事業を通して社会課題の解決を目指すスタートアップやNPOでは、いかにその意義を伝えるかが広報PRのポイントになります。
プレスリリース配信サービス「PR TIMES」を運営する株式会社PR TIMESでは、2024年7月5日にユーザー会を開催。広報PRコンサルタントとしてさまざまな企業を支援してきたソーシャル・エンライトメント株式会社 代表取締役の伊東正樹さんをゲストに迎え、「社会課題に挑む小さな組織の広報PR術」をテーマにお話いただきました。
ソーシャル・エンライトメント株式会社 代表取締役
1989年・神奈川県生まれ。【日本国内への社会貢献の普及】を目指す、広報PRコンサルタント。商社にて営業・PRを担当した後、ライター経験を経て、業界で唯一、メディア経験者のみで構成されるPR会社カーツメディアコミュニケーション(現:KMC Group)へ入職。SDGs/CSV、ふるさと納税、エシカルプロダクトなど、上場企業〜スタートアップ、NPOの様々なプロジェクトを担当。社会課題の解決に取り組むNPOや社会起業家、公益プロジェクトを広報PR面から支援するため独立・創業。PR戦略策定・実行、記者会見等のPRイベントの企画・運営、報道資料・調査設計、SNS・WEB広告運用など一連の業務に携わる。2023年10月よりPR TIMES公認プレスリリースエバンジェリストとして活動。
言葉への感度を高めて広報PR力を上げる
ユーザー会の最初に伊東さんは、広報PR担当に大切にしてほしい2つのことをお話しされました。
問いを持って調べてみる
いきなりですが、「ヌテラ」という商品をご存じでしょうか。イタリアの会社から発売されているヘーゼルナッツのペーストで、そのまま食べたりパンに塗って食べたりする商品です。日本のスーパーでもよく売られているので、見たことがある方も多いかもしれません。
昔、この「ヌテラ」が使用されたスイーツの広報PR支援を行った頃、「インスタ映え」という言葉が流行し始め、盛り盛りのスイーツが大人気の時期。一方この「ヌテラ」を使ったスイーツは、ビジュアルが映えている訳でもなく、訴求が難しいと感じていました。
そこで私がまず行ったのは、「ヌテラについて調べてみる」ことです。「ヌテラ」はアメリカでは大人気で、世界でもっとも愛されている朝ごはんとして、ギネス世界記録にも選ばれているということが判明し、これを取っ掛かりにPR戦略を立てることができました。
ほかにも、一度調べてみることで発見があったのは東京都の大田区。特徴的なイメージが思い浮かぶ方は少ないかもしれませんが、こちらも東京23区最大面積だったり、商店街が最多だったりと、非常に際立つ特徴があるのです。
調べてみると意外な価値が見つかるというのは、自社のプロダクトやサービスも同様で、よく調べてみたり、聞いてみたりすると、これまで知らなかった意外な価値を発見できることが多いです。
使う言葉に対する感度を上げる
もうひとつ大切にしていただきたいのは、自分が使う言葉です。普段から使う言葉を、なんとなくではなく、意図を持って選んでほしいと思います。
例えば、業務として「やるべきこと」をメモするときに複数の言葉がありますが、それぞれの単語が与える心象は異なります。
- TODO→しなきゃ(義務的)
- タスク→こなす(処理的)
- アクション→やろう(自発的)
私はこの言葉のニュアンスの違いを大事にしていて、いつも「アクション」を意図的に使っています。日常の中で言葉の一つひとつが及ぼす感情やイメージを把握しながら言葉を選んでいる方は、多くないのではないでしょうか。自分が普段使う言葉に理由や目的を持つだけで、広報PRの力はぐっと強化されるのです。
ほかにも、言葉に対する感度を上げるため、類語辞典で似ている言葉を調べ、比較し、その単語が引き起こす感情がどんなものかをイメージしています。どんな言葉を選べば伝えたいことがより伝わるのかがわかってくるはずです。
事例から見る小さな組織のプレスリリースの光らせ方
ここからは、広報PR活動をするうえで大切にしている問いを持ち、言葉を大切にするという2つのポイントをどう実践しているか、プレスリリースの事例とともに紹介します。
事例1:エシカルリップブランド「Menary」
まず1つ目の事例は、エシカルリップブランドの「Menary」です。代表の木住野さんという女性がひとりで立ち上げたブランドで、日本で初めてプラスチックを一切使わないリップを開発しました。
プレスリリースでは、事業化の背景を数字やファクトベースで伝えることが大事です。特に社会性の高いプロダクトの場合、どんな問題があるのか、そしてなぜ「今」なのかを伝えることがポイントになります。
問題の背景について説明するブロックでは、具体的な数字や知られていない事実について、事業の強みに直結させて詳しく記載することが大切です。
次にプロダクトの説明ですが、重要なのは強みや特長を相対的に書くこと。「USP(Unique Selling Proposition)」=「自社の商品やサービスが持つ独自の価値」と、自社を取り巻く外部環境を分析することで、相対的な自社の強みが見えてくるはずです。以下の質問に答えていくと、考えを深めやすいでしょう。
<プレスリリースに記載した要素>
- 日本はプラスチック生産量が世界3位
- 包装用プラスチックの生産量では世界2位
- プラスチックは容器だけでなく、コスメの原料としても使われている
- リップの容器は他のコスメよりも細かい部品を使うので、プラスチックフリーにするのは難しい
<自社の強み(USP)を相対的に把握するための質問>
- あなたが取り組んでいる課題、事業は何か?
