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人を動かす広報PRの本質「知名度ゼロ」を「選ばれる存在」に変えた2つの事例|井上敦子

人を動かす広報PRの本質「知名度ゼロ」を「選ばれる存在」に変えた2つの事例|井上敦子

事業会社で広報PR部門の立ち上げの経験をし、独立後はさまざまな企業の広報PR支援に携わってきた井上敦子氏に執筆いただきました。

広報コンサルタント / iA PRコンサルティング株式会社 代表

井上 敦子(Inoue Atsuko)

広報歴20年。新卒入社した欧州高級消費財の専門商社(旧DKSHジャパン)インテリア部門フィスバで、マーケティングとして広報部門を一人で立ち上げ、最高峰ブランドとしての地位確立に貢献。その後、ジョンソン・エンド・ジョンソン、GEにて企業ブランディングや広報、デジタルコミュニケーションを担当。2022年独立し、中小から上場企業まで幅広く支援。日本で知名度ゼロの衰退産業だった酪農業界の食品を全国区へ拡大、広報未経験のスタートアップを名門ビジネス誌の専門家コラム執筆者へ導くなど、さまざまな業界で実績を重ねる。大学留学時、ボストンでのインターン経験を通じて、広報の力を実感し、その道を志す。2025年10月、PR TIMES公認プレスリリースエバンジェリストに就任。

広報PRの本質は「認知獲得」ではなく「行動変容」

多くの広報PR担当者が、プレスリリース配信数やメディア掲載数といった数値目標のために取り組みながらも、成果を実感できず疲弊してしまう。こんな光景を数え切れないほど目にしてきました。実際、私自身も20年にわたる広報PR業務の中で、同じような苦労を味わいました。

そして試行錯誤の末に確信したこと。それは、広報PRの本質が「認知獲得」ではなく「行動変容」だということです。メディア掲載、認知の獲得はゴールではありません。記事を読んだ人が「試してみたい」「問い合わせてみよう」という行動変容こそが、広報PRの真の成果です。さまざまな企業を支援する中で、行動変容を生み出すためには明確な考え方とステップが必要だと気づきました。

本記事では、実際に人々を動かした2つの事例を通じて、その戦略と実践をご紹介します。

「誰も知らない商品」が動き始めた瞬間

1つ目は、次世代型牛乳。広報PRを始める前、日本ではまったく知られていませんでした。その価値を説明するには、海外の研究論文で示された複雑な医学用語と、からだへの作用メカニズムを理解してもらう必要がありました。

2つ目は、日本の高齢化社会に伴い、増加傾向となった疾患のための「医療VRトレーニング」。ターゲットは医療従事者の一部となる専門医のみ。さらに薬機法という法規制が立ちはだかり、「何を伝えられて、何を伝えられないのか」という制約との闘いでもありました。

この2つのプロジェクトを振り返ると、ひとつの共通点が浮かび上がります。それは専門性が高く複雑であるがゆえに「理解されにくく、興味につながらない」というハードルです。しかし結果として、次世代型牛乳は全国区へ拡大し、店頭で販売されるようになりました。

また医療VRトレーニングは、医療専門メディアだけでなく一般メディアにも露出し、疾患の啓発活動に貢献しています。

なぜ、「広報PRのハードルが高い」とされていた商品やサービスが、人々の行動を変えることができたのか。その答えは、広報PR戦略の考え方とプレスリリースの設計にあります。

「行動変容」の前に立ちはだかる3つの壁と解消法

情報を知って、人々が次の一歩を踏み出す。その設計こそが、広報PR戦略の役割です。しかし、多くの広報PR活動では、情報を発信しても人々の行動を変えるところまで至りません。その理由は、次の3つの壁が立ちはだかっているからです。

認知・理解・行動の3つの壁

認知の壁:そもそも存在を知られていない
新しい商品やニッチな市場の製品は、どれだけ優れていても「存在すら知られていない」状態からスタートします。メディアに取り上げられなければ、社会に届くことはありません。

理解の壁:価値が専門的すぎて伝わらない
専門用語や複雑なメカニズムを説明すればするほど、生活者は離れていきます。「すごそうだけど、自分には関係ない」と思われてしまうのです。

行動の壁:理解しても動いてくれない
情報を理解しても、それが行動に結びつくとは限りません。「知っている」と「試してみる」「問い合わせる」の間には、大きな溝があります。

では、これらの壁を乗り越えるために、広報PRとして「何を」「どう」伝えるべきなのでしょうか。前述の「次世代型牛乳」「医療VRトレーニング」の2つの事例をもとに解説します。

