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圧倒的な生産性。一方で重要になる人間の解釈|PR研究者が考えるChatGPTの付き合い方-後編-

「広報PRにおけるChatGPTの影響」への見解をお伺いするこの企画。前編「人間の基準では付き合わない|PR研究者が考えるChatGPTの付き合い方-前編-」に続き、PRに関する研究を専門とし、『パブリック・リレーションズの歴史社会学』の著者である國學院大學観光まちづくり学部准教授の河(ハ)さんにお話いただきました。

前編で伺った「プレスリリース作成へのChatGPT活用」を踏まえ、あらためてプレスリリース発表後の展開、広報PR担当者の役割についても触れています。

國學院大學 観光まちづくり学部 准教授

河 炅珍(ハ キョンジン)

1982年生まれ。韓国・梨花女子大学卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。専門は、メディア、コミュニケーション研究。主著に『パブリック・リレーションズの歴史社会学』(岩波書店、2017)など。プレスリリースアワード2021、2022の審査員でもある。

コミュニケーション戦略にも活用

ChatGPTは、広報PRや広告の分野はもちろん、コンサルティングなど、戦略的な思考が価値を生む仕事にも応用可能だと思います。

ChatGPTが書いた(架空の)新発売牛乳のプレスリリースを前編で紹介しましたが、それに続いて、具体的なコミュニケーション戦略についても相談してみました。「新発売の牛乳は他の商品と比較して値段が安い。しかし、食品としての安全性には問題なく、安心して飲める商品。これを消費者に上手く伝えるためのロジックを教えて」と伝えると、以下の3つの視点から提案がありました。

  • 生産工程で徹底した品質管理を実施しており、食品としての安全性を確保している。この点について外部の検査機関からも認定されていることを伝える(第三者による安全性の担保)
  • これまで牛乳業界で培ってきたノウハウを生かし、効率的な生産ラインを確立している(生産コストの削減が可能な理由)
  • 現在の経済情勢(物価の上昇)を考慮し、消費者に手軽に飲んで頂けるようにという想いから価格を抑えることに注力している(安価にしている背景)

さらに対話を続けると、各ポイントについてそれぞれ説得力を高める具体的な根拠を教えてくれました。もちろんこれは「入口」にすぎません。ChatGPTの提案をふまえ、方向性を定め、自分の頭で論理を発展させる作業が必要です。現段階で、コンサルティング業務を代替できるわけでもありません。それでも、検討すべきポイントを短時間で把握できれば、そのあとのブレインストーミングもより効果的に運ぶことでしょう。

企業主催のコンテストを共に設計

続いて、プレスリリースで取り上げるコンテンツとして、イベント企画に取り組んでみました。

イベントの企画の案出しをしてみる

「新発売牛乳のイベントを企画中です。消費者の参加を呼びかけるようなイベントは何があるかな?」と尋ねると、牛乳を使ったレシピコンテストや味の違いを当てるクイズ大会、健康や栄養に関するセミナー、生産工程を見学できるツアー、試飲ブースの設置、プレゼントや割引クーポン、SNSを活用したキャンペーン……など、たくさんのアイデアを提案してくれました。

イベントの企画をプレスリリースに反映する

その中で一つを選択して「牛乳を使ったレシピコンテストがいいよね。それを先ほどのプレスリリースに加えて書いて」と注文すると、即座に書き始め、レシピの応募要項を加えた以下のプレスリリースがすぐに出来上がりました。

AI作成のプレスリリース

AIは学習したデータに基づいて作成しているだけですが、フォーマットがきちんと整っている点がとくに印象的でした。人間が書く場合、ドラフト段階で項目の一つか二つくらい抜けてしまうこともあります。イベント情報の告知が主な目的で、独創性やオリジナリティを求めない内容であれば、ChatGPTの書いたプレスリリースの素案をもとに文言を調整し、各項目に必要な情報を埋め込むくらいの作業で済むかもしれません。