- そのユーザーが抱える問題は何か?
- 日本では特に何が問題になっているのか? 問題を困難にさせている業界の課題は?
- 地域ならではの課題はあるか? 他の市町村、エリアと比べてどうか?
- なぜ、他の企業、自治体、NPO、個人が取り組まない/取り組めないのか?(業界・組織の構造面、機能面、マインド面)
- なぜ、あなたの組織では取り組めるのか? 同じ分野で活動する団体とは何が違うのか?(組織面:人材、機能面:事業内容、マインド面:思想哲学)
<外部環境を把握するための質問>
- その問題は昔から存在するのか? 近年はどのような変化が起きているか?
- 今年はこれまでと何が違うのか? どのような影響が起きているのか?
- その状況で、あなたの組織が提供できることは何か? なぜ、対応できるのか?
- 季節による影響を受けるか? 具体的にどのような問題・変化があるのか?
- 今月、今週、その日は、ユーザー/受益者がいる環境や抱える問題はどう変わるか?
参考:【日本初】プラスチック完全不使用を実現したエシカルリップ登場。女性一人が立ち上げた「エシカル×エンパワーメント」ブランド 8月26日(木)よりMakuakeにて先行販売開始!
事例2:株式会社ハタケホットケ
次に紹介する事例は、長野県で除草ロボットを製造販売する株式会社ハタケホットケです。一般的な農家では、生産の効率化のために除草剤をたくさん撒いているのが現状ですが、環境負荷や健康への影響が課題となっています。そこで重労働である水田の除草作業を効率的に行うための除草ロボット「ミズニゴール」が開発され、このプロダクトの実証実験への参加と、レンタル提供の先行予約について、プレスリリースで募集することになりました。
しかしながらその時点ですでに除草ロボットは競合が多く、大手企業が参入していたため、小規模農家が手軽にレンタルできる点や価格面など既存製品との差異を訴求することに。長野県は小規模農家が多い地域ということもあり、農家としての開発ストーリーや構造がシンプルで1人でも持ち運びが容易というこのプロダクトの特長がフィットし、結果的に100以上のメディアに取り上げられましたました。
参考:重労働と環境負荷を削減する “お米作りロボット” 誕生。農家の悩み・ジレンマを解消し持続可能な農業へ。除草剤不要の小規模農家向けアイガモロボ「ミズニゴール」実証実験の参加・レンタル提供の予約を受付開始
さらに翌年、「ミズニゴール」の機能がアップデートするタイミングで説明会の集客を支援することになりましたが、広告予算はなく、営業リストもないという状況でした。「ミズニゴール」は複数の農家でシェアもできるため、製品を管理する代表者が必要な場合もあります。そこで、代表者になった農家はレンタル料の一部が還元されるという仕組みを考え、「地域サポーター制度」と名付けることに。プレスリリースではその制度の価値を軸に集客しました。
参考:”農家のロボットシェア”で全国の地域農業を支援。GPS搭載自動除草ロボットで重労働をスマート化。農家の収益化&無農薬化促進の実証実験を開始!プロジェクト参加者の募集受付と「ミズニゴール2.0」提供開始
「地域サポーター制度」という名称で課題感を浮き彫りにし、社会性や公共性を明示したことにより、業界紙をはじめさまざまなメディアに取り上げられてもらうことができました。この事例は、同じ商品やサービスにおいて2度目の発信であっても話題づくりができ、プレスリリースだけで集客や営業リストの構築にもつなげられた成功例になりました。また、タイトルに製品名や「地域サポーター制度」などの固有名詞を使わず、「農家間のロボットシェア」「地域農業の支援」「農家の収益・無農薬化」という言葉を採用したことにより、農家の課題が一目でわかり、それを解決する社会性の高さがメディアフックになっています。
PEST分析でベストな配信タイミングをつかむ
最後にお話したいのは、情報発信のタイミングをどうつかむか、ということです。
情報というのは波のように世の中のトレンドがあります。自らさざ波を立てるだけでなく、「大波に乗る」ことも時には必要です。特にプレスリリースだけが武器のような小さな組織にとっては、限られたリソースで大波を起こしたいところ。そこで行ってほしいのが、PEST分析です。
