1955年、創業者の藤原輝さんがタイプライターを片手に、現在の長野県松本市に立ち上げた「藤原タイプ社」。タイピングだけでなく印刷業も始めた同社は「藤原印刷」へと名前を変え、一文字一文字にこだわった出版物を多く手掛けてきました。
『心刷(心を込めて本を作る)』という言葉をもとに、デジタル化が進み市場が縮小するなかでも成長してきた同社。近年では、創業者の孫である隆充さんと章次さんが中心となり、SNSやブログを通した情報発信、展示・イベント開催などを通して積極的に(出版社や書店の先にいる)エンドユーザーとつながっています。
ローカルにあるBtoB企業がどのようにファンを増やしてきたのか。広報PRの意義と成果について、藤原隆充さん、営業部の小池潤さんに伺いました。
藤原印刷株式会社(長野県松本市):最新のプレスリリースはこちら
藤原印刷 営業部
1982年長野県諏訪郡富士見町生まれ。大学卒業後、旅行会社での予約カウンター、Web制作、中国(上海)での駐在業務を経て、2014年に藤原印刷入社。本社営業部配属後は長野・山梨の顧客中心に印刷コーディネートに従事。2021年4月には富士見森のオフィスを活用した八ヶ岳営業所を開設。
自社ではなく、お客さまのための広報を
── メディア露出も意識されながら、「藤原印刷」を知ってもらう活動をされています。ローカルのBtoB企業で珍しいように感じるのですが、何がきっかけだったのでしょうか?
藤原さん(以下、敬称略):自分たちのためというより、お客さまの商品をより多くの人に届けるために、広報が必要だと考えました。印刷会社はオリジナルのアイテムがなく、クライアントワークを行うことがほとんど。裏を返せば、「“携わったものすべてが商品”という見方ができるのではないか」とある時思ったんです。
少しでもお客さまの役に立ちたいと思い、制作に携わったプロセスやこだわりをSNSで発信し始めました。
── どのような体制で取り組み始めたのでしょうか?
藤原:最初は専任の広報担当はおらず、僕と弟が分担していました。有難いことに徐々に反応をもらえ、取材も増えていきましたが、同時に自分たちで自分たちのことを「すごいでしょう」と宣伝しているような気がして、違和感もあったんです。
そのタイミングで、たまたま竹村という広報経験者が入社してくれました。東京からUターンしてきた人材で、本当は広報を続けたい気持ちがありつつ、求人が一切なくて諦めようとしていたんです。うちにも実は「印刷オペレーター補助」で応募をしてくれたのですが、履歴書を見た私から広報専任を提案。本人の意向と合致し、藤原印刷の広報担当が誕生しました。
── 新たにポジションを作る形で採用されたんですね。
藤原:とはいえ1人だったので、一旦は「営業の後方支援」として入社してもらって。周囲から「何をやるんだろう」と見られて最初は苦労したと思いますが、SNSの運用をはじめ、地元メディアに対するプレスリリースの配信、社内報づくりなどを通じ、想定していた以上の変化を会社にもたらしてくれました。
問い合わせが200%増。社内コミュニケーションも活発に
── 以前、藤原さんが「藤原印刷は竹村が入ってまじで変わりました」とツイートされていたことが印象に残っています。どのような成果が生まれたのでしょうか?
藤原:わかりやすいところだと、半年後くらいからSNSのフォロワーがどんどん増えるようになり、それに伴って会社への問い合わせ件数が増加しました。1年経ってみると、問い合わせは前年比で200%増になっていたと思います。
── どのような工夫をされていたか教えてください。
藤原:最初はとにかく更新することに力を入れて、コメントに返信をしたり、藤原印刷のことをつぶやいてくださる方にアクションをしたりしていきました。内容やトーンについても社内でコミュニケーションしながら、とにかく試行錯誤を重ねましたね。
── フォロワーや問い合わせが急激に増えるタイミングはあったのでしょうか?
藤原:急に増えた印象はないんですよ。もともと印刷業界を知らなかった竹村が、徐々に知識を身に付け、「外部」と「内部」両方の視点を持ったことは大きかったです。印刷業界の認知が低い方にとっての有益な情報や面白いポイントを伝えられるようになりました。
また、2020年1月に開催した『効果のあるなしの境界線』展では、プレスリリースをきっかけにメディアから取材を受け、SNSなどでも多くの反響をいただきました。
── そういった取り組みに対して、現場からどう見えていたのでしょうか?
