株式を公開し上場企業になると、所定の情報を開示する義務が生じます。さらなる投資機会を生み出すためには、義務付けられている以上に積極的な情報提供を行う必要があります。
投資家が投資判断をするにあたり、まず参考にするのが「有価証券報告書」や決算短信など、各種開示義務のある法定開示書類です。そのほか、各企業が任意で制作しているIRツールの情報を参考にすることもあります。「アニュアルレポート」とは、IRツールの一種です。
本記事では、アニュアルレポートの概要や、ほかのIR関連書類・ツールとの違い、また作成するメリットや実際の事例などをご紹介します。
アニュアルレポートとは
アニュアルレポートは、上場企業が情報公開の一環として制作するIRツールのひとつです。「年次報告書」とも呼ばれ、財務情報とともに、経営トップのメッセージや実施した事業の紹介などをまとめたものです。半期または年次で制作・発行し、株主や投資家、金融機関などの関係先に配布します。法定開示書類ではないため、掲載情報や体裁に制約がありません。
米国証券取引委員会では上場企業に発行を義務付けているツールということもあり、日本においても海外投資家へのアプローチを視野に入れてグローバル企業・団体が発行するケースが多く見られました。しかし近年では、自社の魅力を伝える有力なIRツールとして企業規模や業態を問わず活用する企業が増えています。
アニュアルレポートと有価証券報告書の違い
アニュアルレポート | 有価証券報告書 | |
目的 | 投資判断を促す | 投資判断を正しく行えるようにする |
開示義務 | 無 | 有 |
形式 | 自由 | 規定に従う |
監査 | 不要 | 必要 |
有価証券報告書は、金融商品取引法において株式などの有価証券を発行する企業に開示が義務付けられた法定開示書類です。事業年度終了後から3ヵ月以内に提出することが定められています。提出形式や記載項目は決められており、監査法人や公認会計士による監査も必要となる書類です。
アニュアルレポートが投資判断を促すことを目的とし、企業が自主的に作成するツールであるのに対し、有価証券報告書は正しい投資判断を可能とすることを目的に、株主・投資家保護の観点から開示が企業に義務付けられています。
アニュアルレポートと株主通信・統合報告書の違い
では、同じく任意開示書類である株主通信や統合報告書とは何なのでしょうか。
株主通信とは
株主通信とは、ある一定期間の事業状況をまとめたもの。四半期ごと・半期ごとなど比較的細かいタームで発行され、株主に配布またはWebサイト上で公開されます。任意開示書類であるため掲載内容に制約はなく、発行時期ごとの財務状況や事業トピックスなどで構成するケースが多く見られます。「IR通信」や「事業報告書」などの名称で発行されることもあります。
統合報告書とは
近年、海外の上場企業を中心に発行する企業が増えている統合報告書。株主通信やアニュアルレポートが実施した事業内容やその年度に取り組んだCSR(企業の社会的責任)活動を掲載するのに対し、統合報告書には、企業価値を向上させるため将来を見据えて長期的に取り組む事項が盛り込まれているのが特徴です。
世界的にSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが広がっていることも後押しし、業績以外の面で企業が社会的責任を求められることも増えています。企業が長期的に存続し成長を続けるためには、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは不可欠であるという前提のもと、財務情報と非財務情報を「統合」し包括的な企業の成長プランをうたっていくものとなります。
アニュアルレポートを作成する目的・メリット
では、アニュアルレポートを作成するとどのようなメリットがあるのでしょうか。アニュアルレポートの活用目的とともに、作成するメリットを3つご紹介します。
メリット1.数値以外の自社の魅力を伝えられる
アニュアルレポートには、法定開示項目の財務情報も掲載しますが、それ以外のコンテンツは制作する企業側の任意で決められます。経営トップのメッセージや企業としての想い、またESGやCSRへの取り組みなど、数値以外からのアプローチを可能にします。
