PR TIMES MAGAZINE|広報PRのナレッジを発信するWebメディア
記事検索
title

“事業開発”に伴走する広報PRを目指して。パソナ「淡路島プロジェクト」の根底にあるもの

多様な働き方や新しい生活様式に対応する豊かな生き方の実現に向けて──。

総合人材サービス大手のパソナグループは2020年9月、グループ全体のBCP(事業継続計画)対策の一環として、本部機能の一部を兵庫県の淡路島に移転すると発表しました。大企業の本社機能を地方に移すというこの発表は大きな注目を集め、多くのメディアに掲載されました。

現在は、2023年度までの移転完了を目指し、全グループで約1200名分の本社業務を淡路島に段階的に移している最中。その中には、人事・財務経理・経営企画、広報など、企業経営の根幹に関わる部門も含まれています。今回、パソナグループ 常務執行役員広報本部長の髙木元義さんと広報本部広報部マーケティング企画グループ長の中村遼さんに、「淡路島プロジェクト」が生まれた背景や同社ならではの広報戦略や生まれた成果などを伺いました。

株式会社パソナグループ:最新のプレスリリースはこちら

パソナグループ 常務執行役員広報本部長

髙木元義(Takagi Motoyoshi)

専修大学経済学部卒、グロービス経営大学大学院MBA修了。2000年、株式会社パソナに入社。丸の内エリアや金融業界などを担当する部門の営業責任者を経て、株式会社パソナグループにて人事・人財開発責任者を担当。同時期に、働きながら経営大学院で経営・事業推進力を磨き、人財開発部長・大学院生・サッカーコーチというトリプルキャリアを実践。2018年より現職。また2020年より株式会社パソナJOB HUB 代表取締役社長も務める。

パソナグループ 広報本部広報部 マーケティング企画グループ長

中村 遼(Nakamura Ryo)

早稲田大学政治経済学部卒。2006年、株式会社パソナに入社。営業部門を経て2008年、株式会社パソナグループ 広報部に異動。主にメディア向けのPR業務に携わる。2014年から「ドリカム休職制度」を活用し、約1年間イギリスに滞在。2015年に広報部に復職し、現在は社内外向けの広報およびマーケティング戦略の立案と各種施策の実行を担当。

農業人材の育成から始まった「淡路島プロジェクト」

── 最初に、淡路島への本社機能移転の概要について教えてください。

髙木さん(以下、敬称略):グループ全体のBCP対応の一環として、当社の本社機能業務を兵庫県淡路島の拠点に分散しながら、真に豊かな働き方・生き方の実現や、夢のある新産業の創出を目指しています。

ベンチャー企業や人材の誘致によって、文化、芸術、健康、食、教育など、あらゆる角度から、人が集まる産業と雇用を生み出す計画を進めています。地方から日本が抱えるさまざまな社会の問題点を解決し、より良い未来を築いていくための挑戦をしている最中です。

── 約1200名分の業務分散という大がかりな取り組み。拠点を淡路島に選んだ理由はどこにあるのでしょうか?

中村さん(以下、敬称略):2020年の発表当初は「淡路島」や「1200名」という言葉が、各メディアで大きく取り上げられました。しかし、パソナグループの淡路島での挑戦が始動したのは、今から10年以上も前のことで、最近になってスタートしたものではありません。また、1200名全員を東京から異動させるわけではなく、地元地域や関西圏からの異動や新規採用も進めています。

パソナグループの創業以来変わらない企業理念は「社会の問題点を解決する」。地方の活性化と雇用創造を目指して2003年から全国各地で農業人材の育成事業を展開する中で、自社農場の開設に協力していただいたのが淡路島でした。この一環で2008年に立ち上げた「パソナチャレンジファーム」から、淡路島のプロジェクトがスタートしました。

── 農業からのスタートだったんですね。チャレンジファームから、現在の「地方創生事業」と展開した狙いについても教えてください。

髙木:いざ農業事業を始めてみると、淡路島は神戸三宮や大阪から近い場所なのに、過疎化や超高齢化が進み、若者は都市に流出するという課題を目の当たりにしました。

一方で、4つの空港から1時間圏内で行けるこの島は、観光や食にも恵まれた環境です。現代の農業は、農作物を作るだけでなく加工して販売したり、レストランやホテルなどサービス業と組み合わせる「六次産業化」がポイントです。農業人材の育成事業から地方創生事業への展開は必然的であったと思います。