さらに具体化な企画を設計してみる

続けて、先ほどの回答にあった「インフルエンサーと有名人を使ったプロモーション案」を発展させてみました。「おすすめできる人はいる?」と聞いてみると「料理研究家やフードライター」「スポーツ選手やトレーナー」「ママタレントや子育てブロガー」という3つのカテゴリが提案され、それぞれの特徴・メリットについて説明がありました。候補の一つだった「料理研究家の具体的な名前を教えて。日本人でお願い」と指示すると4名の名前が挙がりましたが、調べてみると料理研究家は2名で、あとは有名シェフと料理が得意なアイドルでした。企画に欠かせない重要な情報となるとファクトチェックは必須です。使える部分は使いつつ、逆にChatGPTにはできない調査・リサーチは何かを考えることが求められているのかもしれません。

イベントで使用する賞品案を出してみる

ちなみに、イベントで贈呈する賞品について候補を尋ねると、手軽なものから高級なものまで列挙し、それぞれを選ぶ理由も一緒に説明してくれました。ある程度業務経験を積んで、プレスリリース発表後の展開も見えている広報PR担当者なら、関係部署との調整も含めて作業負担が驚くほど軽減されると思います。

企画書を書いてみる

企画が決まったら、次は、企画書を書かなければなりません。ChatGPTが紹介してくれた料理研究家の1名とコラボイベントをすることを想定し、提案書を書いてもらいました。最低限の内容が整っている企画書がすぐに生成され、文末には「何卒、ご検討いただけますようお願い申し上げます」という一言まで付いていました。洗練された内容ではないものの、ドラフトとしては十分活用できます。

次に、料理研究家向けの依頼書も頼んでみました。最初は「連絡先がわかりません」という意味不明の回答でしたが、「連絡先はこちらで調べるので文書だけ書いて」と再度伝えると、「いつも素晴らしいお料理を提供してくださり、誠にありがとうございます」で始まる丁寧なお手紙(依頼書)が表示されました。

國學院大學観光まちづくり学部准教授の河(ハ)さんインタビュー

1時間で実現できる圧倒的な生産性

その後も私はChatGPTにコラボイベントに関するプレスリリースを書かせ、プレスリリースに入る写真のコンセプトを提案してもらい、コラボイベントの広告文も出してもらいました。さらに、新発売牛乳のCMソング(作詞)を作らせ、歌詞に合うコード進行(作曲)まで教えてもらいました。出来上がったCMソングを生かした広告案を提案してもらい、勧められたYouTube広告の具体案を依頼すると、オープニングとエンディングを含め、いくつかのシーンで構成されたシナリオが出てきたのです。「ちょっと地味かな。何かアクシデントを入れてシーンを提案して」と投げ返すと、懲りずに何度も新しいバージョンを出してくれました。もちろん、CMソングとYouTube広告が公開されたことを伝えるプレスリリースも書かせました。

このシミュレーションから、ChatGPTの可能性と使う側に求められるコツがある程度わかったように思います。たったの1時間で、ChatGPTが非常に多くの仕事を瞬時に処理できることを実感しました。期待以上の仕事ぶりに正直、驚きましたね。

選択と集中による新領域の開拓

人間が対応してきた業務のある程度までが、AIによって代替されるのは間違いありません。しかし、広報PR担当者の存在が無意味になる、という意味ではありません。

専門性が不要という誤解と、狭い専門化

従来の広報PRは、相反する制約にとらわれていました。一方では、専門性などは必要のない仕事だという誤解が広がり、もう一方では、細かな工程に分かれ、非常に狭い意味の専門化が進んできました。その結果、広報PRの本質を見極め、社会と組織を結びつけるコミュニケーションの役割について議論する時間的余裕はなかったように思えます。

ChatGPTを活用することで、膨大な情報を一瞬で処理し、プレスリリースの作成はもちろん、具体的なアイデアを揃えて企画を練ったり、戦略的アプローチを網羅的に検討したりする作業も驚くほど効率的になります。AIを活用して生産性を上げることは、かつての機械化と同じように、人件費を削ることだと一般には認識されていますが、それは間違いです。AIの活用で節約した時間と能力を、これまでやりたくてもできなかった仕事に充て、新領域を開拓することこそ、本当の意味で生産性の向上につながると考えるべきでしょう。

多くのコミュニケーションを軽減し、選択と集中を

また、ChatGPTとの作業では、余計なストレスがたまらないように感じました。メールを1通書くだけでも、さまざまな配慮が求められることで疲れてしまう人は少なくないのではないでしょうか。気遣いや心配りはコミュニケーションの重要な要素ですが、そればかりが優先されると、生産性は下がり、働く側のやりがいが失われてしまいます。