また、ロゴやコーポレートカラーを効果的に使用したデザインで企業イメージを訴求したり、写真を活用して自社の事業をわかりやすく紹介したりすることができます。
テキストと数字だけで構成される法定開示書類とは違い、非言語情報から企業の文化や価値観を認識してもらうことができます。
メリット2.長期投資を前提とした投資家にアプローチできる
投資家は実績や業績予想などの財務データをもとに投資判断をします。投資活動は利益を見込んで行うものですから、株価の状況次第ではすぐに株を手放してしまう投資家も多くいるでしょう。
そんな中で、長期的に株を保有してくれたり定期的に株を購入してくれたりする株主は、その企業や事業について深い理解を持ち、成長を見守ってくれる、いわば「ファン」のような人といえます。「ファン」として資金状態を安定化させるのに寄与してくれるばかりか企業の魅力をほかの投資家へ伝播してくれる可能性もあります。
「ファン」を多くつくるためには、自社を深く理解してもらえる情報を提供していく必要があります。アニュアルレポートを通じて、経営トップの考えや企業理念、取り組む事業の将来性などを伝えていくことは、有効な施策のひとつでしょう。
メリット3.海外投資家にアプローチできる
日本では任意で制作するものですが、米国証券取引委員会では上場企業にアニュアルレポートの発行を義務付けています。世界的に見ても大きな市場を抱える米国のスタンダードである以上、海外の投資家のほとんどが、投資の判断材料としてアニュアルレポートを活用していると言っても過言ではありません。
日本企業であっても英語で制作されたアニュアルレポートがあれば、海外の投資家も積極的に投資判断をすることができます。インターネットを通じて国外の企業に関する情報収集が容易になった現在、投資対象を海外に広げている投資家も数多くいます。興味を引く可能性のある情報はできる限り積極的に発信しましょう。
もし海外投資家へのアプローチを前提に英語版アニュアルレポートを作成するのであれば、米国証券取引委員会で義務付けているコンテンツを網羅できるようにしておきましょう。
アニュアルレポートを作成する5ステップ
アニュアルレポートを作成する場合、どのように進めればよいのでしょう。大きく5つのステップでご紹介します。なお、ここではIR部門が主体となって制作を進めるケースを想定しています。
STEP1.制作スケジュールを組む
IR活動の年間予定表の中に落とし込みます。1年間に何回発行するのか、どのイベントで配布するのかなどの観点を鑑み、制作スケジュールを逆算します。アニュアルレポートを発行している企業の多くは、年次報告書として年1回発行しています。
制作物のボリュームにもよりますが、おおよその制作期間としては6ヵ月ほどとし、年度末の決算説明会での配布を目安にスケジュールを組むことが多いでしょう。
また、IR情報のみならず企業イメージも訴求する制作物のため、IR部門だけで完結させるのは避けたほうがいいこともあります。広報PR部門や制作部門などの関係部署にはスケジュールを共有し、各ステップでの協力を依頼しておくと効率的に進めることができます。
STEP2.外注先を選定する
部分発注も含めて、ほとんどの企業が外部の制作会社とともに制作を進めます。自社の要件にあった外注先を選定しましょう。
外注先の選定には、自社内でどこまでの作業を行うかが大きく関わってきます。
例えば、
- 原稿や写真素材などはすべて自社で準備し、デザインやレイアウトのみを依頼するケース
- 掲載するコンテンツの企画からデザインなどまですべて依頼するケース
が考えられるほか、
- 印刷手配まで依頼するケース
- 印刷は自社でアレンジして別途行うケース
などさまざまです。
また、制作会社にも、会社案内やパンフレットを含めた制作物全般を扱うところ、IR関連の制作物を専門とするところなど、それぞれ特色があります。外注先に求めるものは何かを明確にして選定しましょう。まずは大まかなイメージや要望を伝え、提案書やラフ案を出してもらうと判断しやすくなります。
STEP3.掲載コンテンツを確定する
アニュアルレポートに掲載する内容を決めていきます。制作年度によって多少の違いはあるかもしれませんが、
- 経営トップのメッセージ
- 注力分野の事業紹介
- 事業戦略
- 財務情報
- CSR活動
などは押さえておきたい項目です。