事例からひもとく解消法

事例1.次世代型牛乳:「お腹に優しい」を社会課題に昇華させる

【課題分析】
ニッチな商品にみられる広報PR戦略の落とし穴
この商品の資料には、こんなエビデンスが示されていました。「特定の成分名AAA(仮称)のみを含み、成分名BBB(仮称)を含まないため、乳糖不耐症の人の胃腸症状の緩和が期待される」。確かに医学的には正確な表現ですが、そのまま伝えても、一般の人には意味が通じません。なぜなら、次のような落とし穴があるためです。

機能説明に終始している
「普通の牛乳との違いは?」と聞かれても、専門用語の羅列では理解されません。

ターゲットが曖昧
「誰に響かせたいのか」が不明確では、メディアも記事にする理由を見出せません。

社会的文脈の欠如
商品単体の説明だけでは、自分ごと化につながらず、興味を持たれないまま終わります。

商品特有の課題
さらに、この商品には特有の課題もありました。

潜在的な課題の顕在化
医学用語としての「乳糖不耐症」自体も、一般に浸透していませんでした。多くの人は「牛乳でお腹がゴロゴロする」理由を知らずに、「体質だから仕方ない」と諦めていたのです。

健康増進法の制約
医学的なエビデンスがあっても、法規制の制約の中で、食品としての効果効能を謳いすぎないよう配慮するバランスが求められました。

【解決策】
広報PR戦略による行動変容の設計
そこで、広報PRの方向性を根本から設計しました。キーワードは「社会性・共感性・必然性」の3つの視点です。

社会性の設計:「牛乳でお腹がゴロゴロしやすい人は日本人の約90%」というデータ
まず、データを示す必要があると考えました。そこで着目したのが「牛乳を飲むとお腹がゴロゴロしやすい体質(乳糖不耐症)を持つ人は、日本人を含むアジア人の約90%に上る」という海外論文の調査結果に基づく推計です。

この数字は、多くの人にとって「自分のこと」として捉えられる情報でした。「そうそう、私もそう!」という共感が、情報への関心を生み出したといえるでしょう。

共感性の設計:「牛乳を諦めていた人に選択肢を」という当事者視点
次に、ターゲットを明確にしました。それは「牛乳を諦めていた人」です。「牛乳を飲むとお腹の調子が悪くなるから避けてきた」「子どもに牛乳を飲ませたいけれど、嫌がるから困っている」。こうした当事者の悩みに寄り添い、「次世代型牛乳という新しい選択肢がある」というメッセージを前面に出しました。

必然性の設計:「なぜ今、日本で次世代型牛乳なのか」を衰退産業である酪農業界の社会課題と接続
そして、このプロジェクトを社会課題と結びつけました。日本の酪農業は、後継者不足や牛乳離れで衰退の一途をたどっています。しかし、「お腹がゴロゴロしにくい」という新しい価値を提供することで、牛乳市場を再び活性化できる可能性があります。次世代型牛乳は、単なる新商品ではなく、「衰退産業を救う可能性を秘めた挑戦」として位置づけることができたのです。

プレスリリース設計による訴求力向上(専門性を「伝わる言葉」に翻訳する)
これらの視点を踏まえ、プレスリリースでは以下の設計を施しました。

1.タイトルで当事者の困りごとを提示
業界の専門用語「特定の成分名AAA(仮称)」ではなく、「お腹に優しい牛乳」のように共感できる表現を使いました。

2.リード文で「誰のどんな悩みを解決するのか」を明示
専門用語の前に、「こんな悩みを持つ方に」という文脈を提示しました。

3.本文で「エビデンス→日本の社会課題→解決策」という流れ
医学的根拠を示したうえで、それが日本の社会にどう関係するのかを説明しました。

4.過大表現を避けつつ、「選択肢」「可能性」という表現で価値を伝える
「絶対に効く」という表現ではなく、「健康志向の方への新たな選択肢」という表現で、期待を持たせつつも誠実さを保ちました。

5.酪農業界の課題と結びつけ、社会的意義を明確化
単なる商品紹介ではなく、業界全体の未来につながる話として展開しました。

広報戦略による波及効果(知られていなかった商品が、社会を動かした)
これらの戦略の結果、次世代型牛乳は予想を超える広がりを見せました。

  • 知名度ゼロから全国区へ拡大、約30%の人が試してみたいと回答
  • 次世代型牛乳を知らなかった企業から、新規取引の商談申し込み
  • お腹がゴロゴロする原因がわからなかった人々が、次世代型牛乳を求めるようになった

