2015年に米Google社が発表した心理的安全性が組織パフォーマンスに与える影響についての研究結果は、大きな反響がありました。
そして2020年からの世界的なパンデミックによって、企業においてはリモートワークが広がり、組織・チーム内でのコミュニケーションに大きな変化が起きました。ポジティブな面がある一方、孤独を感じる社員が増えるなどのネガティブな影響も多く報告されています。
このような大きな変化の中で、これまで以上に重要視される心理的安全性とは何か、どのような効果があるのか、どのように高めていくのかについて解説していきます。
心理的安全性の意味や定義とは?
心理的安全性とは「psychological safety」という心理学用語で、ハーバードビジネススクールで組織行動学を研究しているエイミー・エドモンドソン教授が概念を提唱しました。
その定義は「チームメンバー一人ひとりが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態」としています。
心理的安全性が注目されている背景
心理的安全性は、2015年にGoogle社の研究チームが、「Project Aristotle」というプロジェクトの研究結果として「チームパフォーマンス向上のためには心理的安全性を高めることがもっとも重要」と発表したことがきっかけとなり、世界中で注目されるようになりました。
参照:Google re:Work「『効果的なチームとは何か』を知る」
また、近年では社員一人ひとりの活躍が利益やイノベーションを生むという人的資本の考え方が広がっています。その中で、組織での心理的安全性が低くなったりすることで積極的な行動ができなくなりイノベーションの阻害要因となったり、エンゲージメント低下による人材流出の要因ともなることがいくつかの研究で発表され、多くの企業・団体で心理的安全性を高める取り組みが進められています。
心理的安全性が低いチーム・職場で起こりやすい問題の特徴
どのようなときにチーム・職場で心理的安全性が低くなるのでしょうか。
日本人は場の空気を読む(コンテキスト度)傾向が高く、それがチーム・職場でネガティブに働くことがあります。この傾向から起こりやすい特徴を、エドモンドソンの「4つの心理的安全性を損なう要因と特徴行動」を参考に解説します。
特徴1.無知だと思われる不安(Ignorant)
質問や確認をしたくても「こんなことも知らないのか」と自分が無知だと思われることへの不安をメンバーが抱えてしまい、行動に移せなくなってしまう状態です。
その結果、業務においての不明点などについて必要なコミュニケーションを自ら取ることができず、業務理解や情報共有が不足するなど、チーム内での認識の齟齬が発生し、業務でのミスにつながります。
特徴2.無能だと思われる不安(Incompetent)
ミスや失敗をしたときに「こんなこともできない」「無能だ」と思われる不安に陥り、自分の失敗や弱点を認めない、ミスを報告せず隠してしまうなどの行動に出てしまう状態です。
こうなると、問題への初期対応が遅れ、後々になって大きなトラブルにつながります。また自分のミスや失敗についてだけではなく、チーム内の不正や規則違反などを見て見ぬふりをするといったコンプライアンスへの影響も出てきます。
特徴3.邪魔をしていると思われる不安(Intrusive)
自分が発言することで「議論が進まなくなる(話の邪魔になる)」「チームメンバーから嫌われるのではないか」といった不安が生じると、発言を控えるようになっていく状態です。
本来、チームにとって気づきや新しいアイデアとなるような提案などができなくなっていきます。このような意識が広がるとイノベーションの阻害や、業務改善に結びつく有意義な意見が出てくることにつながります。
特徴4.ネガティブだと思われる不安(Negative)
チームのやり方を改善する提案をしたいと思っても、「ほかの人の意見を批判している」「否定的に捉えられる」など、チームの和を自分が乱してしまうと不安になる状態です。
この結果、本来あるべき議論や指摘を躊躇してしまうことがあります。前向きな提案であっても積極的に発言できない環境ではチームが抱える課題を解決しづらくなることもあります。
心理的安全性がもたらす4つのメリット・効果
心理的安全性が高い組織においては、チームや個人にとって多くのメリットや効果がありますが、このうち代表的な4つを紹介します。
メリット1.チームパフォーマンスの向上
心理的安全性の高い組織では、社員が安心して仕事に集中できる環境が生まれます。
また、チーム内で自発的に積極的な議論や意見交換が生じることで、納得して業務を遂行し、目標達成にスピーディーに向かうことができるようになるため、個々のパフォーマンスが向上し、チーム全体の生産性や業績向上につながります。
メリット2.定着率の向上