項目ごとに必要な情報を洗い出し、担当者を決め、取材や資料収集・写真撮影など準備を進めていきます。
このステップでは、広報PR部門が保有している情報を活用するケースも多いため、密に連携して進められるとよいでしょう。
STEP4.デザインを確定する
アニュアルレポートのデザインは企業イメージを訴求する大切なポイントです。デザイン案を提案してもらう前に、企業としてのガイドラインがあれば伝えておきましょう。ガイドラインがない場合も、コーポレートカラーの色調や過去の自社の制作物などを共有できるとベターです。
デザインの希望・要望を先方と共有するのは、時に難しい部分があります。より企業イメージに合致した質の高い成果物を提供してもらうため、広報PR部門や制作部門など、自社の各種制作物のデザインに多く触れている人に協力を仰ぎましょう。
STEP5.掲載内容の確認を行う
すべての項目・内容が確定したら、原稿を確認し校正を行っていきます。
校正は、できれば複数名の目を通してチェックするとよいでしょう。誤字脱字、事実関係の相違がないか、発表している財務データと一致しているかなど、細かく見ていきます。また、自社の魅力が十分に伝わる表現・内容になっているかを確認します。
色合いの確認を行う色校正では、ロゴやコーポレートカラーがきちんと表現されているか、使用している写真の色は適切かなどを確認しましょう。
アニュアルレポートを発行するときの5つのポイント
ここまで、アニュアルレポートを作成するメリットや作成のステップについて見てきました。最後に、作成の際に注意したいポイントについてお伝えします。
ポイント1.専門用語を多用せず、使用する際は補足する
特に個人投資家に向けて自社を訴求したい場合、専門用語は枠外などで補足説明をすることを心がけましょう。たとえ将来性のある事業内容でも、理解・共感してもらえなければ投資対象として選ばれません。機関投資家にとっては詳細なデータが欲しいところですが、個人投資家にとっては専門性の高い内容ほど言葉で説明されるとわかりにくいものです。専門用語を使用する際は枠外などで解説する、実際の活用事例を適宜引き合いに出しながら説明するなど、読み手がイメージしやすい内容を心がけましょう。
ポイント2.企業イメージを表現したデザインを心がける
アニュアルレポートは投資先企業としての選定、投資判断を促すためのツールですが、掲載内容の正しさだけを意識すればよいわけではありません。色づかいやデザインなど、視覚的に訴求できることも重要です。ロゴやコーポレートカラーなど自社をイメージさせる要素を効果的に活用し、自社らしさを印象付ける制作物にすることが大切です。
また、アニュアルレポートを継続的に発行する場合、デザインはできる限り統一感を持たせましょう。アニュアルレポートだけを目にしたときに「あ、あの企業だな」と連想してもらえるようになれば、企業イメージのブランディングは成功だといえます。
ポイント3.自社の過度なアピールにならないよう注意する
アニュアルレポートを作成する目的は、株主・投資家に対し自社への投資判断を適切に行ってもらうことです。つい自社への投資を促すような内容や表現を盛り込んでしまいたくなりますが、過度に自社を宣伝するような文言やコンテンツは避けるようにしましょう。数多くの企業を見ている投資家にはすぐに本質を見抜かれてしまいます。たとえ自社に都合のよくない事実やデータがあったとしても正直に開示し、どのようにフォローしていくのかを記載するなど誠実な態度を取ることで、投資家からの信頼を積み重ねていきましょう。
ポイント4.社内の各部門と連携する
アニュアルレポートは投資判断を促すためのIRツールではありますが、企業の理念や想い、事業への展望などを発信することも求められるため、企業のブランドイメージにも大きく関与します。IR部門のみで作成すると財務情報や事業内容を「正しく」伝えることに終始してしまい、「誰にでも伝わる」表現にするという視点や、「自社らしい」表現にするという視点が抜けてしまう可能性もあります。
広報PR部門や制作部門など、関係する社内の各チームに協力を仰ぎ、自社の魅力が広く伝わるIRツールに仕上げましょう。
ポイント5.アニュアルレポート発行について発信する
広報PR担当者としては、アニュアルレポートを発行したことをぜひ広く発信したいところです。アニュアルレポートを自社サイトに掲載しているだけでは、自社への投資にもともと興味のある人にしか情報を届けられません。