広報PR活動をきっかけに、業界誌だけでなく、全国紙やテレビ、雑誌、Webメディアまで幅広く掲載されました。そして何より「牛乳を諦めていた人」たちが、再び牛乳を手に取るという行動変容が起きたのです。

事例2.医療VRトレーニング:専門性の高さと法規制の壁を「伝わる物語」に変える

【課題分析】
専門用語と法規制による二重のハードル
医療VRトレーニングのプロジェクトは、さらに複雑でした。このシステムは、患者数が増加していた特定の疾患を治療する手技を、VRで学べるというものでした。しかし、広報PRを進めるうえで、いくつもの壁が立ちはだかりました。

呪文のような専門用語
疾患名と治療法の名称は、医療の専門用語だったため、一般の人にとっては、まるで呪文のような言葉でした。

ターゲットの限定性
「医師向けだから一般メディアは関係ない」という思い込みが、情報発信の機会を奪いかねませんでした。

技術説明に終始
「VRでトレーニングができます」という技術的な説明だけでは、社会的インパクトが見えません。

薬機法による制約
そして最大の壁が、この法規制でした。医療機器の効能効果を謳うことができず、表現にも厳しい制限がありました。「法規制があるから広報PRを行うのは難しい」と諦めてしまうケースは少なくありません。医療業界特有の複雑さに直面し、発信をためらう声は、とても多いのが現状です。

【解決策】
広報PR戦略による多層的な行動変容の設計
一方で、法規制があるからこそ、別の切り口で価値を伝えられるのではないか、という視点も大切です。薬機法の制約を逆手に取る発想で、製品の効能を語るのではなく、「社会課題」を語るといった枠組みに置き換える方法です。

医師への行動変容:「トレーニング機会の創出」という価値提供
この疾患の患者数は高齢化に伴い増加の一途をたどっており、専門医が不足していました。治療現場での研修は、手術室のスペースとの兼ね合いから少人数制のため、トレーニングの場が足りないという課題がありました。VRトレーニングは、この課題を解決する手段として位置づけることができます。

一般層への行動変容:「医療技術の進化=安心感」という情報価値
「自分がこの病気になったらどうしよう」「よい治療が受けられるのか」といった不安は多くの人にあるものです。医師のトレーニング環境が整い、医療技術が向上しているという情報は、社会全体に安心感を与える価値があります。

社会への行動変容:「医師不足×患者増加」という社会課題の可視化
この取り組みを通じて、患者増加による医師不足といった社会課題を可視化することができます。VRトレーニングというひとつの事例が、医療の未来を考えるきっかけになるのです。

プレスリリース設計による訴求力向上(法規制の中での「表現の最適化」)
薬機法の制約がある中で、プレスリリースには以下の設計を施しました。

1.社会課題を提示
「VRトレーニング提供」といった情報だけではなく、「患者数増加と医師不足に対応するための新たなトレーニング手法」という、課題解決の文脈で全体像をまとめました。

2.リード文で「誰の困りごとを解決するのか」を明示
製品の機能ではなく、「技術習得の場が限られる医療の教育課題」を前面に出しました。

3.本文で「技術→課題解決→未来像」という流れ
VR技術の説明は最小限にとどめ、それが医療現場のどんな課題を解決し、将来どんな可能性を開くのかを語りました。

4.「何ができるか」ではなく「なぜ必要なのか」を語る
効能効果は語れなくても、社会的必然性は語ることができます。

5.法規制を理由に諦めるのではなく、制約の中で最大限の価値を伝える工夫
制約は創意工夫の余地でもあります。法規制を嘆くのではなく、言えることを精査して最大限の価値を伝える設計を心がけました。

広報PR戦略による波及効果(専門性を超えて、社会課題として認識された)
これらの戦略により、医療VRトレーニングは大きな成果を上げました。

  • 医療専門メディアだけでなく、全国紙などの一般メディア、テレビでの露出
  • 医師以外のステークホルダー(医療機関、生活者)からの問い合わせ
  • 薬機法の制約があっても「社会的意義」を伝えることで広がった医療技術
  • 名称が一般に浸透していなかった疾患名の啓発活動にも貢献