心理的安全性が高い組織に対して、社員は「自分の能力を生かせる」「居心地が良い」と感じて組織への愛着が深まり、エンゲージメントが高まっていきます。エンゲージメントも高まれば自然と離職率も低くなり、優秀な人材の流出防止の効果も期待できます。
メリット3.イノベーションの促進
心理的安全性が高まることで、チーム内のメンバーは自発的に現状をより良くしていこうという前向きな姿勢で仕事に取り組めるようになります。さらに精神的に安心した状態で、新しいことや困難な課題に挑戦しやすくなるため、イノベーションの創出やチームの課題改善が起こりやすくなります。
メリット4.コンプライアンスリスクの未然防止
コンプライアンスリスクを未然に防止することは経営者にとって非常に重要です。
心理的安全性が高い組織では、「報・連・相(ホウ・レン・ソウ)」が当たり前のように行われたり、万一、組織内で不正や規則違反が発見されても安心して通報したりすることができるため、経営者は個人や組織が抱える課題を適切なタイミングで把握することが可能とになり、早めに対策を講じられるようになります。
心理的安全性の測定方法
組織の心理的安全性を高めるうえで、現在の状況を把握することが大事になります。その測定に有効なのが、エドモンドソン教授が提唱する心理的安全性を測る7つの質問です。
- チームの中でミスをすると、たいてい非難される
- チームのメンバーは、課題や難しい問題を指摘し合える
- チームのメンバーは、自分と異なるということを理由に他者を拒絶することがある
- チームに対してリスクのある行動をしても安全である
- チームのほかのメンバーに助けを求めることは難しい
- チームメンバーは誰も、自分の仕事を意図的におとしめるような行動をしない
- チームメンバーと仕事をするとき、自分のスキルと才能が尊重され、生かされていると感じる
参照:Google re:Work「『効果的なチームとは何か』を知る」
<測定方法>
この7つの質問に対して「まったくその通りだから全くその通りではない」までの1〜7の7段階評価を行い測定します。
肯定形の質問(2・4・6・7):7がまったくその通りだ、1がまったくその通りではない
否定形の質問(1・3・.5):7がまったくその通りではない、1がまったくその通りだ
7つの質問で、ポジティブな回答が多いチームは心理的安全性が高く、ネガティブな回答が多いチームは心理的安全性が低いとされています。
心理的安全性が高い組織・チームをつくる6つの方法
組織・チームにおいて心理的安全性を高めていくための6つの方法をご紹介します。
1.オープンマインドの意識を持つ
オープンマインドは「偏見のない心」という意味があります。メンバー全員がいつもオープンマインドを持つという意識を共有することで、自分の意見を気兼ねなく言える環境が生まれます。ディスカッションの場で、分け隔てなく意見を聞いていくことも効果が高い取り組みになります。メンバーが、自分の意見が受け止められていると感じることができれば、お互いの心理的安全性が高まります。
2.アサーティブ・コミュニケーションを学ぶ
アサーティブ・コミュニケーションとは相手を尊重しながら、対等に自分の要望や感情を伝えるコミュニケーション方法です。アサーティブ・コミュニケーションのスキルを組織で学ぶことにより、メンバーが要望や気持ちを適切に表現できるようになり、組織の心理的安全性を高めるのに役立ちます。
3.リーダーによるポジティブな働きかけ
心理的安全性を高めるうえでリーダーの役割は非常に重要です。チームのリーダーには、メンバーの味方であることをしっかりと伝え、少し背伸びするくらいの目標を設定しその目標達成に向けて仕事を任せる(裁量を与える)、といった行動が大切です。また組織内で建設的な意見交換ではなく、悪口や誹謗中傷などほかのメンバーに対してネガティブな表現があった場合は、それを放置せずに解決に向けて動くことで心理的安全性が高い状態を保つことができます。
4.意思決定プロセスへの参加
チームに関わる重大な決定を行う場合にはチームに相談し、メンバーの意見や考えを求めるようにすることで、メンバーは自分がチームの意思決定プロセスに含まれていると感じることができるようになります。
最終的に意思決定がされたら、決定の理由と背景をメンバーにフィードバックする機会を持つことで、自分たちの意見が意思決定にどのように反映されたのかなどを知る機会となり、決定に対する透明性と納得感が生まれ、心理的安全性を高めることにつながります。
5.リーダー自らが弱さを共有
これまでのリーダー像はメンバーに対して強さを誇示することがよしとされてきた風潮がありますが、弱みを見せず完璧に振る舞うリーダーのもとでは、メンバーは弱みや失敗を見せてはいけないと考え不必要な緊張を感じ続けてしまいます。
チームの心理的安全性を高めるためには、リーダー自身が自分の弱さや失敗に対する謝罪などを率直に伝えることも効果的です。こうした率直なコミュニケーションをリーダーが自ら行うことで、メンバーも「このチームでは弱みをさらけ出しても大丈夫だ」と安心感を持てるようになります。リーダーが弱さを開示するという勇気が、チームの心理的安全性を高めることにつながります。