広報PRにおいてアウトプットはもちろん重要ですが、そこにたどり着くまでの全プロセスで強度の高いコミュニケーションが発生します。そこに適宜、ChatGPTを取り入れることで、選択と集中を行い、よりスマートに働けるでしょう。

人間の能力や使える時間は限られています。それゆえ、エネルギーをどこに注ぐかでアウトプットに差がでます。ChatGPTの方が上手くできる仕事はどんどんChatGPTを使い、広報PR担当者でなければできない仕事に取り組むことが大切です。

広報PRの存在意義について考える

優れた広報PR活動は、読まれるプレスリリースを書くことだけではありませんし、広報PRという仕事の全体像をつかむためには、関連分野の広告やマーケティング、ジャーナリズムを含め、コミュニケーション全般の機能や役割を理解しなければなりません。

技術の発展は知識の格差を広げる

技術の発展は、知識の格差を縮めるより、むしろ広げてきた側面があります。AIも同じです。仕事の全体像を把握し、社会の構造がよくわかる人にとってはこれ以上ない優れたツールも、そうした能力が養われてなければ使いこなすことはできません。中途半端な分業化や専門化に固執する限り、AI時代における広報PRの可能性は伸びないでしょう。

体系的な知識や対応力を兼ね備えたジェネラリスト的な素養を有するスペシャリストが求められているのです。

AIを徹底的に賢く活用する

AIを巡っては相反する視点が共存しています。いくら発達しても社会は大して変わらないだろうという意見もあれば、行き過ぎた科学技術が人類に害を与えることを憂慮する声も挙がっています。自分自身の存在意義が危うくなることへの恐怖やストレスもまた、AIを反対する理由のひとつでしょう。研究者も物を書く職業なので、ChatGPTに優れた文章をすらすら書かれてしまうと、これまでの自分の努力や頑張りをどう評価すれば良いかと、私も思ったことがあります。

しかし、社会は間違いなくAIを活用する方向へ進んでいきます。時代の潮流に逆らって生きて行けないなら、賢く使っていく方法を徹底して追求するしかありません。

そのうえで、ChatGPTに何ができるかはもちろん、「何ができないか(=弱いか)」を問うことが重要です。その答えは、広報PR担当者、PRプランナーなど、現場で働いている方々のほうがよく知っているはずです。

今こそAIができないことを問う

前編でも触れましたが、ChatGPTをはじめ、AIの未来は、倫理的問題をいかにクリアできるかにかかっています。各分野の専門家はもちろん、政治の世界を含めて社会全体で議論が広がっていくことでしょう。ただその間も技術の進歩は待ってくれません。現場では現場なりの観点を立てて、リスクヘッジしつつ積極的な利用方法を検討しなければなりません。

ChatGPTには、向いている仕事と向いていない仕事があります。膨大な情報を読み込み、要約をする作業、外国語で発信された情報の翻訳、対話をベースにしたインタラクティブ教育などでの利用は今後、ますます期待できます。

反対に、正確性や信ぴょう性が問われる文章を書く仕事や、データを厳密に扱う場面では、ChatGPTの全面的利用はまだ難しいと思います。すでに触れてきたように、ChatGPTの最大の弱点は、情報の正確性に欠ける点です。そもそも自然言語による対話が得意なAIであって、正確な情報を提供することが目指されているわけではありません。

最新データの反映にも限界があります。トレンドなどタイムリーな情報を求めるなら、検索エンジンやSNSのほうがまだ正確性が高く、専門的知識を探す場合は紙媒体やデジタルアーカイブを参照し、専門家に尋ねるほうが確実でしょう。

私たちはインターネットに大いに頼って生きていますが、実際には、身体のあらゆる感覚を用いて現実の世界からデータを収集しています。一方、ChatGPTは学習されたデータに基づいて答えるだけ。データ化されていない情報を知る術はありません。また、学習データに誤りがあれば、間違った答えしか出てきません。インターネットからもなかなか入手できない情報は、現場に足を運んだり、自分の目で確かめたりといった調査が必要です。「情報」の定義次第ではありますが、ChatGPTが入手できない情報を人間は収集できるということは忘れてはいけません。