新しい法律・条例の成立の時期に合わせて関連する情報を発信すれば、注目される可能性が高まりますよね。実際、法改正に合わせて自社製品のプレスリリースを配信したことで、非常に話題になったケースもあります。うまくいけば一発で大波を作ることができるので、特に小規模の組織では、ぜひ行ってみてほしい方法です。
【関連記事】
PEST分析についてはこちらの記事も参考にしてみてくださいね。
参加者から伊東さんへの質問
ここからは、ユーザー会の参加者から挙がった質問にお答えいただいた内容です。
──自社の商品やサービスが、競合と比較して強みが見つけられない場合、どうしたらよいでしょうか。
よく強みなんてない、とおっしゃる方がいるのですが、社会課題に関心のある企業やNPOであるなら、必ず探せば何かしらあるはずなんです。もしかしたら、USPや外部環境の分析を十分にできていないかもしれないので、まずはじっくり分析してみてください。また、商品やサービス自体では差別化が難しくても、その背景にある思想や哲学はきっと独自のものがあるはず。それから、発信タイミングを変えてみるというのもひとつの手です。そのときの状況や特定の時期なら価値が出てくる、ということもあるので、ぜひタイミングについても考えてみてください。
──プレスリリースのタイトルに正式名称を入れないほうがよいとのことでしたが、商品名の認知度を上げたい場合でも、入れないほうがよいのでしょうか。
目的が商品名の認知度を上げることなら、まずはメディアに取り上げられる必要がありますよね。だからこそ、メディアに取り上げられるためにはどうすればよいかを最優先することが重要になります。大量に届くメールの中で、読み手の目を引く言葉はどんなものだろうと考えてみて、それが本当に商品名なのかを判断するとよいかもしれません。ただ、例えば毎年同じ時期にメディアで取り上げられていたり、恒例行事のものであったりするのであれば、あえて社名や製品名を入れる場合もあります。何を目的とするのかを考えて、言葉選びを意識してみてはいかがでしょうか。
──事業部と定期的な情報収集の場を設けているが、変化やトレンドを聞いてもなかなか良い情報が上がってきません。
長く同じ事業部にいると、変化に気づきにくく、その状況が当たり前なっているケースは、よくあります。そのため、大きな変化ではなく、もっと小さな単位で細かく区切って聞いてみると、何か出てくるかもしれません。例えば先月と今月を比べるとどうかとか、売り上げの変化ではなく問い合わせ件数やPV数の変化はあるか、など。とにかく条件を細かく切り分けてヒアリングしてみて、そこにある小さな変化に目を付けてみるとよいでしょう。あとはデータを扱っている部署の方にトレンドを聞いてみると、事業部の担当者とは違った観点で意見をくれることもあります。
──「社会に伝わりやすい言葉を選ぶ」というお話がありましたが、トップが伝えたい言葉を発信すべきという社風の場合、どうすればよいでしょうか。
広報PR担当と経営層の意向が異なる場合もありますよね。可能なら、なぜそれが必要なのかを率直に聞いてみるといいかもしれません。その回答によって、よりよい提案ができるかもしれませんし。トップの方はプレスリリースの意図を把握していない場合も多々あるので、メディアに取り上げられることを目指しているものだというのをしっかり伝えて、説得することも大切ですね。案外、それだけで納得いただけることもあります。
まとめ:言葉を磨いて事業の意義を伝える
社会課題に挑む企業にとっていかに自社の事業の意義を伝えるか、というテーマについて、有益なお話を伺うことができました。
伊東さんは「広報は情熱が大事。広報の影響力は小さいかもしれないけれど、商品やサービスの価値を伝え、社会課題に挑むためには重要な役目」だと締めくくりました。広報PR担当者にとっては、大きな励みになったのではないでしょうか。
今回の伊東さんのお話からの学びは以下の通り。
- 物事や事象について問いを持ち、調べることでヒントを得る
- その言葉を使う理由や目的を明確にして、より伝わる言葉を選ぶ
- 「自分たちの言葉」ではなく、「世の中に伝わる言葉」で発信する
- PEST分析を行い、情報発信のベストなタイミングをつかむ
スタートアップやNPOなどの広報PR担当者はもちろん、小さな組織の広報PR担当者にとっても非常にためになるセミナーとなりました。ぜひ今後の広報PRに活かしてみてください。
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