6.心理的安全性を体験できる仕組みづくり
心理的安全性を体験できる仕組みを意図的につくることが大切です。
特に新メンバーの加入時など、チームの雰囲気やほかのメンバーの人柄を把握していない人がいる場合、いきなり発言すること自体に不安を感じ、自由に発言することが難しくなります。そこで上司やメンバー間での1on1や、業務以外に雑談する時間を取るなど、業務から離れた場所で安心して対話できる機会をつくることで、心理的安全性を体験させ、不安を取り除くことができます。
心理的安全性を高める取り組みをするうえでマネージャーが注意しておきたい3つのこと
心理的安全性を高める施策は、やり方を間違えると組織の生産性を低下させてしまう可能性があります。心理的な安心が馴れ合いに、裁量が自分勝手にと、バランスが崩れないようにマネージャーはよく観察し対応することが必要になります。
1.馴れ合うだけの関係性をつくらない
チームの心理的安全性を高めるため、メンバーとのコミュニケーションを増やす取り組みは非常に有効な施策ですが、一方で緊張感が和らぐことにより、組織内に馴れ合いの関係、楽ができるという勘違いが生じる可能性があります。
チーム内に馴れ合いを生み出さないために、和める時間と緊張感を持つ時間を区別するなどメリハリをつけることが大切です。日頃から業務状況や仕事に対する姿勢を把握し、責任感やモチベーションについて話し合う時間を取りましょう。
チームの生産性を向上させ、高いパフォーマンスを発揮するためには、心理的安全性と責任感やモチベーションの両方を高めることが重要です。
2.チームメンバーそれぞれの役割を忘れない
心理的安全性を高めるために、メンバーに裁量を与えたり、意思決定プロセスに参加してもらったりすることは有効です。しかしその際にマネージャーが注意しなければならないのは、メンバーに対して遠慮しすぎないことです。
時に権限委譲や裁量の範囲を履き違え、メンバーが間違った方向に進んでしまうことがあります。あくまで心理的安全性を高める目的は組織・チームの生産性向上にあり、メンバーが好き勝手に動くことで統制が取れず生産性が低下してしまっては意味がありません。1on1などを通じた業務の状況把握や、ロール&レスポンシビリティの伝達、間違った方向や態度を正すことも大事になります。
3.メンバーの状態を把握する
組織やチーム全体の心理的安全性が高まっていても、人の心のあり方は状況によって変化していくものです。例えばどんなに仕事が順調でも、家庭で心配事があれば不安がまさってしまうこともあります。メンバーの状態を把握するため、普段からメンバーが不安を気軽に相談できる機会をつくっておくことが大切です。またマネージャー自身に余裕がない場合、メンバーが相談しづらい状況になりますので、マネージャー自身が心身の余裕を持つことを心がけてください。
心理的安全性を学べるおすすめの本
心理的安全性を学ぶための本は数多ありますが、学術的な視点で学ぶことができる本を3冊ご紹介。企業の一員として組織・チームのパフォーマンス向上のために知っておきたい書籍をピックアップしました。
心理学的安全性とはの基本が学べる
恐れのない組織
エイミー・C・エドモンドソン、リサ・ラスコウ・レイヒー(著)
心理的安全性の概念を提唱したエドモンドソン教授が、組織における心理的安全性について解説した本です。心理的安全性を学術的な視点から学びたい人におすすめです。
よりビジネスの視点を入れ、どう活用すべきかが学べる
なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか
ロバート・キーガン (著)
発達心理学者であるキーガン教授が、心理的安全性を盛り込んで書かれた本です。変化と複雑性が増す現代のビジネス環境での心理的安全性をどう活用していくかを考えたい方におすすめです。
日本での具体的な活用法をもとに、実際の取り組み方法がわかる
心理的安全性のつくりかた
石井 遼介 (著)
心理的安全性の4因子「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」など、日本における心理的安全性の取り組みについてまとめられた本です。日本で心理的安全性がどのように活用されてきたかを学ぶことができます。
心理的安全性の高い組織で事業成長とイノベーション促進を目指そう
心理的安全性はあくまでも組織・チームのパフォーマンス向上を目的とするものです。心理的安全性を高めることを追及したあまり、居心地は良いが日々の業務をダラダラとこなすだけの組織になってしまっては意味がありません。
個人が自律し、組織内では安心して行動ができる状態をつくることで、事業成長とイノベーション促進につなげていきましょう。
心理的安全性に関するQ&A
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