法規制があるからこそ、社会課題との接続が武器になる。この事例は、制約の中でこそ広報PRの創意工夫が光ることを具現化したと考えています。

2つの事例から導く「行動変容型プレスリリース」5つのセオリー

次世代型牛乳と医療VRトレーニング。まったく異なる2つの商品ですが、成功の背景には共通する法則がありました。ここでは、明日から実践できる「行動変容型プレスリリース」の5つのセオリーをお伝えします。

1.ターゲット設計の精緻化──「誰の」「どんな行動」を変えたいのか

行動変容は、ターゲット設計の解像度で9割決まります。プレスリリースを書く前に、まずこの問いに答えてください。「このプレスリリースで、誰の、どんな行動を変えたいのか?」。このターゲット設計が曖昧だと、誰にも響かない情報になってしまいます。

次世代型牛乳の場合、ターゲットは「牛乳を避けていた消費者」、そして期待する行動変容は「試してみる」でした。医療VRトレーニングの場合、ターゲットは「技術習得に悩む医師」であり、期待する行動変容は「トレーニングを導入すること」です。

2.社会的文脈との接続──「だから今、これが必要」を語る

人は商品のスペックではなく、「文脈」に反応します。商品単体の説明では、人は動きません。「なぜ今、この商品が社会に必要なのか」という文脈が必要です。

次世代型牛乳は、酪農業の課題と健康志向トレンドを結びつけ、医療VRトレーニングは、医師不足と患者数増加という社会課題を接続しました。特に、法規制がある業界こそ、社会課題との接続が武器になります。製品の効能を語れない代わりに、社会的必然性を語ることで、より大きな共感を得ることができるのです。

3.多層的なステークホルダー設計──「複数チャネル対応型」情報設計

プレスリリースは、ひとつのターゲットだけを狙うものではありません。

  • 主要ターゲット(直接利用者)
  • 関連ターゲット(意思決定者や周辺関係者)
  • 社会全体(生活者、メディア、その他のステークホルダー)

この3層を意識した情報設計にすることで、ひとつのプレスリリースが多様なステークホルダーに響きます。医療VRトレーニングの事例では、医師だけでなく、一般層にも価値を提供できる情報設計にしたことで、想定以上の広がりを生みました。法規制で直接表現できないことも、多層設計で価値を伝えられるのです。

4.ファクトとストーリーの融合──「数字と想いの両輪」

プレスリリースには、客観的なファクト(事実・データ)と、背景にあるストーリー(想い・文脈)の両方が必要です。

次世代型牛乳の「日本人の約90%が牛乳でお腹がゴロゴロしやすい」という数字は、客観的な関心を生みます。同時に、「牛乳を諦めていた人に選択肢を」という想いが、共感を生みます。数字だけでは冷たく、想いだけでは根拠が弱い。両輪があってこそ、人は動くのです。特に、薬機法などの制約下では、製品の効能を語れない代わりに、「社会データ」や「課題のファクト」を活用することで、説得力を持たせることができます。

5.配信後の行動可視化──「PDCAで次につなげる」

プレスリリースは配信して終わりではありません。配信後に必ず確認すべきことがあります。

  • どのメディアが、どんな文脈で取り上げたか
  • どのステークホルダーが反応したか
  • どんな問い合わせや反響があったか

例えば、次世代型牛乳は、一般紙とともに健康系メディアでの反響が大きかったことから、健康トレンドとの結びつきをより強化する、といった改善につなげることができました。

これらを把握して、次のプレスリリースに活かすPDCAサイクルを回すことが重要です。法規制がある中でも、何が伝わり、何が響いたのかを検証することで、制約の中での最適な表現を見つけていくことができます。

プレスリリースは「行動変容の設計図」──「伝える」から「伝わる」、そして「動かす」へ──

プレスリリースは、単なる情報発信のツールではありません。

  • 誰の、どんな行動を変えたいのか
  • そのために、何を、どう伝えるのか
  • それは、社会のどんな課題と結びつけるのか

これらを戦略的に設計することで、プレスリリースは、「伝える」から「伝わる」へ、そして「動かす」へと進化します。法規制や制約があっても、諦める必要はありません。むしろ、制約の中でこそ、広報PRの創意工夫が光るものなのです。

次世代型牛乳も、医療VRトレーニングも、最初は「誰も知らない商品」でした。しかし、広報PR戦略による情報設計により、人々の認知を変え、理解を促し、行動を起こすことができました。

今日出そうとしているプレスリリースは、「誰の、どんな行動を変えますか?」。その「問い」がクリアになったとき、あなたのプレスリリースは、きっと世の中の行動変容を生み出すはずです。

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