プレスリリースなどの情報発信を通じて、幅広いステークホルダーにアニュアルレポートの発行について知ってもらえれば、自社の社名しか知らなかったような人にも企業理解を深めてもらうチャンスとなります。アニュアルレポートを読んだ結果として、自社に将来性を感じ投資につながる可能性もあります。
参考にしたいアニュアルレポートの事例3選
次からは、実際の企業がプレスリリースを通じて発信しているアニュアルレポートの事例をご紹介します。ぜひ自社のアニュアルレポートの作成から発信までの参考にしてみてください。
1.パナソニックホールディングス株式会社
パナソニックホールディングス株式会社は、「アニュアルレポート(統合報告書) 2022」をIRサイトにて公開しています。
グローバルに幅広い事業を展開する同社グループですが、各セグメントのトップやキーパーソンからのメッセージ、日本各地の工場などの現場トピックスを掲載し、リアルな事業の状況が伝えられるような工夫がされています。また、過去10年間の主要財務データを簡潔にまとめており、投資家の参考になる情報が網羅されているのが特徴です。
アニュアルレポートの発行を知らせるプレスリリースには、読み手の興味を喚起できるよう掲載内容のサマリーを記載しています。
参考:パナソニック ホールディングス(株)「アニュアルレポート2022」を公開
2.株式会社リンクアンドモチベーション
人材・組織領域でコンサルティング事業などを展開する株式会社リンクアンドモチベーションは、グループ統合報告書「IR BOOK2021」を発行しました。冒頭のページでミッション実現に向けたストーリーを、「航海」をモチーフとした写真で表現しているほか、1枚当たりの情報量を絞り、スッキリと見やすいデザインにしています。「経営戦略」「事業戦略」に並んで「組織戦略」についての情報も積極的に開示し、組織としての成長にコミットするという同社らしさも表れています。また、マーケット全体に関する補足的なデータも掲載しています。
アニュアルレポートの発行を知らせるプレスリリースでは、アニュアルレポートの概要に加え発行の背景や今後の展開なども発信し、IRに注力している同社の姿勢を示しています。
参考:リンクアンドモチベーショングループ統合報告書「IR BOOK2021」を発行!
3.ソフィアメディ株式会社
訪問看護を中心に在宅医療サービスを手がけるソフィアメディ株式会社は、アニュアルレポート2022「Sophiamedi Experience “BEACON OF HOPE”」(英語版)で、世界的なアニュアルレポートコンペティション「LACP Vision Award」「International ARC Awards」の最高賞であるプラチナ賞を受賞しています。
全体で76ページにもおよび、従業員や患者の写った象徴的な写真が多く使われていることからビジュアル面でも非常にインパクトがあります。同時に、業績に関するさまざまな数値を積極的に開示。情緒面と機能面の双方において情報が充実したアニュアルレポートといえます。
参考:訪問看護のソフィアメディ、アニュアルレポートコンペティション「LACP Vision Award」「International ARC Awards」を2年連続で受賞
アニュアルレポートを通じて上場企業としての魅力を伝えよう
重要なIRツールのひとつであるアニュアルレポートについてご紹介してきました。国内外のさまざまな企業が株式を公開し、世界中の投資家が有益な投資先を探している現在。情報発信・収集の手段は広がり、投資対象として自社に興味を持ってもらえるチャンスは世界に広がっています。
アニュアルレポートは、その年に積み上げた自社の取り組みを、数値・文章・ビジュアルで総合的に伝えることができるもの。そして、その事業の根底にある、自社のミッションや想いを表現できるツールです。
自社を支え、将来性を信じて投資してくれる「ファン」をひとりでも多くつくるためにも、企業の魅力が伝わるアニュアルレポートの作成に取り組んでみてはいかがでしょうか。
<編集:PR TIMES MAGAZINE編集部>
アニュアルレポートに関するQ&A
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