問題となる著作権

深刻な問題のひとつは、ChatGPTが生成した創作物の著作権に関するトラブルです。先ほど紹介した牛乳のCMソングは、作詞やコード進行の一部で既存のものを剽窃、盗用している恐れがあります。今回はあくまでシミュレーションだったので詳しく調べていませんが、商業目的で公開するなら権利関係をクリアしなければなりません。

ChatGPTが作った文章をいくら気に入っても、他人の創作物を無断で利用したり、知的財産権を侵害したりしていないか確認できない限り、ビジネス目的での利用はできません。プレスリリースをはじめ、広報PRのさまざまな仕事でも、各段階で必ず、人間によるファクトチェックが必要です。ChatGPT pluginsや他のAIでは、アウトプットが文字だけでなく、写真や絵、映像、音声、動画などに広がっていますが、それらを活用する際は知的財産権の尊重が極めて重要な課題になります。

國學院大學観光まちづくり学部准教授の河(ハ)さんインタビュー

重要になる人間の解釈

ChatGPTが苦手な分野は、解釈の領域です。

政治や経済など、社会的に重要な問題について聞いてもChatGPTは説明するだけです。現状分析についてもファクトチェックは欠かせませんし、問題解決に向けたさまざまな判断を行う際、AIの意見に拠るのはまだ難しいでしょう。社会的出来事や現象に関しては、事実や情報をめぐる解釈や意味付けがより重要になってくる場合が多々あります。

そのとき、人々が耳を傾けるのは、専門的知識や権威に基づく同じ人間の意見です。

社会の約束・信頼・責任

人間社会は、さまざまな「約束」の上に成り立っています。社会構成員の間では、互いに約束を遵守するという規範や信頼が形成され、それを前提に行動し、破棄されたときは責任が発生します。約束や信頼は、事実や情報そのものではなく、そこから派生する意味や解釈が社会に共有されてはじめて力が発揮できます。

アメリカの社会学者チャールズ・ホートン・クーリーは、意味をもたらし解釈する能力として、コミュニケーションを人間の固有な領域として説明しました。意味と解釈に基づく相互作用を通じて共通の概念と思想を共有し、社会を形成することができたのです。クーリーによれば、コミュニケーションは単なる手段ではなく、社会を構想していく力そのものなのです。

ChatGPTは、社会の一員としての自覚を持って対話に参加しているわけではありません。自然言語を学習し、それを上手く駆使しても、社会を形成する上でコミュニケーションを発達させてきた人間のような目的意識はないのです。それゆえ、提供してくれる情報の量や質がどれだけ有用でも、ChatGPTには「約束」はできません。「信頼」を守り、「責任」を果たすことも不可能です。それが可能なのは、社会的存在としての人間だけです。

AIの発達は、社会の諸問題を巡って人間の解釈がますます重要になるきっかけになるでしょう。コミュニケーションの役割や機能は、道具的価値だけでなく、より本質的、究極的価値から問い直される必要があります。ChatGPTがまだ入って来られない、「意味」や「解釈」の領域に広報PR担当者はどのような役割を果たしているのでしょうか。今こそ、広報PRの存在意義と深く関わるこの問いについて、個々人や各々の会社、専門分野の違いを超えて業界全体で議論していかなければなりません。

國學院大學観光まちづくり学部准教授の河(ハ)さんインタビュー

AI時代に求められる広報PRのあり方の模索

社会のためになる質の高い情報を提供していこうとする努力、オリジナリティあふれるコンテンツの創作を通じて新たな価値や信頼を生み出す活動、専門的な見解・解釈を磨き上げ、そして責任を果たす姿勢。これらが問われています。

新しい時代にふさわしいミッションを掲げ、広報PRのあり方を模索していく。そのためにも、人間にしかできないこと、人間だからこそできることを見極め、AIを正しく、賢く利用できる体制を整えることがこれまで以上に求められているのではないでしょうか。

【前編はこちら】

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この記事のライター

丸花 由加里

丸花 由加里

PR TIMES MAGAZINE編集長。2021年、PR TIMESに入社し、「PR TIMES MAGAZINE」、ご利用企業向けのコミュニティイベント「PR TIMESカレッジ」の企画・運営を行う。2009年に新卒入社した大手インターネットサービス運営会社では法人営業、営業マネージャーとして9年半、その後オウンドメディアの立ち上げに参画。Webコンテンツの企画や調査設計に携わる。メディアリレーションズを主とした広報を経て、現職。

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