が市場で選ばれなかった経験について、作り手の理想と市場とのギャップをどのようにとらえていますか。
鈴木さん(以下、敬称略)/一ノ蔵:「市場とのギャップ」の一番わかりやすい例が、有機米でお酒を造ったときの経験です。環境にも地球にも優しく、語るべきストーリーもあって、素晴らしい取り組みだと思ったのですが、残念ながら売れなかった。これには頭を悩ませましたね。結果的に、複数あった有機米の商品は1種類だけが残り、いまは「有機米」ということもあえて謳っていません。
浅野/浅野日本酒店:「有機米だから何?」というのが、生活者の正直な感覚だと思います。有機米を使っても、普通のお米を使っても、味に大きな違いが出るわけではない。メリットがあるとすれば味ではなく、蔵の「姿勢」や「こだわり」を示せるということ。ただ、その価値を理解してくれるのは一部の人に限られますし、なによりも、有機米は価格がどうしても高くなってしまうんですよね。
鈴木/一ノ蔵:有機米に取り組む農家の方のお米は、等級だけでなく、デンプン質やタンパク質の比率なども素晴らしく、結果的には良いお酒ができるはずなんです。語るべきストーリーとしては十分だと思うのですが、生活者の方には響きにくい。そこをどう伝えるのかが、本当に難しいと感じています。
浅野/浅野日本酒店:「農家としっかり向き合っている」という姿勢を示す「象徴的な一本」としてであれば、とても意味のある取り組みだと思います。ただし、それを事業の柱にするのは簡単なことではないので、ブランドのこだわりや思想を厚くするための存在として位置づけるのが、現実的なのではないでしょうか。

逆張りはなぜ成功したのか。「日本酒らしさ」を問い直す商品開発
──成功の裏側には、語られてこなかった数々の「失敗」もあると思います。例えば、「日本酒らしさ」に固執することが、逆に足枷になってしまったケースもあったのではないでしょうか。一方で、一ノ蔵の「すず音」は、日本酒らしくない点こそがヒットの理由になったようにも感じます。その点についてどうお考えですか。
鈴木/一ノ蔵:「すず音」は、まさに日本酒らしくないお酒なので、日本酒のヘビーユーザーの方からは「こんなの日本酒じゃない」と叱られたこともありました。
開発のきっかけは、日本酒造組合中央会が実施した若い世代向けのアンケートです。その中から、「アルコールが高すぎる」「苦い」「おやじしか飲まない」など、あえて日本酒に対する「ネガティブな意見」だけを抜き出しました。それらをすべてひっくり返して、「アルコールが低い」「甘い」「若い人も飲める」というコンセプトを設定。その結果、完成したものは従来の日本酒のイメージとは大きく異なるものになりました。それが当時、日本酒にネガティブな印象を持っていた方々から支持され、ヒットにつながったのだと思います。
一方で、「すず音」のベースとなった「ひめぜん」は、もともと「白ワインのような日本酒」として販売した商品が売れなかったので、日本酒らしさを出してリニューアルした商品です。ワインが好きな人はワインを買うのであって、「ワインのような」ものは選ばれない、ということがわかったんです。
つまり、日本酒らしさに固執する必要はありませんが、日本の米で造った酒であるという背景は、きちんと伝わる物語にしていく必要があるということだと思います。
浅野/浅野日本酒店:日本酒に対するネガティブな要素をあえて拾い上げて、その真逆を提示する。いわゆる「逆張り」の発想は、商品開発においてとても重要だと思います。
新政酒造の「新政」や高木酒造の「十四代」も、当時主流だった淡麗辛口とは逆の方向性を打ち出して支持を広げてきました。単に安いから売れるのではなく、「高くても、これは買いたい」と思わせる。そのための逆張りは、非常に理にかなった手法ですよね。
鈴木/一ノ蔵:「すず音」には、もうひとつおもしろい背景があります。発売後、「シャンパンみたいなのに、飲んだら全然違う」と口コミで広がったのですが、実際にはベルギービールの製法を参考にしているので、見た目も味わいもシャンパンとはまったく異なるんです。
「〇〇のような日本酒」という打ち出し方では売れませんでしたが、既存のカテゴリには当てはまらない「これ、なに?」という純粋な驚きと興味が、結果的に受け入れられたのだと思います。

日本酒を「体験」に変える、角打ちが創出する価値
──お客さまは日本酒という「液体」を買っているのか、それとも「体験」を買っているのか。選ばれるための世界観づくりや、ブランディング戦略について、お二人の考えを教えてください。
鈴木/一ノ蔵:「日本酒を飲む」という体験そのものが、もっと広がっていく必要があると感じていますし、その体験を蔵元自身も提供していかなければならないと思っています。
そうした中で、近年「角打ち」というスタイルが復活してきているのは、とてもありがたいことですね。日本酒に触れる場所、体験できる場所が増えることは、業界全体にとっても大きな意味があると思います。
浅野/浅野日本酒店:美味しいものをできるだけ安く、便利に届けることは、メーカーの使命のひとつだと思います。一方で、当店は創業11年の新参者で、日本酒市場が縮小するなかで参入しているのでスタートから逆境です。業務用酒販が大勢を占める中に割って入る余地は少なく、だからこそ発想を逆にして、一般向けの酒販店でありながら「角打ちを備える」というスタイルを選びました。
地方には無名でも美味しいお酒がたくさんあり、地元の人が飲み、旅先で出会った人がまた思い出して飲む。そうした循環は、銘柄力に頼らなくても生まれるものです。お酒の味や機能だけでなく、店の雰囲気、店員との会話、隣に居合わせた知らない人との交流も含めて、コミュニティとしての価値が生まれます。
日本酒の消費量が減っていくなかで、これから求められるのは、そうした「場」や「体験」なのではないでしょうか。だから、扱っているのは確かに「液体」ですが、実際に売っているのは「体験」なのかなと思います。

まとめ:酒蔵ブランドの未来を左右する「価値の届け方」
今回の酒造セミナーを通して見えてきたのは、「良いものをつくれば売れる」という時代が揺らぐ今こそ、「酒の価値をどう届けるか」がブランドを左右するということでした。
話題を生む仕掛けやストーリー設計で共感を広げてきた一ノ蔵の実践と、店頭とSNSの両面で「選ばれる理由」をつくっていく浅野日本酒店の現場感覚。共通していたのは、価値そのものよりも、価値の届け方にこそ勝ち筋がある、という視点です。
特に以下のポイントを心に留めておくとよいのではないでしょうか。
- スペック紹介で終わらせず、「どんな場面で、誰がどう楽しめるか」まで描く
- ニュースの入口をつくる(希少性/記念日/社会性/地域性/共創など)
- 商品より先に、人・プロセス・思想を見せて共感の起点をつくる
- 「店頭(フェイス・POP・おすすめ)」と、「SNS(検索・口コミ・拡散)」の両方で選ばれる導線を整える
お酒の価値は、酒質そのものだけで完結するものではありません。どんな思いで造られ、どんな場で、どんな体験として出会うのか。その届け方こそが、これからのブランドを形づくる重要なポイントとなる、そのようなことを再認識できるお話でした。
お二人それぞれの講演レポートもあわせてご覧ください。
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