小池さん(以下、敬称略):社外に対するプラスの効果は、まさに藤原が話した通りです。特に「一般の方の目線で届ける」ことの大切さを常に感じてきました。
もう一つ、私が重要だと感じた変化は、活発になった「社内コミュニケーション」です。印刷会社の業務は、各工程それぞれが高い専門性を要し、独立しています。そのため、横のつながりや情報交換が生まれづらい。しかし、事例の紹介やメディアに取り上げられたことなど、社内での発信が多くなり、それが共通の話題となって自部署以外の仕事に対しても、従業員同士が会話する機会がすごく増えたんです。
藤原:従業員の会社理解やコミュニケーション促進につながったのは、当初想定していなかった効果でした。もちろん僕や社長も発信をするのですが、広報としての発信は伝わり方が違います。明らかに以前よりメッセージが浸透していくのを目の当たりにして、社内広報の大切さを感じました。
“PR”=「関係性の構築」のために、定量的な目標をあえて外す
── 広報担当を置かれて、1年と経たず問い合わせ増やコミュニケーションの変化が起きたとのことですが、すぐに結果が求められるような空気はなかったのでしょうか?
小池:いえ、それは全くなかったですね。私たちが今やっているイベントや発信(※)などもすべて同じですが、こういった活動に対して藤原印刷では、最初から売上と完全に切り離して考えているんですよ。
(※2021年の春に竹村さんが退職後は、藤原さんや小池さんらで知見を引き継ぎながら、SNSの運用やリリースの配信などを行っている)
藤原:広報PRによる直接的なビジネス効果は全く狙っていません。“PR(パブリックリレーションズ)”は、販促ではないと考えています。文字通り「周囲と関係性を築くこと」、定量的な目標は定めなくていいと思っていました。
ただ、藤原印刷の名前をより多くの人に知ってもらうことで、「お客さまのためになる広報PRをしよう」という、当初の目的だけはブレないようにしてきたつもりです。その積み重ねが結果的に、問い合わせの増加につながったのだと考えています。
── 展示会やイベントを開催しているのも、その目的に適しているとお考えだからですね。
藤原:そうです。出会いの場となる展示会やイベントには、「印刷をもっと身近に感じてほしい」「印刷の楽しさを知ってほしい」という思いを込めています。
小池:たとえば、2020年11月に、富士見町にあるコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」で『刷りおろしりんご展』を企画させてもらいました。コワーキング利用者のデザイナーさんと一緒にオリジナルデザインの印刷トライアルを実施したり、異なる紙で制作した6種類の『吾輩は猫である』を展示したり。印刷のことを全く知らない方にも、本がどのように生まれていくかを知っていただき、印刷の可能性を身近に感じてもらう機会にしました。
── クライアントになり得るであろう人々との、より近い接点になる部分ですよね。
小池:ここでも「このイベントで何件アポ」といったノルマはないのですが、結果的にビジネスの話をいただくケースはもちろんあります。加えて言うと、イベントや発信などを重ねていくことで、「とりあえず見積を出してほしい」「価格や対応を見てから検討したい」といった、一から関係性を作らなければいけないような問い合わせが少なくなりました。
これはすでに当社の仕事やスタンスをある程度知ったうえで、「藤原印刷だからお願いしたい」と言ってくださるお客さまが増えたということです。ゼロからではなく、問い合わせの時点ですでに関係性が生まれているので、お互いにモチベーション高く制作に向き合える。進めやすさが全く違いますね。
藤原:さまざまな企業と連携をすることで、相乗効果が生まれることも学びました。そもそも印刷って、組み合わせで力を発揮するビジネスなんです。だから僕たちの存在性も、人と情報をつなぐ「コミュニケーションハブ」にあると最近は考えていて。
それを痛感したのが、自社だけでイベントを開催して、一度大失敗した経験なんですよ。いけると思ってやったら全然人が集まらず、今まで楽しんでもらえていたのは、一緒に組んでくれるデザイナーや編集者、パートナー企業がいたからだったと身に沁みてわかりました。
連携で大切にしていることは、相手の得意分野を知り、「どう企画したら面白くなるか」を追求することです。その原点を再確認する、とても良い機会になりました。
人や情報の「ハブ」として、顧客の広報PR業務サポートも
── コロナ禍では松本市内のテイクアウト情報を発信する『to go MATSUMOTO』のリリース、最近だと富士見町図書館への絵本の寄贈などもありました。こうした地域での活動には、どのような思いが込められているのでしょうか?