これまで、数々の新しい施設や事業を立ち上げ、人が集まる仕掛けや仕組みを作っています。長年かけて継続してきた取り組みですが、コロナ禍で事業展開がより加速しました

パソナグループ 常務執行役員広報本部長 高木元義氏
パソナグループ 常務執行役員広報本部長 髙木元義氏

── さまざまな取り組みを進められる中で、広報PRチームとしてはどのような体制で動いているのでしょうか。分散開始以降、広報業務はどのように進めているのか教えてください。

中村:ホールディングス会社の中に広報本部があり、そのなかで「広報部」と「関西・淡路広報部」の二本柱となっています。東京の広報部は「メディアリレーショングループ」「マーケティング企画グループ」の2つに分かれており、約15名体制。ここに関西・淡路広報部が加わると、全体で25名程のチームになります。

広報チームも事業の立ち上げから参画し、ともに作りあげる

── 2008年から淡路島で地域活性化事業や施設の立ち上げに携わる中で、広報PRチームはどのように動かれたのでしょうか。役割りや貴社ならではの工夫があれば教えてください。

髙木:当社の広報は、新しい商品やサービスのリリースを書いて発信するだけでなく、「何のために行うのか」という大義名分や本質を理解することが何よりも重要な役割りだと考えています。そのために当社では、さまざまな事業で立ち上げ段階から広報も加わり、経営層や事業責任者らとともに定期的なミーティングを重ねながら事業を一緒に作り上げています

中村:事業の立ち上げ段階から広報が入ることによって、どのような切り口であればニュースバリューが生まれるのか、社会的インパクトを創出するうえで必要な視点は何かを考え、提案することができると考えています。

── 広報チームが事業づくりに参画することで、新たに生まれた効果はありますか?

髙木:一つの部門だけで事業開発を行うと、戦略や方向性に関する議論がプロジェクトメンバー間だけでなされ、視野が狭くなるリスクがあります。その点、広報担当はグループ全社のソリューションや取り組みに関わり、会社や社会の動きを最も理解しているメンバーです。だからこそ、事業開発から入る意義があります。企業理念に立ち返り、さまざまな事例や自社のソリューションを掛け合わせた提案をすることで、多くの成果を生んできました。

中村:例えば、2021年10月には大阪大学の石黒浩教授が代表取締役CEOを務めるAVITA様と協業し、「アバター人材雇用創出プロジェクト」を発表しました。このプロジェクトは、AVITA様のアバターと関連技術を活用した新サービスの開発を目指すもの。第一弾として、淡路市に「淡路アバターセンター」を開設し、人材の育成などを現在進めています。

淡路アバターセンター
淡路アバターセンター

AVITA様とプロジェクトの相談を開始した約半年前から、私も広報担当として初期の議論から入らせていただきました。さまざまな事業アイデアは当初からあったものの、パソナとしてやるべきことや大切にしたいことを踏まえながらすり合わせを行い、社内向けの企画書作りから関係部署との調整、役員への説明、実際の広報活動まで行いました

髙木:「なぜ広報がそこまでやる必要があるのか」と思う方もいるかもしれませんが、事業開発段階からプロジェクトに加わる広報のあり方は、当社では脈々と受け継がれています。

多くのメディア露出によって、採用に良い影響も

── 本社移転のニュースは、さまざまなメディアに取り上げられた印象があります。広報PRチームとしてはどのような考え方や成果指標を持って動かれたのでしょうか。

髙木:おかげさまで、本社移転の発表に関しては、想像以上に多くのメディアでご紹介いただきました。でも、当社の淡路島プロジェクトは、3年、5年、10年と長い時間をかけて、新しい暮らし、生き方、産業を創っていく挑戦でもあります。

そのため、例えば新聞の一面に掲載されたとして、広報としては大きな成果だと喜ぶ一方で、それだけでは本質的な価値とは言えない部分もあります。果たして、この記事は、社会に対して良い影響を与えられているのか、地域でビジネスを行う方々の背中を押せる発信につながっているのか。そういったことが、広報チームとして自らの仕事を振り返るべきポイントかなと考え、日々試行錯誤しています。

例えば、メンバーの評価にあたっては、リリースや掲載記事の件数といった定量的な数値以外に、どれだけ事業の立ち上げに意欲的に関わったかなど定性的な部分も重視するようにしていますね。

パソナグループ 広報本部広報部 マーケティング企画グループ長 中村遼氏
パソナグループ 広報本部広報部 マーケティング企画グループ長 中村遼氏

── 事業開発も担うという部分で、広報人材の育成についてはどのようにされていますか。

中村:特別なことをしているわけではありませんが、私自身の経験として印象に残っているのは、内容が固まり切っていないサービスやプロジェクトのプレスリリースを、現場の方々と試行錯誤しながら数多く書いてきたことです。

私自身、営業を2年程経験してから広報担当となり今では10年以上たちますが、当然ながら配属当初は今のような仕事はできませんでした。内容が固まり切っていない案件でも、プレスリリースを書いてみる過程で、ニュースバリューはどこにあるのか、多くの人に届けるために必要な情報は何か、パソナグループがやる意義は何かについて、言語化をする訓練ができたと考えています。

また、必要な情報を得るうえで、経営層や事業責任者へのヒアリングや連携部署との調整も経験するため、そうしたことの積み重ねで事業開発に必要な広報としての能力を身に付けてきたと思います。

── 本社機能の分散の他、淡路島関連でのニュースは広報PRの反響が大きいように見えました。多くのメディアに露出したことによって生まれた成果はありますか?

髙木:さまざまな面で出てきています。例えば、淡路島での人材誘致に向けて、一人親家庭の仕事や生活をトータルで支援するプロジェクトを始めました。このプロジェクトの広報PR後、採用応募数は2021年12月時点で約360名、約20名の入社が確定している状況です

「自然豊かな環境で子育てをしたい」と、UIターンの転職者や東京から移住した若い社員もいますし、企業や自治体による視察の機会も、本社機能移転の発表前と比べてかなり増えました。ベンチャー企業や国内外の優秀な人材が淡路島に集まり始めており、今後ますます展開が加速していく手ごたえを感じています。

── 淡路島での事業展開を進め、広報PRに注力したことによって生まれた新たなビジネス展開もあるんですね。具体的な事例があれば教えていただけますでしょうか。

中村:例えば、「淡路シェフガーデン」は、コロナ禍で営業縮小を余儀なくされた飲食施設や若手シェフに簡易的な店舗を格安で貸し出すことで、新たなチャレンジを応援する取り組みです。コロナ禍で生まれた社会課題に対するアプローチとしてメディアから注目され、情報番組などを中心に大きく取り上げられました。その結果、全国から「淡路島に出店をしたい」といういう声があり、15店舗でスタートした取り組みも、今では倍の約30店舗にまでなりました。今でも問い合わせが来ているそうで、社会的な意義をしっかりとストーリーとして伝えていく大切さをあらためて学びましたね

淡路シェフガーデン
淡路シェフガーデン

広報としてどのようにリスクマネジメントと向き合うか

── インパクトの大きな事業だからこそ、広報的なリスクマネジメントとして取り組まれていることは?苦労した点、学びにつながった点などはありますでしょうか。

髙木:プレスリリースを発表する際は、そのつど、内容によっては専門家のアドバイスをいただきながら、さまざまなリスクに対処しています。ただ、私たちにとっては、ソーシャルソリューションカンパニーとして大義名分を持って進めている事業。そのため、その想いをきちんと発信することが大切だと考えています。

万が一、メディアの方々に当社のリリースの意図が伝わらなかった場合は、その後のコミュニケーションも非常に重要なポイントです。その場合は、私たちの考えをご理解いただけるよう、丁寧に説明する機会を設けることもあります。

特に淡路島などの長期にわたるプロジェクトは、言葉だけでは伝えきれない部分は当然ありますし、発表してすぐに世界観をお見せできるものだけではありません。取り組みの本質をご理解いただくには、メディアの方たちにも実際に淡路で私たちが挑戦している場にお越しいただくことが一番だと考えています。実際に現地で仕事や生活をしているメンバーと触れ合う機会なども作りながらコミュニケーションを図り、プレスリリースや資料だけでは表現しきれない事業の本質や将来のビジョンをご理解いただけるようにしています

── 意図とは違う捉え方をされた時の、コミュニケーション手法はどうされていますか?