藤原:特に地方では、「同じ土地に住んでいる人」という感覚がベースにあり、信頼関係はやはり重要だと思うんです。仮に、近くに暮らす人が売り込みばかりしてきたら、誰だって嫌ですよね。自分にメリットがあるかどうかよりも、気持ちいいお付き合いをすることがまずは大切。
なので「地域に対して何ができるか」という視点は、新型コロナウイルス感染症が拡大する以前からも考えてきましたし、コロナ禍でも特に意識しました。
── 信頼があるからこそ、先ほどおっしゃった「ハブ」になり得るというわけですね。
藤原:お付き合いのあるお客様と仕事をしていて、「これはプレスリリースを出した方が良い」と思うことも増えてきました。一方で地域の企業や事業者は、配信を行った経験がないケースがほとんどです。
そこで、例えば創業66年の老舗うなぎ屋を経営する観光荘さんで、JAXA宇宙日本食の一次審査に合格したことのプレスリリース配信(JAXA宇宙日本食 一次審査合格!! -長野県岡谷市で創業67年 老舗うなぎ屋 観光荘-)をサポートしました。これによって地元新聞やWebメディアやテレビで紹介され、店舗に訪れるファンも増えています。
── これまで自社で蓄積してきた広報PRの知見やノウハウを、他の企業や人に対しても提供していくということですよね。
藤原:はい。まずはできることからお手伝いを始めています。最近では、信州大学さんから特殊技術を紹介するパンフレットの印刷をきっかけに、地元企業とのタイアップをサポートする広報PRやディレクション業務を行いました。「お客さまに満足してもらう」という目的に沿って、印刷を軸としながらより付加価値のあるサービスを提供していきたいですね。
小池:現場目線で言うと、外部との連携をもっと強化したいと考えています。藤原印刷では、今年4月に八ヶ岳営業所を開設しました。『刷りおろしりんご展』を開催した「富士見 森のオフィス」に法人登記をしたもので、週の半分を私が滞在して、コワーキングスペースで仕事をしています。
コワーキングは、異業種の方々がたくさん集まる場所。その空間に人や情報のハブとなる人間がいることで、新しい可能性がどんどん見つかる気がしています。
── 広報PRを始めようと思っても、何から始めていいかわからない、どんなメリットがあるのかイメージできていない地方の企業も多いかもしれません。そのような方々に藤原さんならどのような言葉を投げかけるか、最後に教えてください。
藤原:地方の企業ほど、固定された経済圏やコミュニティ内だけで仕事をしがちです。悪いことではありませんが、社会が大きく変化するなかで、新たなフィールドに挑戦したり、強みを生かして別の商品を作ることが求められていると思います。その時に広報PRは大きな武器になります。
当社もプレスリリースを作って、地元メディアに取り上げられたことが最初の成功体験となりました。直接的に売上への効果は見えづらいかもしれませんが、従業員の満足度向上、採用応募の増加など、さまざまな成果が生まれています。小さな積み重ねが結果的にビジネスにもつながるので、迷っている企業もまずは最初の一歩を踏み出してみてほしいですね。
藤原印刷から学ぶ広報PRまとめ
- 広報PRは販促でなく、「周囲と関係性を築くこと」。売上への効果は見えづらいかもしれないが、従業員の満足度向上や採用応募の増加など、さまざまな成果が生まれる
- 広報PRの取り組みにより、社内コミュニケーションが活発化する
- 仕事の実績やスタンスを伝えることで、問い合わせの時点で既に関係性が生まれている
あるローカル企業の広報PRをお手伝いしていたとき、「その施策で、どれだけの売上向上が見込める?」とクライアントに聞かれたことが記憶に残っています。もちろん、費用対効果を考えることは企業経営で大切なこと。ただし広報PRには、業界における認知度向上やステークホルダーから満足度向上など、目的に応じてさまざまな目標設定があります。
だからこそ、今回の取材で藤原さんが「PRは関係性の構築だから、売上の目標は一切立てない」と言い切っていたことが強く印象に残りました。
藤原印刷の事例で見えるように、広報PRを通して周囲との関係性を築くことが、従業員の満足度向上や採用応募の増加、認知度向上につながり、結果的にビジネスにも良い影響が出てきます。専任の担当を置くのが難しい場合でも、プレスリリースを配信する、社内に対して継続的な情報発信をするなど、小さなことから始めてみるのはいかがでしょうか。
(写真提供:藤原印刷、編集:佐々木将史)
PR TIMESのご利用を希望される方は、以下より企業登録申請をお願いいたします。登録申請方法と料金プランをあわせてご確認ください。
PR TIMESの企業登録申請をするPR TIMESをご利用希望の方はこちら企業登録申請をする