中村:例えば、本社機能の一部移転の発表においては「1200名」という数字だけにフォーカスされるケースも多々ありました。当社として「何のためにやるのか」を伝えていきたいところ、「可能なのか」「社員が辞めるのではないか」と聞かれたこともあります。

そうではなく、東京から机上の空論で、その地域の現状を見ずに新規事業は興せません。地域を活性化するなら、私たちがその現場に行かなければ始まりません。本社機能の移転は、新しい産業を創る挑戦であり、豊かな生き方や働き方とは何かを社会に提言する挑戦なのです。

コミュニケーションにおいて、表面上の言葉のみで捉えられるのは非常に怖いことです。だからこそ、発信する際は地に足をつけて相手とコミュニケーションを取りながら、当社の目指す方向性をしっかりとお伝えする。それは広報として大事な役割りだと思っているんです。

パソナインタビュー

── さまざまな企業や自治体が現在、コロナ化で移住促進や観光客増加に向けた新しい事業に取り組んでいます。これまで10年以上、淡路島のプロジェクトに携わってきた中で、広報的な視点からローカルビジネスの可能性についてお聞かせください。

髙木:今の日本が抱える「社会の問題点」には、東京一極集中に起因するものも多くあります。そうした課題の解決策は、実は地方にこそ眠っている。ビジネスを通じて地域課題を解決する挑戦は、非常に社会的意義や公益性が大きく、広報PRの観点から考えても、注力したいテーマだと考えています。

また、暮らしや仕事をするうえでの環境は地方のほうがいいですよね。新鮮で豊かな食があり、通勤時間も短いし、家賃が安くて住む場所も広い。睡眠時間や家族と過ごす時間も変わってくるかもしれません。本質的な生活の変化に伴い、クリエイティビティや集中力にも良い影響があるのではないでしょうか。都会で働きたい方はそのままでもいいけれど、当社では地方で働くことに興味がある方に多様な選択肢を提供していきたいと考えています。

パソナグループから学ぶ広報PRまとめ

  • 「何のために行うのか」という大義名分や本質を理解することが広報における重要な役割り
  • どの事業においても立ち上げ段階から広報が加わることで、どのような切り口ならニュースバリューがあるか、社会的インパクトを創出するうえで必要な視点を取り入れられる
  • メディアへの掲載本数といった定量的な数値以外にも、どれだけ事業の立ち上げに意欲的に関わったかなど定性的な部分も、評価をするうえで重要視する
  • リスクマネジメントは重視しながらも、そこに怖がりすぎることなく、事業の想いや本来の目的を大切にしながら、広報PRすることを最優先に心掛ける
  • 広報PRで伝えたいことが受け手に違う意味で捉えられてしまった場合、地に足をつけて相手とコミュニケーションを取りながら、目指す方向性を共有するのも大事な役割り
  • 地域でのビジネス展開は、都市部よりも圧倒的に注目される可能性が高く、クリエイティビティや集中力をより発揮するうえでも良い影響がある

パソナグループほどの規模がある企業では、広報業務として製品やサービスが完成したタイミングで、プレスリリースの作成やメディアアプローチなどに取り組むケースが多いように思います。そういった中で、事業の立ち上げ段階から入り込んできた意義やメリット、そして地方での事業展開×広報PRの可能性を今回伺いました。リスクマネジメントを含めて、特に大企業の広報担当者の方々にとって学びが多い内容となっているのではないでしょうか。

(構成:伊藤美生、撮影:原哲也 ※取材はリモートで実施しました)

PR TIMESのご利用を希望される方は、以下より企業登録申請をお願いいたします。登録申請方法料金プランをあわせてご確認ください。

PR TIMESの企業登録申請をするPR TIMESをご利用希望の方はこちら企業登録申請をする

この記事のライター

庄司智昭

庄司智昭

編集者。「人口減少時代の豊かさを探求する」をテーマに、地域の事業者の情報発信をサポートしています。ローカルマガジン「おきてがみ」 を運営。

このライターの記事一覧へ